第36話 台風少女!

 ――翌日。

 彼女に出会ったのはデファのミソラ神殿での昼練習を終えた後だった。


「ちょっと? そこのスタッフの人! 『ケース・カノ』を出してちょうだい!」

 小ホールの扉を開けて出ると、そこにはピンク髪のツインテールで、所謂ゴスロリファッションで勝ち気そうなツリ目の美少女が立っていた。


「……いや、俺がケース・カノですけど……」

 どちらさまでしょうか? と訊ねようかと思ったら先に彼女が言った。


「嘘でしょ!? こんな地味で華の無いそこらのモブみたいなのが噂のケースなの!?」

 ……なんだかとても失礼なことを言われている気がする。


「……えーっと! コホン! ユメイの前座はあんただけじゃないの。このこの街でユメイの前座を努めた立派な歌姫うたひめなんだからねっ!」


「…………はあ………それはどうも」

「おいお~い、何をドアの前で立ち止まってんだ、邪魔だぞ~?」

 俺の後ろからトリュが割って入る。


「ちょっと、大人を呼んだって無駄よ! ワタシは負けないんだからねっ!」

「いや、特に呼んだわけじゃなくて……」

出入り口こんなところで何をしてるんだ~? 話が見えないんだが」


「あの」

 俺は彼女に訊ねた。

「あなたはどこのどちら様でしょうか――?」


 彼女はカッとしながら答えた。

「ワ、ワタシはケイト・ヨーク! この街のトップ愛燈アイドールよ! 知らないの!?」

「ごめんなさい、知りませんでした。まだこの街に来て数日なので――」


「おお、ケイト・ヨークなら名前は知っているぞ!」

 後ろのトリュが言い出した。

「今度の『タイバン』で一緒に舞台ステージに立つ歌姫だ!」

 ケイトは一瞬、トリュの派手な顔と出で立ちにビックリしたようだったが持ち直して、

「――そうそう、話が早いじゃない! ワタシがケイト・ヨークよ!」

 と、胸を張った。

「事前にこんなところで会えるとはな~? ケース、ご挨拶だ。業界の先輩だぞ?」


 更に奥からエルも飛び出してきた。

「あらあら、とても可愛らしいお姫様ですね。はじめまして。デファこちらの歌姫様でしょうか?」

「ちょっと! ケース! なんでスタッフの方が派手なのよ!?」

「そんなこと言われても俺が一番不思議に思ってるんで――」


 と、廊下でバタバタとしていた時。


「あ、ここに居たんですねケイト!」


 おっとりとしていそうな茶髪のボブカットにそばかすの女性が小走りにやって来た――


「もう、先に行ってしまうんですから。少しは私の話を――……あ!」

 そばかすの女性はこちらに気が付いたらしく、一礼してきた。


「失礼しております! 私、こちらのケイト・ヨークのプロデューサーのフジノ・セルウェイと申します――!!」


 フジノと名乗った女性はこちらを一瞥して、それから名刺カードを取り出した。

「あの~……申し訳有りません! どちらがケース様でどちらがプロデューサー様でしょう……?」


「私がプロデューサーのトリュ・マクレガー。こちらが担当歌王うたおうのケース・カノです。よろしくおねがいします、フジノ・セルウェイ様」

 トリュもすかさず名刺を差し出す。営業モードになったようだ。


「……!! トリュ・マクレガー様というのあの大魔術師でユア・マクレガー様のお兄様の……!?」

 フジノはトリュに渡された名刺を見た瞬間、驚いていた。やっぱり大魔術師の箔は凄いんだな。

「ええっ!? あのユア様のプロデューサーだったトリュ・マクレガー!?」

 釣られてケイトも驚いている。


「あ、あの! トリュ様!!」

 ケイトはさっきまでとは態度が一変した。

「ワタシ、ユア様の歌がきっかけで歌姫を目指してて――――」

「おやおや、それはありがとうお嬢さん。ユアもきっと喜んでいると思います――」

 トリュは優しく美しく微笑んだ。……外向けの笑顔か?


