第15章~紀一サイド~
こんなの嘘だ。
あり得ない。
目の前で千秋が殺されて、俺の頭の中は真っ白になった。
本当に何も考えられなかった。
ただみんなが逃げ出したから、遅れを取らないように走り出しただけだ。
走っている間もずっとなにも考えられないままだった。
足が動いていることが奇跡だと思った。
気がつけば職員室の前まで来ていて、歩調を緩めた時千秋の顔を思い出した。
包丁のようなもので刺された千秋が目を丸くして愕然としていた。
そしてそれが引き抜かれた時、千秋の体から沢山の血があふれ出したんだ。
それは今まで見たことのない血の量だった。
暗闇の中だったのに、鮮明に思い出すことができる。
千秋は薄着で、血が肌にまとわりつきながら流れていったんだ。
健康的に焼けた肌がどんどん生気を失っていく。
あのまま放置して逃げてきてしまったけれど、千秋が無事だとはどうしても思えなかった。
今すぐ引き返して確認したい。
助けられるのなら助けたい。
そんな気持ちはあるのもも、1人で行動することなんてできなかった。
相手は死んだはずの新だ。
きっと神出鬼没で、急に襲いかかってくるに違いない。
そう考えると震えあがった。
職員室では昇降口の鍵を手に入れることができた。
鍵は結子がしっかりと握りしめている。
しかし、笑が電話を確認してみるとどこにもつながらないことがわかった。
俺も試しに他の電話の受話器を持ち上げてみたけれど、いつら番号を押しても呼び出し音が聞こえなかった。
「悪霊になったのかもしれない」
みんなが議論する中、俺は呟いた。
小学生のころ、こういう映画を見たことがあったのだ。
学生ばかり数人で学校内に閉じ込められて、自殺した友人が悪霊となって追いかけてくる映画だ。
俺は見たくないと言ったのに、姉貴が『男ならこのくらい見なさいよ』と言って無理やり見せてきたんだ。
その時の映像は今でもトラウマになっている。
だから、今この状況が誰よりも怖かった。
「悪霊?」
結子が首をかしげて聞き返してきた。
俺は頷く。
「あぁ。だって、新は事故死だったろ? なにもわからない間に事故に遭って死んじまったんだ。その魂が悪霊になって今も残っててもおかしくないだろ?」
俺はいたって真剣に伝えた。
非現実的なことが起こっている状況だ。
あり得ない話じゃないと思う。
「そうだとすると、どうにかして新の気持ちを鎮めないと」
幹生が言う。
俺は何度も頷いた。
ゲーム好きな幹生はすぐに理解してくれたみたいで、安心した。
味方が1人でもいるとわかると、強い気持ちになれる。
「そんなの、どうやって鎮めるんだよ」
和樹が聞くが、それには返事ができなかった。
映画やゲームの中では明らかにこれといった原因が提示されている。
イジメとか、計画された事故死だったりとか、
が、今は違った。
仮に計画された事故死だったとしても、俺たちに原因はわからない。
みんなで黙り込んでしまったとき、不意に職員室のドアが開いた。
視線を向けるとそこには新の姿があった。
「うわぁあああ!」
思わず情けない悲鳴を上げてしまう。
怖いものは怖いのだから仕方がない。
入口の近くにいた幹生が腕を掴まれるのを見た。
他のメンバーは咄嗟に逃げ出す。
「ま、待ってくれ!」
俺は足をからませながら逃げだした。
だけど恐怖で思うように走れない。
机や椅子に何度もぶつかり、とうとう床に膝をついてしまった。
赤ん坊がハイハイするように移動する。
顔は涙でグチャグチャになって、もう職員室の出口がどこなのかも見えなくなった。
そんなとき、白いパーテーションが見えて咄嗟にそこに身を隠した。
そこは簡易的な給湯室になっていて、先生たちが普段飲んでいるのであろう、コーヒーの匂いがしている。
「助けてくれ!」
幹生の悲鳴に驚いて身を縮める。
ここからじゃなにがどうなっているのかわからない。
だけど新がまだそこにいることだけは確かだった。
出ていくことなんてできない。
ボソボソと、幹生の震える声が聞こえてくる。
恐怖で声が出ないのだとわかった。
俺も、怖くて出ていくことができなかった。
普段荒い言葉遣いをしているのは、自分の弱さを隠すため。
そんなの自分でもわかっていたし、きっとみんなも気がついている。
幹生だって、きっとわかってくれる!
ギュッと目を閉じたとき、幹生のうめき声が聞こえてきた。
それは嫌な声だった。
生命が最後に絞り出すような声。
俺の背筋は寒くなり、吐き気がこみ上げてくる。
手で口を押さえてどうにかやり過ごすと、足音が遠ざかっていくのが聞こえてきた。
出ていったか……?
それでもしばらくその場から動くことができなかった。
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