第35話 デファの街にて!

 ――翌日翌朝。


 俺たちはミソラ神殿に向かった。午前中から昼過ぎまでは小ホールをリハーサルや練習に貸して貰えるらしい。トリュはこういう話を纏めてくるのに抜かりなかった。


 このデファの街での来舞ライブはタイマンとワンマン、1日ずつになる。初日に複数愛燈アイドールの出演するタイバンに登場して話題作りをしてから、翌々日の俺ひとりのワンマン来舞を埋めようというのがトリュの作戦のようだ。


 2種類の来舞となると、当然時間の長さも変わるのでセットリストも違ってくる。なのでリハーサルも2倍だ。


「よーし、お疲れ様! 昼食後はよそでレッスンな」

 トリュは万事抜かり無いなぁ……。


 俺たちは街の小洒落た食堂へ移動した。

「好きなモノ食っていいぞ。ただしケースは量は程々にな」

「了解です。ここで食べ過ぎたら午後が辛いですしね……」


 運ばれてくるパスタ料理を目の前に、エルが言う。

「このツアーでお料理のレパートリーを増やしますね。気に入った料理が有ったら仰ってください」

 ツアー中は外食に頼ることが多くなりそうだった。


 そういえば召喚される前のサラリーマン生活時もほぼほぼ外食かコンビニ飯頼りで生活していたんだった。が、同じ外食でもトリュやエルと食べる外食は何だか美味しく思えた。やっぱり誰かと食べるご飯は美味しいってやつだろうか。


「……ツアーっていいですよねぇ。俺も元の世界でアイドル追って旅行してた時、いろんな場所の地元メシを食べてましたよ」

 俺は運ばれてきたドリアを食べながら、元の世界の生活に思いを馳せていた。

 トリュは少々呆れていたのか、驚いたのか。

「……お前、『アイドル』に相当入れ込んでいたんだな」

「あったりまえですよ! 霧葉きりはちゃんに出会わなかったら俺、単なる抜け殻サラリーマンでしたもん」

「さらりーまん? って何だ?」

「……うう……会社員です。トリュには向かない職業ですよ」

「会社員? ギルドの役員や事務職みたいなものか?」

「……そんなところです」

「それはトリュ様には向きませんねぇ……」

 エルも同調する。

 トリュには性格上向く仕事より向かない仕事の方が多すぎる。これだけ何でも出来る大魔術師兼プロデューサーなのに。

「失礼な。俺だってその気になればどんな仕事もこなすさ。その気にならないだけで」

「だから向かないんですってば」

「ケース様はさらりーまん? やら、愛燈やら、向いているものが複数有ってよろしいですねぇ……」

 エルがのん気に言う。俺はつい、苦笑してしまった。

「いや、サラリーマンにも愛燈にも向いているかはちょっと解りませんけれど……目の前にそれしかないならやるしか無いっていうか」


「ケース。お前って結構偉いな」

 トリュが言った。え? 俺普通のことしか言ってないけど??

「……真面目ですわ、ケース様」

 エルも続いた。

「いや、普通でしょう? エルも代々トリュの家のメイドだからメイドやってるんですよね?」


「――私は、もちろん歴代のお勤めも有りますけれど、何よりも幼い頃よりトリュ様やユア様とご一緒させていただいておりましたので――これが希望通りの職なのでございますよ」

 なるほど、エルは幼い頃からの夢? がメイドだったわけか。


「メイド修行で数年、屋敷を離れましたけれど基本的にはずっとトリュ様とユア様とご一緒に育ちましたので」

「メイド修行ってどんなことをするんですか? やっぱり料理やマナーやら色々と大変なんですか? 俺の世界というか、俺の居た国にはエルみたいなメイドさんは居なかったので――」

「他の『メイド』さんはいらしたのですか? 興味が有ります」

 俺は秋葉原のメイドさんを思い出していたが、すぐさまかき消した。

「いいえ、メイドさんって言っても全然違う職種ですから!」


 昼食の談笑などをした後にまたレッスンが始まった。今度は街のアパートだろうか? 広い一室、広い何も無い部屋だった。そこにトリュが防音の魔術を掛ける。


防音サウンドプルーフ


 たった一言で魔術が発動する。

「さ、新曲のレッスンを始めるぞ」

 そうしてトリュは鞄から譜面を取り出した。

再生プレイ

 楽曲が流れ始める。いつぞや『魔術師ってのはデタラメ』とメロウが言っていたが、これを見ると確かにそう思う。


 そうしてその流れる音楽サウンドに自分の歌声を乗せる――

 慎重に、間違わないように、音程がぶれないように。来舞の時は全てアタマから抜けてしまうことだったが、練習の時は心に余裕があるのだろうか? あれこれと考えながら歌ってしまう。


「……だーめ。つまらんなあ! ケース、余計なことを考えすぎじゃないか?」

 トリュから俺にダメ出しが出た。

「どうも、来舞の本番の時より畏まってつまらん歌い方になってるんだよなぁ~? 『本番に強いタイプ』なのかもしれんが、本番でしか本領発揮出来ないのは痛いぞ?」

「うっ……気をつけます」

 どうしても、上手く歌い上げることに集中してしまう。

 本番ではそんなのどうでも良くて、現場を楽しむことに割り切っているんだが。

 エルも言う。

「ケース様の呪歌ジュカは希望や楽しさを伝えるモノです。無理に技術を磨こうとせず、自然体で楽しんで歌ってみてくださるのが上達の近道かと存じます」


 ――なるほど。俺の歌は俺が楽しむのが第一か。ならばこのメロウのメロディーと歌詞に乗せて、俺はメロウの音楽を楽しもう……!


「お、さっきより良くなったじゃないか。肩のチカラも抜けて」

 トリュが褒めてくれた。エルのおかげだ。


「エルのアドバイスのおかげですよ。ありがとうエル」

 俺は思ったとおりのことをエルに伝えた。

「まあ! 結局はそれを実行したケース様のおチカラですよ」

 エルは微笑んだ。


「何だ何だ? エルとケースいい感じじゃないか~? ヒューヒュー」

 疎外感を覚えたのか、トリュがちょっかいを出してきた。

「『いい感じ』って何ですか!? トリュは俺とエルが仲いいのに嫉妬してるんですか?」

「そんなわけあるかいー! 俺だってエルとは仲がいいんですー。なぁエル?」

 トリュは少し子供じみていた。こんなところも有るんだな。

「ふふっ。トリュ様は私の大切なご主人様ですので、決して蔑ろにいたしませんよ?」



 こうしてデファの街の2日目は過ぎていった――

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