第8章~幹生サイド~

「ギャアアアア!」



職員室のドアの近くにいた俺は入ってきた新に腕を掴まれ、大きな声で悲鳴をあげた。



しかし、みんなはちりぢりに逃げている。



行かないでくれ!



誰か助けてくれ!



そんな声が喉の奥からあふれ出す。



しかし恐怖によって声まで押さえつけられてしまった。



新の手は暖かくて、まるで生きている人間のようで驚愕した。



「だ、誰か助けてくれ!」



ようやく絞り出した声はもどかしいほど小さくて、誰にも届いていないことは明白だった。



でも、今の俺に出せる声はこれが精いっぱいだった。



「誰か……!!」



どうにか新の手を振り払おうとして、振り向いた。



その瞬間、新と視線がぶつかった。



切れ長の長いまつ毛が揺れる新の目。



それは何度も一緒にゲームをした新で間違いがなかった。



俺たちはグループの中でも一番仲が良かったんだ。



一番通じ合っていたんだ。



今だって、きっと……。



「あ、新。俺だよ……幹生。わかるだろ?」



情けないほどに声が震えるのは、新の左手に血でぬれた包丁が握りしめられているからだ。



新はあれで千秋を刺した。



その事実を突きつけられている気分だった。



そして今、自分も同じように殺されるかもしれない。



「一緒にゲームしたじゃないか。あれだけ、仲が良かっただろ?」



どれだけ言葉を重ねても、新は表情を変えない。



口元にかすかな笑みを浮かべて、でも目はちっとも笑わずに俺を見ている。



そんな新を見ていると、あぁ、こいつはもう昔の新じゃないんだなと感じてしまった。



目の前にいる新に何を言っても、きっと言葉は通じない。



それでも微かな望みを込めて俺は言葉を紡ぐ。



「ほら、モンスターをゲットするゲーム、一緒にやったよな。毎日放課後になると俺の家に来てさ、アイテムの交換とかして、楽しかっただろ? 忘れてないよな?」



あはは。



はは。



自分の笑い声が虚しく響く。



体がガクガクと震えだして、なんだか足が温かいと思って舌を向くと床に水たまりができていた。



自分が失禁したのだと気がつくまでに少し時間が必要だった。



新はそんな俺を見て憐れむように少し目を細める。



その変化が嬉しくて更に言葉をつなげようとした、その時だった。



ズブリ……。



なにかが背中に押し当てられ、それが入ってくるのがわかった。



痛みは感じない。



ただ、それが引き抜かれた瞬間ドロリとした液体が流れ出した。



「あ……」



俺は呆然と立ち尽くす。



ダラダラと流れ出す血液に、体が冷えていくのを冷静な気持ちで感じていた。



新が俺の手を離すと同時に、その場に崩れおちていた。



血の匂いが鼻腔を刺激するけれど、鼻を押さえることもできなかった。



やがて痛みが襲ってきた。



体を下から上に貫くような激しい痛み。



「うっ……くっ……」



顔を歪め、体をくねらせて痛みから逃れようとする。



しかし、上手くいかない。



動けば動くほど、痛みは増幅していく。



俺はかすむ視界の中で新を見つめた。



新はさっきまでと変わらない表情で俺を見下ろしている。



意識が薄れていく中、新が事故に遭い、病院に駆け付けた時のことを思い出していた。



『またゲームしようぜ!』



俺は必死で新に声をかけたんだ。



新は一瞬俺の方へ顔を向けてくれた。



全身包帯に巻かれて、痛々しい姿で。



でも確かにあの時新は頷いたんだ。



俺の言葉に、頷いた。



だから、迎えに来たのか?



そう質問をしたかったけれど、声に出す前に俺の意識は完全に失われてしまったのだった。

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