第7章

どこから新が出てくるかわからない。



その状況で学校内を歩き回るのは恐怖でしかなかった。



少し歩くだけで全身から汗が噴き出す。



誰かが物音を立てるだけで、心臓は縮みあがる。



そんな中階段をあがってどうにか職員室の前までやってきた。



薄明かりの中で職員室のプレートを見つけてひとまず息を吐きだした。



問題は鍵が開いているかどうかだった。



さっき保険室の鍵は開いていたけれど……。



不安な気持ちのままドアに手をかけて力を込める。



ドアはすんなりと開いてくれた。



開いた!!



思わず声を上げそうになり、両手で口をふさいだ。



ここまで来て新に気がつかれるわけにはいかない。



相手は幽霊だから物音なんて関係ないかもしれないけれど、用心に越したことはない。



職員室に入って窓辺へと向かう。



壁に設置されているボックスの中に鍵は保管されていた。



「あれ?」



灰色のボックスを開けて確認した瞬間、首をかしげた。



「どうした?」



後ろから和樹に声をかけられ「何種類かなくなってるみたい」と、答えた。



ボックスの中にあるフックには、鍵か引っ掛かっていない箇所があった。



しかし、昇降口の鍵をみつけることはできた。



あたしは素早くそれを手に取り、握り締めた。



「なにか妙だな。でも、とにかく鍵はあってよかった。あとは電話だな」



和樹がそう言うよりも早く、笑が固定電話を使って外に連絡をしていた。



しかし、何度もフックを上げたり下げたりしている。



次第に焦りの色を見せる笑に、また嫌な予感がしてきた。



「笑、どうした?」



聞いたのは幹生だ。



笑は青い顔で左右に首をふり、受話器を幹生に渡した。



幹生は受話器を耳に当て何度か番号を押したあと「通じない」と、小さな声で呟いた。



やっぱり……。



こんなときの嫌な予感はどうして的中してしまうんだろう。



泣いてしまいそうになる。



「あれって、本当に新だったのかな?」



不意にそう言ったのは若菜だった。



若菜は真剣な表情であたしを見ている。



「新に見えたけど……」



どう返事をすればいいかわからなくて、あたしはもごもごと口の中で返事をする。



「新があんなことすると思う?」



そう聞かれて、返事ができなくなった。



あんなこととは、刃物で千秋を刺したことを言っているのだとすぐにわかったからだ。



新が千秋を殺した。



それはこの目で見た現実だ。



でも、あたしたちと一緒に過ごした新がそんなことをする人じゃないということは、もちろんよく理解していた。



新はゲームが好きな、ごく普通の高校生だった。



かわったところも特になかった。



「悪霊になったのかもしれない」



そう言ったのは紀一だった。



「悪霊?」



あたしはすぐに聞き返した。



紀一は頷く。



「あぁ。だって、新は事故死だったろ? なにもわからない間に事故に遭って死んじまったんだ。その魂が悪霊になって今も残っててもおかしくないだろ?」



冗談で言っているようには感じられなかった。



この非現実的なことが起こっている今、紀一のとんでもない発想も無視はできなかった。



「そうだとすると、どうにかして新の気持ちを鎮めないと」



幹生が言う。



「そんなの、どうやって鎮めるんだよ」



和樹が聞くが、誰にも返事はできなかった。



あたしたちはみんな新の葬儀に出席しているし、墓参りも行っている。



これ以上なにをすればいいのか見当がつかなかった。



みんなで黙り込んでしまったとき、不意に職員室のドアが開いた。



現れた新に紀一の悲鳴が響き渡る。



いつの間に!?



聞こえてこなかった足音に全身が冷たくなるのを覚えた。



新は本当に悪霊になってしまったんだろうか?



全員連れて行ってしまうつもりなんだろうか?



考えている間に突然手を握られていた。



「走れ!」



それが自分に向けられた言葉だと気がつく前に、足が動いていた。



新が入ってきたのとは逆側へ向けて全員がかけだす。



あたしは和樹に手を握りしめられていた。



「ギャアアアア!」



誰かの悲鳴が鼓膜をつんざく。



だけど振り向くことなく、あたしたちは職員室から逃げ出したのだった。

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