第5章

「……子。結子!」



名前を呼ばれてうっすらと目を開けた。



いつの間に眠ってしまったんだろう。



目を覚ました瞬間体が痛くて、ちゃんとベッドで寝なかったっけ? と考えた。



「結子」



聞きなれたその声に返事をしようとして、ふと疑問が浮かんだ。



今の声は若菜?



どうして若菜があたしの家にいるの?



そう思った瞬間、覚醒した。



ハッと大きく息を飲んで上半身を起こす。



目の前には安心した様子の若菜がいた。



「若菜、どうして」



混乱して聞く。



若菜はパジャマ姿で、周囲は薄暗い。



え?



ここはどこ?



そう思ってようやく辺りを見回してみると、ここが学校であることに気がついた。



「学校……?」



立ちあがると、他の5人もいることがわかった。



全員パジャマやTシャツといった格好をしている。



自分の体を見下ろしてみるとピンク色の夏物のパジャマを着ていることがわかった。



あたしのお気に入りだ。



「な、なんで?」



あたしは咄嗟に両手でパジャマを隠すように腕を組み、若菜に聞いた。



若菜は左右に首をふる。



「あたしたちもさっき目が覚めたところなんだよ。なにがなんだかわからない」



「いつもの学校であることは確かだけどね」



千秋が窓から下を確認してそう言った。



千秋はキャミソールにショートパンツという格好で、普段以上に色気が出ている。



「ねぇ、お腹空いたし、早く帰ろうよ」



笑が仏頂面で言う。



この状況を怖がっているようには見えなかった。



「そ、そうだな。こんなところ、早く出ようぜ!」



ビクビクと体を震わせて言ったのは紀一だ。



窓からの月明かりに照らされて、青ざめているのがわかった。



「だけど夜の学校なんて滅多に入れないんだ。冒険したくなってきた!」



目を輝かせているのは幹生1人だけだ。



和樹がため息を吐いて「ここはゲームの世界じゃないんだぞ」と、たしなめている。



とにかく全員いつも通りだということがわかって、少しだけ安心できた。



それから7人でぞろぞろと昇降口へ移動し始めた。



夜の校舎は自分たち以外の足音も聞こえなくて、不気味な雰囲気をしている。



あたしは微かに背筋が寒くなって咄嗟に振り向いた。



薄暗い廊下の向こうに、黒い人影が立っているのが見えて立ち止まる。



「どうしたの?」



「あれって……」



若菜に聞かれてあたしは廊下の先を指差した。



「あぁ、鏡?」



若菜にそう言われて、付きあたりに鏡が設置されていることを思い出した。



写っている自分たちの姿が黒い影になって見えていたみたいだ。



そうとわかると途端におかしくなって、プッと吹きだした。



「ごめん。ひと影だと思ってビックリしちゃった」



「これだけ暗いんだもん、そういうこともあるよね」



若菜はそう言いながら笑っている。



笑ったことで少し気分が変わったあたしはさきほどよりも軽い足取りで昇降口へと向かった。



自分たちがいつも利用している下駄箱へやってきたとき、ようやく自分が上靴を履いていることに気がついた。



しかし、下駄箱を確認しても運動靴はない。



首を傾げ、上履きのまま外へ出るしかなさそうなことに、ちょっとだけ嫌な気分になった。



明日泥だらけの上履きを履かなければならない。



「あれ? 開かないぞ」



昇降口の扉の前に立った幹生が首を傾げていった。



また、冗談ばかり言ってる。



「こういうときに、そういのはやめてよ」



若菜が文句を言いながら扉に手をかける。



次の瞬間「え?」と、呟いて顔色が変わった。



ガラス扉は少しも動かない。



「鍵がかかってんのか?」



紀一が言う。



「そうかもしれない。鍵はきっと職員室だ」



和樹が扉が開かないことを確認して言った。



同時に沈黙が下りてくる。



ここまで来たのに職員室まで戻って鍵を取ってこなきゃいけないなんて……。



誰もが来た道を戻るのを嫌がっていた。



でも、行かないと外には出られそうにないし……。



困って動きが止まっていたときだった。



不意に足音が近付いてきてあたしたちは同時に振り向いた。



薄暗い廊下の奥から人影が近付いてくるのが見える。



あたしと若菜は気がつかないうちにきつく手を握り合っていた。



「誰?」



「警備員さんとか?」



千秋と笑が声をひそめて言う。



でも、警備員ならあたしたちが学校内に入った時点で動いているはずだ。



警備会社への連絡もとっくに言っていてもおかしくない。



人影はどんどん近付いてくる。



あたしはゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。



紀一の歯がカタカタと音を鳴らし始めている。



恐怖で歯の根がかみ合っていないのだ。



「だ、誰だ!?」



和樹が一歩前に出てそう言った。



次の瞬間だった。



影の人物の顔が、月明かりによって照らし出されたのだ。



その人物は笑顔でそこに立っていた。



その瞬間全員が呼吸するのを忘れていた。



嘘でしょ。



こんなこと、あるはずない……。



全身からスッと血の気が引いて行く感覚。



足元がフラついて、立っていることもままならなくなってくる。



「新(アラタ)?」



そう言ったのは若菜だった。



その言葉にあたしは隣の若菜を見た。



若菜の顔に恐怖は浮かんでおらず、むしろ目の前にいる人物への好意がにじみ出ていた。



そんな若菜に危うさを感じて、あたしは若菜の手を更にきつく握り締めた。



「そうか、今日は7月3日か」



そう言ったのは幹生だった。



「今日は新の誕生日だ」



言われてあたしはハッと息を飲んだ。



そういえばそうだった。



「もしかして、バースデーカードを送ってきたのは新?」

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