第6章

笑が呟く。



そうなのかもしれない。



そしてあたしたちは呼び出されたんだ。



暗闇に浮かぶように見える新はあたしたちへ向けてほほ笑んでいる。



それはいつもの新で間違いなかった。



しかし、そこには体温がないように見えた。



だって新は……一ヶ月前に死んでしまったのだから。



森戸新(モリト アラタ)が交通事故に遭ったと聞いたのは一ヶ月前のことだった。



その時、あたしたち7人は4時間目の授業を終えて、昼休憩に入ったところだった。



突然教室にやってきた担任の先生が、新と仲の良かったあたしたちにだけそのことを伝えてくれたのだ。



『新は風邪で休んでたんじゃないんですか?』



あの時、そう聞いたのは若菜だった。



先生から交通事故のことを聞いた若菜は青い顔をしていたけれど、まだ半信半疑だった。



あたしや、他のメンバーだって先生の言葉を信じられなかった。



『それが、どういうわけか外を歩いていたみたいなんだ』



それは不可解な出来事だった。



風邪で寝ているはずだった新が交通事故に遭った。



なんらかの理由で、たとえば薬を買いに行ったとか、病院へ行ったとか、外へ出たのかもしれない。



でも、やっぱりあたしたちには現実感のない話だった。



しかし、7人全員で学校を早退して新が搬送された病院へ行くと言っても、先生は止めなかった。



その瞬間、嫌な予感が胸をよぎったのを、今でもよく覚えている。



新は危ない状態なのだろう。



だから7人全員で早退することを先生は許したのだ。



それからあたしたち7人は搬送先の総合病院へと向かった。



院内には沢山の患者や見舞客がいたけれど、そのどれもが現実的なものじゃなかった。



まるで、夢を見ているようだったのだ。



あらかじめ先生から聞いていた病室へと向かう。



新の手術はすでに終わり、個室にいるようだ。



『交通事故の手術、すぐに終わったんだね。だからきっと軽傷だったんだよね?』



エレベーターで指定階まで登っているとき、若菜が呪文のように訪ねてきた。



あたしは若菜の手を握り締めて『きっとそうだよ。大丈夫だよ』と繰り返した。



でも、手術が早く終わったのは軽傷だったからじゃないかもしれない。



手の施しようがなかったからなのかもしれない。



そう思ったが、絶対に口には出せなかった。



そして病室へ入ったとき、あたしの考えが当たっていたことを知った。



そこに寝かされていた人物は新だとわからなかった。



全身包帯で巻かれ、沢山の管でつながれ、医師と看護師に囲まれている。



病室に入ってすぐ、あたしは思わず足を止めていた。



目の前の光景が信じられなくて。



始めてみるその光景に頭がついて行かなくて。



その時、若菜があたしの手を振りほどいてベッドに駆け寄った。



『新!!』



叫び、包帯が巻かれた手を握り締めている。



それを見た瞬間、ようやく体が動いた。



足を前に進め、ベッドの横に立つ。



間近で見ると更に痛々しくて顔をそむけてしまいたくなった。



医師と看護師があたしたちのために一歩下がってくれる。



『新、あたしだよ、わかる!?』



若菜の声は震えていた。



そんな若菜の声に反応するように、新のまつ毛が揺れた。



『新!?』



和樹が叫ぶ。



閉じられていた新の目が微かに開いた。



若菜が息を飲む音が聞こえる。



『みんな……』



新の声は枯れていた。



まるで何年もしゃべっていない、老人のような声だ。



胸がチクリと痛む。



『俺たち……ずっと……友達だよな?』



その質問に体の奥が熱くなるのを感じた。



何言ってんの。



そんなの当たり前じゃん。



なんでそんなこと聞くの?



そう言いたかったけれど、胸につっかえた言葉は出てこなかった。



代わりにボロボロと涙があふれ出した。



あぁ、もうダメなんだ。



もう新とは会えなくなるんだ。



そう、直観した。



『友達だよ! ずっと友達だから、だから行かないで!』



若菜は懸命に叫んだ。



笑も千秋も和樹も紀一も幹生も。



みんな新を取り囲んでいくなと叫んだ。



でも、その思いは届かない。



新はあたしたちの答えを聞いて、満足そうにほほ笑んだのだ。



そしてその微笑みを最後にして……息絶えた。



そして、現在。



7月3日は新の誕生日だったのだ。



忘れたわけじゃなかった。



だけど暗い雰囲気になるのが嫌で、なんとなくみんな夏休みのことばかりを話題に出すようになってしまったのだ。



「新、もしかしてあたしたちのことを怒ってるの? 新抜きで、楽しんでるから……。でも本当は違うんだよ。みんなずっと新のことを思ってた。ただ、悲しむばかりじゃ新も辛いと思って、それでいつもの日常に戻ったんだよ」



