第29話 邂逅!

 そうして、また夜が訪れた。

 なんとか天気は晴れている。きれいな月夜になるだろう。


 今夜は荒れることなくスムーズに食事も進む。もちろん、トリュとメロウの他愛ないじゃれ合いは有ったけど。


 そこで俺はひとつ、提案した。


「食後、みなさんと一緒にユアさんの歌を聴いてみたいんですけど――」


 一瞬、時が止まったかのように思えた。が、


「……別に構わんぞ」

「いいよ~」

「それではお茶の準備を致しましょう」


 よかった。皆それぞれ、了承してくれた。


 そうして晩餐後、俺たちは昨夜のように音楽室に集まった。

 俺は忘れないように、大切に、TVのズボンのポケットに入れていた。少しはみ出していたけど、そこはご愛嬌で……。


 トリュが言う。

「確かに、ユアの曲を聴くのはケースにとっていい勉強になるかもしれないなぁ」

「作ってるのどっちも私だし、呪歌ジュカのチカラの系統も同じだからね~」

 メロウも賛成のようだ。

「私は皆さん揃ってユア様の曲が再び聴ける日が来たのが素直に嬉しいです」

 エルは穏やかに笑った。


「――ユアのリリースした納音ノートはここからここまでだな」

 そう言ってトリュは本棚から十数枚の納音を取り出した。

来舞ライブ音源も入れると更にこの倍以上になっちまうが」

 当たり前だがちゃんと、全て綺麗に保存されていたんだな。


「それじゃあ、1枚目の納音から聴こっか」

 メロウが提案する。エルもそれに乗っかって。

「いいですね、デビューから順番に聴くの」


「あ、俺も聴いてみたいです。デビューから順は基本ですよね」

 何が基本なんだか解らないかもしれないが、デビューから着々と成長を遂げるアイドルを見守るのは俺たちドルオタの仕事だ。ユアの曲もそう言った目線からも興味がある。


 トリュが呪文を唱える。

再生プレイ!」


 これがユアのデビュー曲か……新鮮な歌声と瑞々しいリズムが魅力的だ。

「素敵ですねえ……」

 俺の凡庸な語彙では上手く表せない。ただ、聴いていると明日も頑張りたくなる元気や勇気を貰うような、そんな曲と歌声だった。


 そうして3枚目まで聴いた頃。

 はっ! そうだ、俺の今日今晩の本来の目的を遂行しなければ!

 ユアを皆の前で喚び出してみるのが今日の目的だったはずだ。


「あの、一度再生を止めて、聞いて貰いたい話があるんですけれど」


 俺は慎重に、TVのリモコンをポケットから取り出した。


「なんだそれ?」

 トリュ始めエルもメロウも訝しげな目でそれを見る。


「これは、俺が元の世界から召喚された時に唯一持っていたモノです――」


 俺は慎重に説明を始めた。


「あっちの世界ではなんてこと無い日常用品の一部なんですけれども。この世界に来てから、このスイッチをこうやって、晴れた月夜の晩に押すと――――」


 俺はリモコンを持ち、窓辺に向かってスイッチを押した。


 そうすると、やはり霧が現れた。


「……! 魔法か!?」


 トリュが叫んだ。


 霧が次第に薄れていくと、中からはいつもどおりユアが現れた。やった! 成功だ!!


「――あ。私――……」


 喚び出されたユアは、いつもとは違う風景に驚いているようだ。懐かしい部屋、懐かしい面々。それに再び出会えるって一体どんな感情が湧き出すのだろう?


「………!!」


トリュ、メロウ、エルももちろん驚きを隠せていない。


あに様、メロ、エル――――」

 ユアはひとりひとり、確認するように呼んでいく。


「ユア――!!」

「ユア様――!!」

 メロウとエルが叫ぶ。


 トリュは――――…


「ありえないだろう…………」


 ひとりごとを言い、立ち尽くしていた。


「ケース様、これは……成功でしょうか……?」

 ユアが俺に向かって話しかける。

「どうやらそうみたいですよ、ユア」

 さあ、愛しい人たちにもっと近寄って――――


 一歩一歩、ユアがトリュたちに近付く。

「兄様……!!」

 ユアはまず、兄であるトリュの元にやって行き、そうしてトリュに抱きついた。

 かのように見えた。が。俺は叫んでしまった。

「ユア――――!?」

 スッ、とユアはトリュの身体を通過してしまった。

 

「あっ………」

 ユアもトリュも驚いている。触れることは出来ないのか……?


「ユア、俺のことは触れましたよね……?」

「はい、そうなのですが――どうやら他の方には姿と声を届けるのがやっとのようです」


 トリュが俺に問う。

「……ケース、これは一体どういうことだ? なぜユアを、死者を喚び出すことが出来るんだ? これはもう魔術の領域ではないぞ――」


 俺は意を決して話した。

「トリュ。実はこの『リモコン』のスイッチを押すとユアが現れて……今まで、俺を励ましていてくれたんです――」

「兄様。ケース様の仰るとおりです。私はケース様があの召喚器のスイッチを押すと、月夜の晴れた晩にだけ、こちらに来ることが出来るようなのです――」


「おかしい、魔術の気配は全く感じないのに……やはり特殊魔法が発動しているのか?」

 トリュはひとりごとを言いながら状況を分析している。


「ユア、ユア!」

「ユア様!」

 メロウとエルがユアを呼ぶ。

 エルはふたりに向かって笑顔で

「お久しぶり、ふたりとも元気にしていましたか――?」


「げ、元気だけど元気じゃないよぉ~!!」

 メロウは泣き出してしまった。

「あ、ほら、泣かないで、メロ……」

「ふぇ~ん」

 エルも切り出す。

「……ユア様はお変わりが無いようで」

「それはそう。だって幽霊ですもの。時が止まっているわ」

 そうだ、ユアだけこの中で時が止まったままの姿なんだ。俺は知らないけれど、4年も前の姿のままで。


「――ユア。お前は本物なのか?」

 トリュがユアに質問してきた。

「最悪、俺たちの傷心に付け込んだ魔物の可能性も有る。何か証拠でもあれば信じるが――」


 ユアは困惑したようだったが、少し考えると――

「エヴァンス公園のバラ園、東の門の近くの黄色いバラの樹の下」


「幼い頃、兄様と私が宝物を隠した場所です。宝物の中身は――」

「ああ、もういい! いい! わかった。本物のユアだ!」


 トリュは少し焦ったように話を遮った。宝物とは一体何なんだろう?


「――その、まあ、なんだ。理屈は解らないままで落ち着かないが」

 トリュはユアの前に近付く。


「とりあえず、おかえり、ユア――」


 瞬間、トリュの瞳がうるんだ気がしたが気のせいだったろうか。


「はい、ただいまです、兄様方―――」


 ユアは3人に囲まれ満面の笑みでいた。


 その晩は曇ひとつない晴れた月夜だったので、思う存分明け方まで思い出話に花が咲いたのだった――――


 ユア、これで良かったんだよな……?

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