第37話 デファの街、ライブその1!

「ケイト・ヨークは2年ほど前から活動しているこの街のトップ愛燈アイドールだな」


 昨日と同じ小洒落た食堂で昼食の傍ら、トリュが先ほどの少女について語ってくれた。


「ユメイがこの街に来舞ライブに来た際、前座に起用している事で他の街でも頭角を現していったようだ」

 エルがソーダ水を飲みながら続けた。

「ユメイ様がご指名するのなら、実力も呪歌ジュカも折り紙付きなのでしょうねぇ…」

「まあそうなるな」

 俺もパスタを頬張り、飲み込んでから、

「凄く自信ありそうな子でしたものねぇ……」

 さっきのあの子を思い出していた。


 トリュはフォッカチオをちぎりながら俺を指差した。

「ま、今度のタイバンではケースがトリであのケイトがその前なんだけどな!」

 エルはまたひとくち、ソーダ水を飲む。

「……それで乗り込んでらしたのでしょうか?」

 俺はパスタを皿で持て余しながら、

「ああ、あのタイプはそういう感じしますね……」


 この世界に来てから色んな個性の強い面々と知り合った気がするが、あれはまた新しいタイプだった……。


「プロデューサーのフジノ・セルウェイ女史はこの国の中でも有名なセルウェイ家の出身だな。魔術に関しても、古典的だが堅実な家柄だ」


 そうなのか。失礼だが、そんなに凄いひとに見えなかった。


「そういえば、プロデューサーは魔術師がやるって決まりでも有るんですか?」


 トリュも、ユメイのプロデューサーのマトリ・マーティンも魔術師だった。この世界では魔術師がプロデューサーをするシステムにでもなっているのだろうか?


 トリュが答える。

「うーん、特にそう言った決まりも無いが、魔術師がプロデューサーをやったほうがあれこれ便利なんだよなぁ~? 納音ノートや譜面の再生も、来舞の音響チェックもその他諸々も」

 エルが続く。

「なので、プロデューサーになるために魔術を勉強する方もいらっしゃいますよ」

「なるほど……プロデューサーの仕事ってのも大変なんですねぇ」

 トリュが呼吸するようにやっていたことが普通ではないことに改めて気付かされる。


「まぁそんなプロデューサーも呪歌の使い手の愛燈が居なくちゃ意味が無いんだけどなぁ!」

 げふっ。急にプレッシャー掛けてきたぞこの人。


「今日の屈辱は今度の来舞で思い知らせてやれ!」

 あ、トリュ、俺がケイトに小馬鹿にされていたのにしっかり気付いてたんだ?

「ちょっとまってくださいよ、解っててケイトのノリに付き合って俺のこと小馬鹿にしてたんですか?」

「その方が面白かったから」

 ズバッと言ったぞこのひと。



 ――翌々日。

 ついにこのデフォの街で来舞を披露することになった。


 今日はまず、タイバンの日だ。

 トリュとエルと俺はいつものようにミソラ神殿に向かう。今回は中ホールで来舞が行われる。規模は最大で500人と言ったところか。俺がラストのトリでそんなにお客さんが入るのか? 不安になってきた。