若菜が泣きながら説得する。



新は笑顔を浮かべたまま動かない。



「そうだよ新。あたしたちが新のことを忘れるなんてありえないでしょ」



千秋も言う。



その時、新が一歩こちらへ近づいた。



紀一が咄嗟に身構える。



「ずっと友達。そう約束したもんな。それに今日は新の誕生日だ。それで出てきてくれたんだろ?」



そう言ったのは幹生だ。



幹生と新は同じゲームが好きで、よく2人で遊んでいた。



だから、この中じゃ一番の仲良しだ。



新はなにも言わず、また近づいてきた。



ゆらゆらと左右に揺れながら歩いてくる。



あたしはまだ唾を飲み込んだ。



緊張で背中に嫌な汗が流れていく。



「ねぇ、新」



なにも返事をしない新たに千秋が一歩近づく。



その瞬間だった。



不意に新が千秋へ向けて駈け出したのだ。



その距離が一気に縮まる。



咄嗟のことに反応できない千秋は棒立ちになった。



そして……ザクッ……。



今まで聞いたことのない音が響いていた。



それはとても嫌な音で、なにか鋭利なものが柔らかなものに刺されるような音で……。



新が千秋から身を引いた時、月明かりに光る刃物が見えた。



その先端は千秋の胸から引きずりだされ、血に濡れている。



「え……」



それは誰の声だったか。



もしかしたら、あたしの声だったかもしれない。



千秋の体から血があふれ出し、そのまま横倒しに倒れ込んだ。



「い……イヤアア!」



叫んだのは笑だった。



その悲鳴で我に返ったあたしたちは同時にかけだしていた。



「な、なんで!? なにがどうなってるの!?」



昇降口から逃げ出して若菜が叫ぶ。



そんなの知らないよ。



なにがどうなってるのかなんて、こっちが聞きたい!



暗闇の中に突然現れた新。



今日は新の誕生日だから、それが原因だと思っていた。



でも、突然切りつけてくるなんて……!



どこへ向かって走っているのか考える余裕もなく走り、行きついたのは教員用の出入り口だった。



前を走っていた和樹がガラス戸に手をかけて、すぐに渋い顔をした。



「ダメだ。ここも開かない!」



「なんだよこれ、どうなってんだよ」



紀一はパニックを起こしかけている。



「くそ、スマホは!?」



幹生がパジャマのポケットを確信始めたので、あたしも自分のパジャマを確認した。



しかしポケットには何も入っていない。



「ガラスを壊そうよ!」



笑が近くにあった置き傘を手にして言う。



「そんなんじゃ割れないよ!」



あたしはそう言い、近くの教室へ飛び込んだ。



そこは保健室で、幸い鍵は開いていた。



迷わず椅子を持ち出して両手で持ち上げると、ガラスめがけて放り投げた。



ガシャンッ!!



大きな音がして椅子が落下する。



しかし、ガラスはびくともしない。



「貸せ!」



紀一が椅子を拾い上げて力任せにガラス戸へ投げた。



さっきよりも大きな音が響くが、やはり手ごたえはなかった。



「おい、まじかよ……」



紀一の顔はどんどん青ざめていく。



「防弾ガラスなのかもしれない」



和樹が呟いた。



「だとしたら出られないじゃん!」



若菜が暗闇を気にしながら言った。



新が来ていないか、確認しているのだ。



「やっぱり、一度職員室に行くしかないのかな」



あたしは呟く。



どこからも出られないなら、鍵を取ってくるしか方法はない。



そう思っていると、紀一が椅子を持って廊下を歩きだした。



「おい、どうしたんだよ」



和樹が声をかけても足を止めない。



あたしたちは慌てて紀一の後を追いかけた。



今は単独行動はしないほうがいい。



紀一は廊下の窓まで移動すると、また椅子を振り上げた。



そうか。



この窓なら簡単に割ることができるかもしれない!



しかし、期待したのはつかの間だった。



振り下ろされた椅子は窓ガラスに跳ね返されて床に落ちていたのだ。



「嘘だろ。ここも防弾なのか?」



幹生が怪訝そうな顔をして呟く。



そんなことはないはずだ。



入学してすぐのころ、3年生同士が廊下で喧嘩になり窓を割ったというトラブルがあった。



出入り口は防弾になっていたとしても、普通の窓は一般的な窓になっているはずだ。



試しに窓に手をかけてみたけれど、やはり開かない。



鍵は一般的なクレセント錠だけど、それを下げることもできない状況だ。



まるで溶接されているようにガッチリと固まってしまっている。



「新の仕業かもしれない」



そう言ったのは幹生だった。



「どういうこと?」



あたしは驚いて聞き返す。



幹生は真剣な表情で「だって、あいつはもう死んでるんだ。どんな能力があるかわからないだろ」と、早口で説明した。



「病院に行ったとき、俺たちは新とずっと友達だって約束した。だから、連れて行こうとしてるのかもしれない!」



幹生は更に続ける。



「あ、新がそんなことするはずない!」



若菜が否定するが、その声は震えている。



目の前で千秋が殺されたのだから、当然だった。



「この空間を新が作り出してるとすれば、俺たちは脱出できないかもしれないぞ」



和樹が言う。



確かに、死者が作り出した密室空間から逃げ出す方法なんて思いもつかない。



「と、とにかく職員室だよ。そこにいけば鍵があるし、固定電話もあるじゃん。外に連絡が取れればどうにかなるかもしれないから!」



あたしはみんなを励ますように言い、2階の職員室へ向けて歩き出したのだった。

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