第34話 誰もが誰もの!

 ――その日は道中の小さな町の宿屋に停泊することになった。

 順路ルートは決まっているのであらかじめエルが全ての宿を手配しているらしい。流石有能メイドだ。


「トリュ様、ケース様、私とそれぞれ別室を用意しております。こちらがお部屋の鍵になります」

 エルが部屋番号の付いた鍵を渡してくれた。

「何か御用がありましたら、206号室の私までお申し付けくださいね」

「ああ、ありがとうエル」

 トリュもエルに感謝している。


 宿での食事と風呂を済ませ、俺は部屋に戻る。もう夜も遅くなってきた。都合よく空は晴れ、月が出ている。

 俺とトリュはひとつ、気になることを試したかった。


 屋敷外でのユアの召喚だ。


 今まではマクレガー家の屋敷内でしか召喚していなかったから、果たしてマクレガー家から離れた場所でユアを喚び出せるのかどうかが解らなかったんだ。

 よし、と俺は鞄からTVのリモコンを取り出して隣のトリュの部屋に向かう。


 コンコン、とドアをノックする。

「おー、入れ入れ」

 中からトリュの声がする。

「失礼します……」

 トリュの部屋にお邪魔した。俺が宿泊している部屋と何ら変わらないシンプルなレイアウトだった。

「なんだ、トリュだけ特別仕様の部屋でも取ってるのかと思ってましたよ」

 俺は思っていたことをそのまま口に出した。

「旅は長いからなぁ。俺だけ特別扱いなんてしてたらあっという間に予算オーバーだよ。それに余計なことはするなとエルに言ってある」

 なるほど。トリュもトリュで色々と考えているところが有るんだな。


「さて……それじゃあ話をさっさと進めようか」

「はい……」

 ユアの召喚実験だ。


「メロウは外でもユアに会えるつもりで居たが、実際のところはまだ解らんしなぁ。あいつを悲しませるのも辛いところだよ」

 それじゃやっちゃってください、とトリュは俺を促した。

 俺はリモコンのスイッチを窓辺に向けて押してみる。


 ……。


 …………。


 やっぱり、無理なのか? そう思った時。

 いつも通りの霧がたちこめて、中からユアが現れた。


「こんばんは、ケース様!――あら、今日はあに様も! それにここは……どちらでしょう?」


「いよっしゃ! 実験は成功だな!」

「そうみたいですね! トリュ!」

 俺とトリュはハイタッチを交わした。ユアはこの場の空気に付いて行けていない様子だった。


「あのー…兄様? ケース様?」

 怪訝な表情カオで俺とトリュを見るユア。


「はっ! すみません、ユア!」

「――コホン。悪かった、ユア」

 俺とトリュは揃ってユアに謝った。


 そしてここは屋敷を離れた町の宿屋であること、俺のツアーがついに始まることを彼女に告げた。


「なるほど、それで私がマクレガーの屋敷の外でも喚び出せるかどうか、お試しになったというわけなんですね……」

 ユアは何とか納得してくれた。


「ツアーの決定おめでとうございます。どうか皆さんの旅路も無事に過ごせますよう……」

 ユアは俺たちに祈ってくれた。いや、祈りを捧げるべきなのは俺たちで、祈られるのは幽霊であるユアな気がするが。この際まあいい。


「これから1ヶ月半の長丁場になるからなぁ。ユアも度々、ケースに召喚されるかもしれないがよろしく頼む」

「はい、兄様。ケース様とも、エルともツアーの途中で会えることを楽しみにしています!」

「そう言えば、途中でメロウも来るって言ってましたよ。ね、トリュ」

「ああ。カレドの海でユアと遊びたいんだそうだ。呑気なもんだ。やっぱり大物だよあいつは」

『大物』を『大物』のトリュが使うことに違和感だが。

「まあ、カレドの海で! それは楽しみです!!」

 ユアは上機嫌になったようだった。


 ユアとそこそこ会話を楽しんだあと、俺たちは早々に解散して俺は自室に戻った。

