第33話 旅立ち!
「ツアーねぇ……いいんじゃない? 頑張ってきなよ」
新曲を受け取りに俺とトリュはメロウの家に訪れていた。
今回は6曲。前回の12曲に比べたらペースは遅いが、今回は寝食をしっかり取って作られたようだった。ほっ。無茶をしていなくて良かった。
俺がエルから預かった差し入れの入ったバスケットはメロウにすっかり空にされてしまい、今は食後のティータイムと言ったところだ。
「――デファ、スティ、ミラサ、サント、そして東のカレドと中央のキノン――この辺りの街を周ってこようと思ってる」
トリュが指折り謎の地名を語りだした。
「すご、この国のだいたい半分じゃん」
そう言われても、この国の地図を知らない俺にはさっぱりだ。
「今から新人賞レースに乗るなら最低限それくらいの地域は周って知名度と人気を上げにゃあかん」
「う~ん、そうだねぇ……。ね、カレドに行くのはいいな~! 私も行きたい! 海の方だけ! 後から合流しよっかな」
「別に構わんぞ? 合流する分には歓迎だ。遊んでばかりも居られんがなぁ」
「やった~! ねぇ、ケース。海でも夜ならユアも喚び出せる?」
覚えられない地名ばかりで戸惑う俺に、突然話を振られてしまった。
「……さあ? どうでしょうねぇ……。晴れてるなら可能性ありますけど」
「夜の海は遊泳禁止だぞ! 俺が加護の魔術を掛けていても危ないモノは危ないからな」
トリュが歳上らしく注意する。
「砂浜で遊ぶくらいはいいでしょ~?」
メロウはトリュにおねだりしている。
「ホントに砂浜で遊ぶ程度だろうな? メロは生身なんだから無茶したら許さんぞ」
「大丈夫、大丈夫だーって。てか今から心配してどうすんのっ」
ケラケラとメロウが笑う。
「あの子――ユアともまた一緒に海に行きたいねって言ってたからさぁ……」
それが実現可能(?)になって、メロウは少し嬉しいようだった。
――メロウから新曲の楽譜を預かった帰り、トリュは酒屋に寄りたいと言った。
何でも、良いワインが入ったと連絡が有ったそうだ。トリュ、ワインが好きなんだな。
「ケースも飲みたいモノが有ったら買ってやるぞー? ノンアルコールに限るがな」
「……ノンアルコールでも十分好きですよ。物色させてください」
中身は同じ27歳なのに、身体が17歳という理由で酒が飲めないのは遺憾の意だ。前回はジンジャエールを買って行ったが、今日はどうしようか。やっぱり炭酸系がいいかな。
俺はノンアルコールの棚を覗き込む。うん、この透明なサイダーっぽいやつにしてみよう。
「『ラムネ』かぁ……ガキの頃によく飲んだな。懐かしい」
トリュが俺の持った瓶を覗き込む。
「ガキ向けで悪かったですね。誰かさんのおかげで身体がガキなので仕方ないんですー!」
俺は拗ねてみた。
「じゃあほら、あっちで菓子も選んでこい。何でも買ってやるぞ~アハハハハ!」
俺はトリュからスッと離れると、お菓子コーナーに行って自分の好きそうな菓子をありったけ掴んだ。
「じゃあ、これで!」
「ワオ。遠慮無しだな少年。別にいいけど」
そうして酒屋を出て、商店街を離れて屋敷へ向かう坂道を登る。
初めてこの世界に来た頃、この道は白いアケビの花で満開だったが、今は新緑で色鮮やかな緑に染まっている。
「時間、経ちましたねぇー……」
俺はしみじみと、トリュにでも誰にでも無いひとりごとのように呟いた。
トリュもこちらを見ないで返答してきた。
「ケースを召喚して、もうすぐ2ヶ月か。こっちの生活にも慣れたか?」
俺はぶっきらぼうに返す。
「まあ、少しずつですが」
「慣れたと思った頃にツアーに旅立つ事になるから落ち着かないだろうけど、まぁこれも運命だ。適当に受け流してくれや」
「そんな。運命もなにもアンタの手のひらの上の話でしょうに……」
「ユアの件は流石に俺の手のひらからもこぼれ落ちてたがなぁ」
「それは――……」
秘密にしていて悪かった、と言おうとしたところで。
「もういいさ、今のところは」
先に言われてしまった。
「新曲の練習をしながらツアーを周ることになるからな。覚悟しておけよ、ケース」
――3日後。
ツアーのセットリストも組み、一通り練習を済ませつつ、俺とトリュとエルは3人で旅立つことになった。
タイバン
ユメイ・マッカートニー発掘の前座
俺はいつもどおりのラフなシャツにジーンズもどき、それにTVのリモコンが入った小さな肩掛けカバン姿。
トリュは黒い中折帽子にサングラスに派手な赤シャツ、そして黒いパンツ。
エルは落ち着いた濃紺のクラシカルなワンピースに日傘のスタイル。
皆、旅と言っても特に機能性を考えた格好をしているわけでもなかった。
今回のツアーは隣接都市のミソラ神殿から隣接都市のミソラ神殿へと巡る。
俺たちが住むこのギエドの街が国の最北端に位置するので、徐々に南下していくカタチになる。
最初に目指すのはここから南西の街、デファだ。
「デファの街へは馬車で2日ほど掛かる。途中の町で宿を取ることになるぞ」
屋敷の前に契約している馬車と御者がやって来た。
所謂、海外映画で貴族が乗るような、上品な黒塗りの馬車だ。
「貴族みたいですねぇ~」
と、俺が言ったらトリュは苦笑した。
「貴族なんだよ、俺は」
エルは最小限の荷物を馬車に積み込む。何でも大切な物はトリュの収納魔術でしまい込んでいるらしい。魔術って旅行にも便利だな!?
「それではトリュ様、ケース様、馬車にお乗りください」
馬車の準備を終えたエルが中へ誘導してくれる。
何気に俺、人生初の馬車体験だ。
馬車には進行方向に俺とトリュが座り、その向かいにエルが座った。
「ケース様、もしご気分が悪くなられたらいつでも仰ってくださいね」
エルが気遣ってくれる。
「俺、乗り物には強いので大丈夫です! 多分! きっと……!」
そうして、馬車はギエドの街を出発した。俺の知らないこの世界が益々広がる――!
数時間後。
「だから、ご無理をしないでくださいとあれほど」
エルが俺の背中をさすってくれている。
「なっさけねぇなぁ!?」
トリュは俺に罵声を浴びせてくる。
「……仕方ないでしょ……ゼェ、ゼェ。馬車って……あんな揺れるって知らなくて……」
俺たちは田舎道の中で一旦、馬車を降りて休憩していた。その状況はお伝えしたくない。
「……
トリュが俺に酔い止めと酔い防止の魔術を掛けてくれたようだ。気分がスッとしてきた。
「あ……ありがとうございます……」
「まだまだこれからが本番だからなぁ? 徐々に慣れて貰わねーと」
「は、はいー……」
俺はエルに差し出された水をゴクリと飲んだ。
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