第9章~結子サイド~

職員室から逃げたした瞬間、「助けてくれ!」という声が聞こえてきて一瞬足を止めた。



「今の、幹生の声だった!」



あたしの手を握っている和樹へ向けて言う。



和樹は今にも泣きだしてしまいそうな顔で職員室へ視線を向ける。



「俺たちは武器を何を持ってない。今助けに行くことはできない」



小さな声で、新に気がつかれないように言う。



「でも幹生が……!」



このままほっといたら、千秋のように殺されてしまうかもしれないんだ。



千秋を刺した時の新はなんの迷いもなかった。



あたしたちが近くにいても、気にしていない様子だった。



「わかってる。だから、早く武器を探して戻ってこよう」



和樹はそう言うと、あたしの手をしっかりと握り直した。



絶対に離さない言われているようで、体の力が抜けていくのがわかった。



一旦ここから離れれば、もう幹生は助からないかもしれない。



こうしている間にも、あの包丁は幹生につき立てられているかもしれない。



そう思うとどうしてもここから動くことができなかった。



こんなの、仲間を見殺しにすることと同じだ。



「頼むよ結子。わかってくれ」



和樹の目に涙が見えて、ハッと息を飲んだ。



そうだ。



こんなところで時間を潰している場合じゃない。



相手は見境なく仲間を殺してしまう悪霊なんだ。



幹生のことは気になるけれど、和樹が言うように武器を装着する方が先だ。



「わかった」



あたしは頷き、ようやく動き出したのだった。


☆☆☆


「新は包丁を持ってたよな。たぶん。調理室から持ってきたんだろう」



あたしの前を歩きながら和樹は言う。



「そうだね」



返事をしつつも、首をかしげた。



確かに新は包丁を持っていた。



学校内で入手したとすれば、調理室くらいしか思い浮かばない。



だけど違和感が胸を刺激している。



「新は悪霊なんだよね? それなのに、どうして包丁なんかが必要なんだろう?」



感じていた疑問をそのまま口に出してみた。



「それは……わからないけど」



和樹も同じように首を傾げている。



悪霊なら、包丁なんて使わずに能力を使って相手を殺すことができそうだ。



あたしも勝手な妄想だけど。



「でも、実際に窓が開かなかったり、壊せなかったり、電話が通じなかったりしてるんだ。人間じゃない力を持っているんだと思う」



「そっか。そうだよね」



頷いてから、もしわざと包丁を使っているんだとしたら?



と、考えてしまった。



新はあたしたちが逃げるのを見て笑っているのかもしれない。



じわじわと、1人ずつ殺して楽しんでいるのかも。



そんなことを考えて、慌てて考えを打ち消した。



新はあたしたちの友達だ。



そんなむごいことするはずがない。



きっとなにか事情があって包丁を選んだんだろう。



悪霊のことなんて全くわからないのだから、そういう決まりでもあるのかもしれない。



そんなことを考えながら1階の調理室まで向かった。



幸いその間新に会うことはなかった。



まだ職員室にいるのかもしれない。



和樹が調理室のドアを開けようとしたが、すぐに舌打ちをした。



「くそ、開かない」



「嘘」



呟き、自分でもドアを確認する。



しっかりと鍵がかけられているのがわかった。



保健室の鍵は開いていたから、てっきりどこの教室も入れると思っていた。



試しに窓を確認してみたけれど、やはり鍵は掛けられた状態だ。



これじゃ包丁を入手することができない……。



包丁を持っている悪霊相手に、武器を持たない生身の人間が勝てるなんて思えなかった。



一瞬にして頭の中に悲惨な映像が浮かんできた。



7人とも新に刺し殺され、血でぬれている映像だ。



あたしはすぐにそれをかき消した。



嫌な妄想をすることで、それが現実になってしまいそうで怖かった。

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