第14話~結子サイド~

ドクドクとあふれ出す血液が、あっという間に周囲を染めていく。



「逃げるぞ!」



和樹に手を握られて、引きずられるようにして職員室の後方まで逃げた。



しかし、そこで躓いてこけてしまった。



「結子!」



和樹の焦った声がどこか遠くから聞こえてくるようだった。



死んだ……。



笑も死んだ。



どうして?



2人は幼馴染で、とても仲がよかったじゃない。



あたしたちにはできなかった恋愛相談もしていたみただし。



それなのに、どうして……!?



走りながら思い出していた。



教室内で新は笑のことを『お前』。



笑は新のことを『あんた』と呼んでいたこと。



まるで兄妹みたいに仲がよくて、しょっちゅう喧嘩もしていたこと。



そんな2人を見て若菜が嫉妬していたことも思い出した。



それなのに……新はそんな笑を簡単に殺してしまった。



「結子立て!」



和樹に怒鳴られてもあたしは動けなかった。



もうダメだ。



逃げることはおろか、立ちあがることだって難しい。



顔を上げると涙で滲んだ視界の中、新が近付いてくるのが見えた。



大股で、ついさっき笑を殺したことなんてなんとも思っていないような顔で。



口角に微かな笑みを貼り付けて、目の前までやってきた。



そして包丁の刃先をあたしへ向ける。



あぁ……次はあたしだ。



「くそっ!」



和樹が近くにあった椅子を両手で握りしめた。



そして力まかせに新へ向けて振り下ろす。



ゴキッと音がして、新が横倒しに倒れた。



無理だよ。



そんなことしたって意味ない。



だって、相手は悪霊だよ?



しかし1度倒れた新はなかなか起き上がらない。



その隙に和樹があたしの手を握り締めて引きずるようにして職員室を出た。



手を引かれて無理やり足を前に出していると、自然と自分で走れるようになった。



2人して走って走って、2階の端にある教室に飛び込んで鍵をかけた。



「はぁ……はぁ……」



和樹が肩で呼吸を繰り返す。



そして耳をそばだてて、新が追いかけてこないのを確認するとその場に座り込んでしまった。



「ありがとう和樹」



呼吸が整ってからそう言うと、和樹は左右に首を振った。



そして自分の両手をジッと見つめる。



「どうしたの?」



「俺、新のこと殴っちまった」



「それは仕方ないことだよ」



あたしは慌てて和樹の両手を自分の両手で包み込んだ。



ここまで走ってきたのに、2人とも指先は冷たかった。



「あんな状況で、逃げてこられたのが奇跡だよ」



「でも……殴った感触がまるで生きた人間みたいだった」



和樹が震えながら言った。



「え?」



「あいつ、死んでるんだよな? 悪霊なんだよな? なのにどうしてあんな人間みたいな感触があったんだ?」



椅子から手に伝わってきた感触を思い出し、和樹は目を見開いて驚愕している。



あたしは新に触れていないからその感触はわからない。



でも、和樹が嘘をついているようには見えなかった。



「わからないけど、それも錯乱させるためかもしれないよ?」



「本当にそうなのか? あいつ、本当に死んでるのか?」



和樹の質問に、あたしは答えられなかった。



一瞬、新は本当に生きているのではないかという考えた脳裏をよぎる。



でもそんなハズはない。



あたしたちは新の葬儀にも参加したのだから。



和樹はいつまでも自分の両手を見つめて、震えていたのだった。

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