「……ケース・カノがあのメロウ・ヨハンソンの曲だっていう噂は聞いてたけれど、プロデューサーがトリュ・マクレガー様だなんて聞いてませんでした! やだワタシったら恥ずかしい!!」

 瞬間、赤面。ケイトのさっきまでの勝ち気で大上段な態度はどこかへ消えてしまったようだ。


「トリュ様がプロデュースなさるならきっとこの地味メンなケース様も映えるんでしょう…!!」

 前言撤回。俺に対しては悪意が有るぞ、このケイトって子。

「そうそう、俺がプロデュースするとこんな極々普通の見た目なケースでもしっかり舞台映えするんだなぁ!」

 トリュもトリュで好きにいいやがって…………そりゃ俺はここに居るメンツの中では地味な方だけど。


「ケイト、先方に失礼が無いようにしてちょうだい……」

 ケイトのプロデューサーのフジノさんが頭を抱えながらケイトに釘を刺す。この人は常識人な気がするぞ。

「えーっ! ワタシは事実を言っているだけよフジノ!」

 ケイトに反省の色はない。

 トリュがすかさずフォローする。

「どうかお気になさらずに、フジノさん」

 お前が言うなお前が! 言われてるのは俺!

「トリュ様。お言葉ですがケース様のフォローになっておりませんよ?」

 エルがトリュに突っ込んでくれる。よかった。俺たちのチーム(?)の良心だ。


 フジノが言う。

「今日は私たちは向こうの小ホールでリハーサルを行っていたんです。それでケース様がツアーのリハでこちらに来ていると話を聞いたら、この子ったら飛び出て行ってしまって――」

 ケイトは悪びれない。

「だって、ユメイの前座同士となったらライバルじゃない! ひと目見てやろうって思ってこっちまで来たんだけど――」

 ケイトは俺を見てニンマリした。


「プロデューサーは一流でも、愛燈自体は2、3流ってとこかしらね?」


 好き勝手言ってくれるなぁ!


「あのですね――」

 俺が発言しようとした時、トリュが俺の肩に手を置いて遮った。


「お嬢さん、それはどうでしょうかね? こう見えてケースは俺の召喚とお眼鏡に叶った愛燈ですよ。あなたを虜にしてしまうかもしれません――――」


 そう言って、トリュはケイトの手を取りラベンダーの瞳で見つめた。

 うわ、トリュ、それじゃトリュがケイトを虜にしちゃうから。違うから。


「……そ、そうなんですか!? 本当に!? トリュ様の威厳とメロウ様の曲だけでここまでやって来たのでは無いのですね!?」

「当然です」


「あの、トリュ様。ケイト様からお離れください。お戯れが過ぎますよ」

 エルが止めに入った。

「コホン。ケイト、トリュ様にもケース様にも謝りなさい」

 フジノさんはケイトを促している。


 ケイトは赤面のままモジモジとしていたが。

「す、すみませんトリュ様。それとケースさ…まも……」

 うわ俺の呼び方ぎこちないなぁ~。


「いいえ。大丈夫です。な、ケース?」

 トリュが俺の返答を待つ。

「え? あ、はい! 俺は全然何とも無いです」

 俺は何とか答えた。


 トリュは俺の返事を待った後に続けてこう言った。

「――この続きは、是非、後日のタイマン来舞でお願いしますねケイトさん、それとフジノさん――」


 フジノさんは焦って答えた。

「はい、勉強させていただきます! ね、ほらケイト!」

 ケイトは無理やり頭を下げさせられる。

「う~。よ、ヨロシクオネガイシマス……!」


 それでは失礼します、とフジノさんはケイトの腕を引きずって消えていった。


「何だったんでしょうね、あの子たち……」

 台風一過のようだった。

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