第30話 新しい日々の始まり!

 ――そうして、夜明けと共にユアはまた霧の中に帰って行った。


「またお会いしましょう」


 笑顔で手を振って。


 トリュ、メロウ、エルは少し淋しげに見送った。けれど俺のこのTVのリモコンが有る限りはきっとまた会えるはずだ。


 夜明けを告げる鳥のさえずりが響く。トリュが言う。

「とりあえず、寝るかぁ……」

 エルとメロウも同意した。

「そうですね。すっかり徹夜してしまいました」

「昼頃まで寝てたい~」

 俺も眠くなってきた。

「一度寝てから集合しましょう。おやすみなさい」


 俺たちは音楽室を後にして各々の部屋に戻る。

 が、その途中、

「ケース、ちょっと」

 トリュに呼びかけられた。

「その召喚器、後でよく見せて欲しい」

「……わかりました。それではおやすみなさい」

「ああ、よく休めよ」

「それはお互い様ですよ」

 俺は少し笑った。


 昼過ぎ。


 寝て起きて、身支度を整えた俺はトリュに言われたとおりTVのリモコンを持って食堂へ向かう。

 部屋に近付くにつれ、パンの焼けるいい匂いがしてくる。こんな朝(もう昼だが)でも食事の支度をしっかりするエルはマメだなぁ……。


「おはようございますー」

「おお、おそよう」

「ケースが一番最後だ~」

 トリュとメロウに迎え入れられる。

 エルは厨房で食事の用意を続けているようだった。


「今日は簡単なものになってしまいますけれど」

 と言って出てきた料理は焼きたてのパンと、コーンスープにプレーンオムレツ。

 徹夜明けの俺たちには丁度いいメニューだと思う。


「――さて。昨夜は夢のような出来事だったが」

 トリュが切り出す。

「夢じゃない。痛い」

 メロウが自分の頬をつねる。

「ケース様は以前からユア様とああやってお会いになられていたのですか?」

 エルが俺に訊ねる。

「はい。俺が召喚された夜から……。偶然、これ(TVのスイッチだ)を押したらユアが現れて……」

「何で私たちに教えてくれなかったんだよ~」

 メロウがブーイングする。

「ユアが、絶対に口外するなと言っていたので……すみません」


「まあ、確かに死者の黄泉よみがえりは禁忌の魔法だしな。ユア自身もどうしたらいいのか解らなかったろう」

「……トリュの魔術では出来ないんですか?」

「――魔術の領域を超えているからな。まぁ無理だ。死者は死者の世界に旅立ったら二度と戻れないのがこの世界のおきてだ。お前の世界では違うのか? ケース」

「俺の世界でだって死者が蘇ったりはしませんよ! 蘇る物語はたくさん有りますけど……」


 トリュが言うには、この世界では魔術以上の奇跡を魔法と言うらしい。本来魔法は、意図的には使えない。

 呪歌ジュカも細かく分類すると、魔術ではなく魔法に位置するらしい。

 そっか、俺、魔法使いだったのか……? 大袈裟か。


「ああ、そうだ、これ」

 俺はトリュに俺のTVのリモコンを差し出す。

「なんてことない、日常用品だったんですけど。一緒に召喚されちゃって」

「……ふぅん。召喚時に例外イレギュラーが起きた可能性が有るな」


 話を聞いていたメロウがオムレツを頬張りながら割り込む。

「どういうこと? トリュにも魔術で解らないことがあるの?」

「俺が掛けた召喚術に、更にリモコンこいつが引っかかって、何重かの深い召喚機能を持った可能性が有る。憶測だけどなぁ」

 トリュが続ける。


「恐らく同じ召喚術に掛かったケース以外が持っていても単なるガラクタだろう。実際、こいつから魔力は全く感じない――だからケースがユアを喚び出していてもその痕跡は残っていなかった」

 確かに、痕跡が残っていたら、トリュが気付いていたはずだ。あのマトリが掛けていたユメイの変装の魔術のように。


「それでは、私は益々ケース様をしっかりお守りしなくてはなりませんね」

 エルが発言した。

「ああ、頼むぞエル。こいつは歌王うたおうの器にして、俺たちの大切な――ユアをつなぐ鍵になる――」

「お任せください、我が主様」

 なんだか物騒な流れになってきたけれど大丈夫か? ていうか大丈夫ですけど俺?


「さて。ひとまずユアの話を終えたところで」

 食後のアイスティーを飲みながら、トリュが仕切り直した。

「次はお前のこれからの話だ、ケース」

「――はい」

 ゴクリ。俺はアイスティーを深く飲み込む。


「昨日、来舞ライブの後に言ったと思うが、これから短期間でツアーをこなすぞ」

「ツアー、ですか……?」

 トリュは両手で頬杖をついて俺に視線を投げる。

「このギエドの街で知名度と人気を上げるだけじゃ到底、新人賞ノミネートには難しい」

 エルがトリュに訊ねる。

「それでは、暫くは屋敷から離れて旅のご予定を?」

「そうなるな。ユアも新人賞ノミネート前はツアーで地道に各地のミソラ神殿を周ったもんだ」


「ツアー、ですか……」

 この街を離れるって、一体どうなるんだろう俺。

「北方を中心にして、各地のミソラ神殿の小ホールを埋めていく感じになるか。お前はラッキーな事にユメイ・マッカートニーの前座をこなしたっていう実績が有るからな。オファーはスムーズに行くだろうよ」


 そう言えば、俺は愛燈王アイドールキングユメイ・マッカートニーの前座をこなしたんだった。つい一昨日の出来事なのに、もう何日も前の事に感じるのは、それだけ濃い連日を送ったからだろう。


「そう言えば、ユメイさんもツアー中だと言っていましたね…?」

 俺は記憶の糸をたどっている間に思い出した。

「ああ、愛燈王になると、年に1回は全国ツアーに出て国民を癒やすのが義務になるんだ」

「そうして、この国が平和に収まっているのでございます」

 代わる代わる、トリュとエルが説明してくれた。


「私は政治に音楽を使うのは嫌だけどね~。好きにさせろって感じ」

 メロウはまだパンを食べている。それ何個目だ?

 トリュが返す。

「そりゃ俺だって好かんさ。けど頂点になる者はそれなりの責任を負うのは仕方ない」

「それ、ここの『大魔術師』様が言っても実感がな~い」

「何を。俺が無責任みたいな言い方しやがって」

「責任感有ると思ってたのぉ!? ごふっ」

 メロウがパンを飲み込む際にむせた。

 俺も驚いた……トリュ……性格的に責任感から一番遠いところに居る気がするけど。

「と、トリュ様も一応、責任感はお有りですよ、ねぇ…? ですからユア様のために、ケース様を召喚したんですし……」

 エルがフォローしようと頑張っている。

「いやいやいや。召喚されたケースの身になってみなよ。いきなり異世界でしょぉ!?」

 メロウが正論で返す。メロウ、汚部屋住人なところと大食いなところと驚異の集中力以外は意外と常識人なんだよな……。


「とにかーく、ツアーはやりまーっす!!」

 トリュが力業で話をさえぎった。

「今日、俺は各地の神殿に親書を送りまくる。ケースもツアーの覚悟をしておけよ!」

「は、はい……!」


 ツアーか。元の世界で日園ひぞの霧葉きりはちゃんの、『スターメーカー・プロジェクト』のツアーの追っかけなら俺も何度か経験があるけれど、自分がツアーをする側になるのは流石に初経験だし、そんな事になるとは思ってもいなかった。


「これまた、緊張する日々が始まりますね…………」


 俺はアイスティーを飲み干していた。

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