 まだ旅の1日目だ。ここで疲れて音を上げていたらどうしようもない――いや、昼間に音をあげてはいたけれど……――

 俺はそそくさとベッドに入って明日への英気を養うべく、眠ってしまった。



 ――翌日も小さな町の宿に泊まり、また出発し、夕方頃にようやく第一目標のデファの街へと辿り着いた。

 トリュは先駆けてミソラ神殿に用事が有るからと俺とエルを置いて行ってしまった。俺はエルの案内で少し観光することにした。


 このデファの街は俺たちが住むマクレガー家の在るギエドの街の南西に位置し、主に農耕と隣国との貿易が主要産業だと言う。ギエドも貿易で栄えていたが、この街もなかなかの栄えようだった。


「デファは特に品質の良いワインで有名なんですよ。それと、小麦の一大生産地なので焼き菓子とか――」


 エルがメインストリートの商店街を案内してくれる。


「ケース様、少しお茶をしていきませんか?」


 そう言ったエルは一軒の落ち着いたカフェを指差していた。

「エルが良いなら、ぜひ」

 俺に異論は無い。そう言えば、約2ヶ月トリュとエルと生活をしてきたが、エルとふたりきりになるのはトレーニングの時以外は滅多に無かった。こうしてお茶をするのも貴重な機会かもしれない。


「私は珈琲コーヒーを。ケース様は何になさいますか?」

「あ、じゃあ俺はメニューのこれを」

「……アイスココアでございますね。ではアイスココアをお願いします」


 さて、エルと何を話そう――――

 俺はあれこれ思案したが、これと言って思いつかない。いざふたりきりになると話題って浮かばないものなんだな……。


「ケース様」

 先にエルが切り出した。ほっ。良かった、話題を振ってくれるのは助かる。


「ケース様がこちらの世界に来てくださってから、トリュ様と私の世界は大分変わったと思います――」


 運ばれてきた珈琲にミルクを入れ、スプーンでかき混ぜながらエルは語りだした。砂糖は入れない派なのか。

「え、そうなんですか!? それは良い風にですか? 悪い風にですか?」

 俺がこの世界に来てしまったことで、トリュやエルの生活は確かに一変してしまっただろう。……俺の生活がまず大変動したんだけれども。

「勿論、良い風にでございますよ。あのマクレガーの屋敷にはトリュ様と私だけで暮らしておりましたから。ひとり増えるだけでも世界がガラリと変わりました」


「――そう言えば、最初、エルは俺の召喚に反対していたと言ってませんでしたっけ……?」

 うろ覚えだがそんなことを言っていた気がする。

「はい。反対いたしておりました。ユア様を失ったからと言えど、その代わりに新しい愛燈アイドールを異世界から召喚するのは、いくら何でも身勝手が過ぎると思いましたので……」

 エルはひとくち、珈琲を飲む。俺はストローでアイスココアをかき混ぜていた。

「けれど、召喚されたケース様は男性でしたしユア様とは似ても似つかないお見かけと性格で。私たちもそれは驚きましたとも」

「……はぁ。スミマセン」

 俺はアイスココアを啜る。

「ふふっ。謝ることではありませんよ。私はそれで良かったと思っております」

「良かったと言うと?」


「誰もが誰もの代わりにはならない、と改めてトリュ様と私に教えて下さいました」


「ああ――――」

 仮にもし、ユアにそっくりな、それこそ俺の最推しの日園ひぞの霧葉きりはちゃんが召喚されてしまったとしたら。そうしたらトリュは、エルは、どうなっていただろう……? ユアの生まれ変わりとして扱っていたかもしれない。

 けれど、俺から見たらユアはユア、霧葉ちゃんは霧葉ちゃんだ。


 エルは珈琲を、俺はアイスココアを飲み干した頃、エルが丁度良い時間ですねと言って席を立った。

 俺たちは待ち合わせの宿屋に向かった。


 明日からはこのデファの街のミソラ神殿でレッスンとリハーサルだ。

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