第32話 ツアー前!

「――なるほどなぁ! それは面白そうだし興味深いなぁ!」


 書斎の机の椅子に座っていたトリュは俺の話を聞いて立ち上がった。


「もっともっと、異世界での『ライブ』の『アイドル』の話は無いのか!? 思い出すたびに俺に教えてくれ!」


 俺の話に、思ったよりも全然食いつきが良かった。

「え、ええ……思い出し次第お知らせします――」

 俺の話、もしかして採用なのだろうか? しかしどうやって?

「まずは下準備が必要になるが絶対にウケるぞ。やるぞケース!」

 トリュはすっかりやる気だ。


 コンコン、とドアをノックする音がする。

「失礼します。ただ今帰りました」

 エルだ。トリュの書いた俺の売り込み親書を送りに行っていたが、帰ってきたらしい。

「郵便局と買い出しから帰ってまいりました。ポストにトリュ様宛のお手紙が届いておりましたので、お渡しします」

「おお、サンキューエル」

 手紙は何通も、束になっているようだった。

 トリュはいつか使っていた流麗なペーパーナイフをまたどこからか出現させ、封を開けて読んでいった。


「…………これはこれは。こっちから親書を送らずとも、先に来舞ライブのご指名だ。これもこれも、どの手紙も」


「ええっ! それってすごいことなんじゃないですか!?」

 俺は思わず叫んでしまった。だってそこの手紙の数――何通だ? 7、8通は有るか――は最低限、来舞が決まったも同然ということなんだろう?


「すごいさ。これが愛燈王アイドールキングユメイ・マッカートニーの影響力の強さだ」

「もちろん、ケース様の実力も有りますけれどね」

 トリュとエルが代わる代わる俺に言う。


「こりゃあしっかりスケジュールを組み立てて、各地を回らないとまずいなぁ!」

 大変だ、と言う割にトリュはやる気に満ち溢れたふうの笑顔だった。



 ――その夜。曇り空の間に少しだけ晴れ間が見えて月が出た。


 俺はTVのリモコンスイッチを押してユアを召喚した。今日は少しの間だけだと思うが、新しいテーブルセットを見て欲しい。少し話を聞いて欲しかった。


「こんばんは! ケース様! 先日はありがとうございました」


 ユアはペコリとお辞儀をする。

 俺もお辞儀で返した。


 新たしいテーブルセットを見せ、そこに座って貰う。

「素敵ですね。流石はエルのセンスです」

 彼女は屈託の無い笑顔で笑った。もうエルも誰も関係を隠さなくていいんだ。けれど。


「ユア。先日は――大丈夫でしたか? トリュたちに改めて会ってみて」

 俺はあれで本当に良かったのか多少の不安が有った。トリュは何かを割り切っているような発言をしていたが、ユアの方はどうなんだ……?


「はい、私はあに様たちに再び会うことが出来てとても嬉しかったです! まさか死んでもなお、続きがこの様に有るとは思ってもみませんでしたから。ただ――」

「ただ?」

「この現象は偶然ではなく、何か必然が有るのではと考えてしまったのです――」

「必然ですか?」

 ユアは俺が考えていなかったところまで考えているようだ。


「ケース様以外、誰があの『リモコン』のスイッチを押しても何も起こりませんでした」


 そうなんだ。俺たちが一同に介したあの晩、トリュは試しにとユアを一度霧の中に帰して、それから俺以外の人間も順にリモコンのスイッチを押していったんだ。

 けれどトリュ、エル、メロウ、誰が押してもユアは現れず――結局俺がスイッチを押した時だけユアは現れた。


「ケース様だけが私を召喚出来ることの意味」

「意味…ですか?」


 トリュは俺とユアが呪歌ジュカのタイプが似ていて、更に俺が召喚される際に一緒に持っていたせいだろうと分析していたが、他にも意味が有るのだろうか?


「――まだ解りませんが、何か有るのではないでしょうか?」


 俺とユアは少しの間、黙ってしまった。

 ……はっ。そうだ、俺は今日のことをユアに伝えておこうと思っていたんだ。


「ユア、今日はユメイ・マッカートニーが来てユアのお墓に来て花を置いて行きましたよ」

「まあ! ユメイ様が!! それは驚きです。ありがたいですね」

 お墓にユアは眠っていても、ユア自身はお墓に居ない様子だった。そう言えばそんな歌有ったな。


「それと、俺がツアーをしようって話が出てて。ユメイの前座をしたおかげでもうオファーが何件も来ていて……これから忙しくなりそうです」

「ツアーですか! ツアーはいいですよ! 色んな街に行って、美味しいものを食べて様々なひとと話して、歌って――」

 ユアは遠い目をしながら語ってくれた。どうやらツアーが好きだったようだ。

「わかります、わかります。俺もツアーする側ではないですがツアーを追いかける側だったので。現地の旅行やファン同士の交流の楽しさは覚えています!」


「ケース様、これから益々忙しくなりますが頑張ってくださいね!」

「ありがとう。ユア。ユアにもまだまだお世話になると思います」

「はい! 喚び出せる時はいつでも喚んでくださいね!」


 ――今晩はもう、月が雲に隠れ始めていたので早めにユアと別れた。

 俺はベッドに入り、明日に備えるべくさっさと眠ったのだった。



 ――3日後。


 トリュは黙々とレッスンとトレーニングをこなしていた俺とエルを書斎に呼び出した。

 トリュの机には、益々増えた手紙の束と何やら細かく書かれたスケジュール表のような物がある。


「ツアーの段取りがおおまかに決まったぞ!北から中央にかけて、約1ヶ月半のスケジュールになる。エル、旅の準備を一緒に頼む」

「了解いたしましたトリュ様。宿の手配などはお任せください」

「うん、毎度世話になるなエル」


 俺は初ツアーになるがこのふたりは過去にユアとツアーをしているんだった。経験者が居るのは心強い。

「おふたりとも、よろしくおねがいします……!」


「おう、任せとけケース! 俺たちで前代未聞の最高のツアーにしようじゃないか! ユアも驚く最高のツアーにな!」

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