 トリと言ってもこの出演者の中では一番の新参者だ。一番早くに現場入りしないと。


「おはようございますー!」

 俺は誰も居ないホールに向かって挨拶をした。つもりだった。


「遅い!」

 そこには先日の、ピンク髪にツインテールの例の――――


 ケイト・ヨークがいた。


「ちょっとあんた何様のつもりなの! 新人は誰より早く現場入り! 基本でしょ!? 先輩のワタシを待たせるなんてありえないんだからっ!」


「は、はあ……スミマセン……」

 続いてトリュとエルもホールに入ってきた。

「おっ、ケイト・ヨーク嬢じゃないか! 早いなぁ! お疲れ様!」

「お疲れさまです、ケイト様」


「……みんな揃っていい度胸じゃない!」

 ケイトは腰に手をやって偉そうなポーズを取っていた。


 そこに俺たちの後ろから、つい最近知った声が聞こえてきた。


「し、失礼します~! おはようございます、おつかれさまですっ! すみませんが通していただけますか?」


 茶髪にボブカットにそばかすの、フジノ・セルウェイさんだった。フジノさんにはなぜか『さん』を付けてしまいたくなる。


「ケイト~。飲み物は結局アップルジュースにしちゃいましたけどいいですか~?」

「ワタシはベリー系がいいって言ったでしょ! でもまあ、アップルも嫌いじゃないわ。許してあげる!」

「ありがとうございます。喉にはアップルがいいんですよ~」

「そんなの知ってるんだから! 気遣いありがと……」


 ――このケイトとフジノさんの組み合わせ、何だかんだ上手くやっているようだ。


 ケイトはアップルジュースにストローを通してひとくち飲む。そしてこちらを睨んだ。


「いくらユメイのお墨付きでも、納音ノートのひとつも出していない新人が突然トリだなんて信じられないわっ! しかもワタシがアンタの前座なんて――」

 俺は畳み掛けるケイトの言葉に狼狽えた。

「えっと、それは俺も信じられないっていうか――ははっ」

 笑って誤魔化してみる。するとトリュが一歩前へ出て言った。

「それくらいのサプライズをしていかないと今から新人賞レースには乗れないからなぁ!」

 ケイトとフジノさんが驚く。

「げ。今から賞レース狙うの……!?」

「今からなんて無謀、なのでは……!?」


「いいえいいえ、今からだから面白いでしょう?」

 トリュは不敵に微笑んだ。先日のケイトに対する愛想笑いとは違う、本気の挑発笑顔だ。


「納音もこのツアー中にレコーディングして発売リリースする予定ですよ」

 えっ、そうだったの? 俺ついに円盤デビューしちゃうの??


「トリュ、それ俺も初耳ですけど!?」

「当然だ。ここの誰にも言ってなかったからな!」

「ふぁっ!?」

「トリュ様はサプライズがお好きですからねぇ……こういうこともございます」

 エルがのん気に言う。誰だエルがこの中の良心なんて言ったやつは。俺だ!

 俺はしばし、うろたえていた。


「ちょ、ちょっと。大丈夫なのアンタ……」

 なぜかケイトが気を使い始めた。

「は、はぁ……もうトリュのこういうところには慣れてるつもりだったんですけど」

「……大変ねぇ……」

 フジノさんも同調する。

「大変ですねぇ……」


「――まあいいわ。ワタシたちは楽屋に入るから。アンタたちもそれなりに準備しなさいよねっ!」

 ケイトがツインテールを揺らしてひるがえる。次いでフジノさんも一緒に楽屋に向かう。

「それではお先に、楽屋に入らせていただきます! 今日はよろしくお願いします!」



 それから、後から来た今日の愛燈たちに挨拶をしていった。

 これだけでもひと仕事した感が有るのは、待ち伏せしていたケイトの存在感のせいだろうか? それともトリュの突然の納音発売宣言のせいだろうか……?

 何だかどっと疲れてしまった。

 俺たちもようやく楽屋(中ホールは各愛燈個室だ)に入った。


「ケース様、今日は私が宿のキッチンを借りて軽食とお茶を用意して参りました」

 エルがサンドイッチとお茶を取り出す。

「ああ、ありがとうエル……お茶いただきます……」

「俺はこっちのサンドイッチを貰っておこうかな」

 トリュは至ってマイペースだ。


「トリュ、さっきの納音の話ですけど――」

 俺から話を切り出してみた。

「ああ、出すって言ったら出すぞ。けど今は目の前の来舞に専念しろ」

「…………はい」

 まあ、最もなことだ。

 プロデューサーのトリュが出すと言ったら出ちゃうんだろう、納音。


 俺は楽屋の向こうの舞台ステージから聴こえるリハーサルの音に耳を傾けていた――

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