【#3】
第31話 シロい花束!
その日の夜はしとしとと降り注ぐ雨だった。
俺はユアを呼び出せないので諦めてベッドに入った。
今晩は流石にメロウも自宅に帰った。新曲の準備に取り掛かりたいそうだ。
トリュもエルも自室で寝るなり仕事をするなりしているだろう。
「ユアが喚び出せる条件が揃えば揃うたびに喚んだ方がいいですか?」
俺はそう、夕方にトリュに訊いた。
「……『ユア』に頼りきるような真似はいけないなぁ。お前も元々毎晩は喚んでいなかったんだろう?」
と答えられてしまった。ユアとトリュは、もう家族であって家族で無い、複雑な関係なんだろう……。
俺が兄だったら(と言っても一人っ子だけど)ユアみたいな可愛い妹に再び会えると言われるたのなら、毎晩ユアを召喚してしまいそうなのに。
それでもトリュは言った。
「俺が召喚主ならともかく、お前が召喚主なんだ。お前の好きなタイミングで喚び出すのがスジだろう」
「なるほど…………って、ちょっと待ってください! 俺だってあんたに召喚されたひとりの人間なんですけど!? 俺もあんたの好き勝手なタイミングで使われるんですか!?」
俺は慌てて突っ込んだ。
「お前は幽霊のユアと違って人間だろう、ケース。そりゃ召喚主の俺の目的には付き合ってもらうし、そうしなきゃ元の世界には帰れないからそうしてもらうが、基本的に自由にさせてるつもりだぞ? 今どき奴隷制度も流行らんしなぁ~」
ほっ、良かった。一応これでも自由にさせてくれてるつもりではあったんだ……。それならそれで安心ではある。
トリュもトリュなりに、色々と考えているようだ。
翌朝。雨はすっかり止み、きれいな青空が出ていた。朝食を済ませ休憩を挟んだ俺は、ジャージに着替え庭に向かう。
「さて、今日からまた基礎レッスンを始めますよ!」
エルが気合いを入れて竹刀を握り待ち構えていた。
……前言撤回。やっぱり俺には奴隷制度は適用されている気がする。
「まずはストレッチで身体をほぐしてから、屋敷の周りをランニング致します」
メニューひとつひとつは優しそうなのだが、総合すると結構な量になる。
「本日はトリュ様は親書を書き溜めておりますので、ボーカルレッスンはお休みです」
ほっ。よかった。それなら午後は自由に――
「ですから大公園でランニングも追加いたしましょうね!」
ならなかった。
が、午後から意外な来客が現れた。
ユメイ・マッカートニーとそのプロデューサー、マトリ・マーティン。
今日のユメイの髪色は黒く、ドリムの姿をし、マトリの髪色は赤く、エピーの姿をしていた。ややこしいな。
ユメイは大きく白い花束を持っていた。
「先にご連絡をしなかった無礼をお許しください。この街を本格的に離れる前に、ご挨拶しておきたくて」
応接室に通され、エルにお茶を用意された俺たち。
ユメイはトリュと俺の前に花束を置く。
「ご挨拶もありますが。これを、ユアさんの墓前に供えて行きたくもありで……場所をお聞きしたかったんです」
マトリは深刻な顔をして言った。
「あの新人賞の時、ユメイも私も現場に居合わせましたからね……その歌声は今も記憶と心に残っています」
トリュが返事をする。
「……そうですか。ありがとうございます。ユアの墓はこの屋敷の裏手にあります。ご案内しますよ」
そういえば、俺もユアのお墓の場所は初耳だった。
場所を屋敷の裏手のユアの墓前に移す。そこはひっそりとしていたが、日当たりは良好で綺麗な花に囲まれ、よく整理された場所だった。
ユメイがひとりごとのように呟いた。
「こちらがユアさんの……」
トリュがそれに返事をする。
「今更、俺たち以外に訪れる人が居るとは思ってませんでしたが」
「……いいえ。ユアさんの歌は、今も多くの人に支持されていると思います。あの事故が無ければ俺は
「おっと、それ以上は言ってはいけませんよ」
トリュがユメイの言葉を遮る。
「現実、今の
そうして、ユメイはユアの墓前に花を手向けた――――
「それでは、俺たちはこれで。またツアーに戻ります――次はきっと
「中央にいらしたら、是非私の方へご連絡くださいね」
俺とトリュとエルは屋敷の門前からユメイとマトリを見送る。
「次は中央か――――」
トリュが呟く。エルはそれに返すように言う。
「中央の新人賞レースまで、頑張りましょうトリュ様、ケース様」
俺もそれに乗じて
「新人賞レースは中央で行われるんですね。またユメイさんたちに会いたいなぁ……」
ついでに
「そうだそ、ケース。だから地道に新人賞エントリーされるようにツアーに出向かなきゃならん!」
お前のやる気と実力に掛かっているんだからな、と俺は小突かれた。
「――ところでエル。あの様子だとユメイもマトリも
「……そうですわね。私には、そう見えました。というか、そう信じたいです――」
? ふたりは一体何を話しているんだ??
「あのー、何の話でしょうか?」
俺は素直にふたりに訊いた。トリュは即答した。
「いや、何でも無い。ケースには関係の無いことだ」
「………?」
「そんな事よりエル、俺の書いた親書を郵便局へ持っていってくれないか」
「はい、承知いたしました」
トリュとエルはそそくさと屋敷に戻り、エルはそのまま郵便局へ向かった。
俺はと言うと、ひとり、自室で新しいテーブルセットに腰掛けていた。
以前からエルに言って発注して貰っていたテーブルセットが、昨日やっと届いたのだった。これでいつユアを喚び出しても座って落ち着いて話が出来る。
まあ、ユアを喚び出す時はもうこの部屋じゃなくて皆の前になりそうだけど――
――そういえば、こうしてぼけーっとする時間久しぶりだな……。
それは異世界召喚される前から持つことが無かった時間だった。常に仕事か、スタメの、
今はたまにはこうやって一息つくのもいいと思える。
そうしてぼーっと、召喚されてから今までの事を振り返っていた。
初めての来舞、ユメイの前座……俺が
「あ、そうだ」
来舞と言えば。こちらの世界と俺の世界、来舞とライブでは全く違うところが有ったんだ! その違和感には、お客さんも少なく緊張で記憶が吹っ飛んでいた初来舞では気付かなかったけど、満席だった二度目のユメイの来舞で気がついていた。しかし正体が解らずじまいだったんだ。
その違和感の正体に今、俺は気付いた!
これは、プロデューサーのトリュに伝えたほうがいいだろう。
俺は部屋から飛び出し、トリュの書斎に向かった――――
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