第28話 ユアと俺と!

 ――自室。


 窓の外を見る。良かった。今晩は晴れている。月明かりが柔らかい。

 俺はサイドテーブルからTVのリモコンスイッチを取り出した。屋敷に居る間は常にこの引き出しにしまっている。

 そうしてスイッチを押す。


 するといつもどおり、リモコンの指す方面から霧のようなモヤが浮かび上がり中から彼女が現れた。

 ユアだ。


「こんばんは、ケース様。ユメイ様との来舞ライブはいかがでしたか?」

「こんばんは、ユア。おかげさまで大盛況で終わりましたよ」

 ユアはぱっと笑顔を浮かべた。

「それは良かったです! おめでとうございます!」

「ありがとうございます。これもユアの応援も有ってのことだと思います」

 そんなそんなとユアは恐縮した。

 ――そこで俺は早速本題に切り替えていった。


「今日はもうひとつ、報告が――いや、質問があるんです」


「質問ですか――?」

 ユアは不思議そうにこちらを見つめた。


「はい。に質問が。……どうして今まで素性を教えてくれなかったんですか……?」


「…………え?」


 ユアは、突然の質問に戸惑いを隠せなかったようだ。そして、


「…………ついに、知られてしまったのですね……。いつかはばれるだろうと覚悟はしていましたが、まさか今夜とは予想外でした」


 俺の質問を受け入れてくれた。


「私はユア・マクレガー。トリュ・マクレガーの妹です。――改めて、兄がお世話になっております。ケース・カノ様」

 

 ユアは改めてドレスワンピースの裾を持ってお辞儀した。


「なぜ、今日になって私があに様――トリュの妹だと解ったのでしょう?」

「今日はメロウが晩餐と、泊まりに来たんですよ」

「まあ、メロが! それはそれは……こんな姿でなければ会いたかったのですけど」

 ユアは懐かしむような顔をした。メロとは親友だったんだっけ。


「メロウがトリュに、俺にユアのこと――トリュが前にプロデュースしていた歌姫うたひめのことを話すべきだと言って」

「……メロなら言いそうですね」

「それで、音楽室で時間をかけて話を伺いました」

「……そうでしたか」


 俺はユアを椅子に座るように誘導した。ユアはいつもどおり丁寧に上品に腰掛ける。


「……俺とユアは、呪歌ジュカが似ているんだそうですよ。おかしいですね」


 俺はメロウに言われたことを伝えた。


「……なるほど。そう言われれば。だからケース様が私を喚び出せるのかもしれません。その、召喚器を使って」

 ユアはリモコンの方を見た。


「いやぁ、だからこれは召喚器なんてモノじゃなくて。俺が召喚される時に唯一手にしてたTV――って伝わらないか。あちらの世界の機械を操作する道具なんですよ。本来はコレだけじゃ何の役にもたちません」

「喚び出される時に持っていたのなら、そこで特別な魔力か魔法を授かったのかもしれませんね」

「そんなことってあるんですか?」

「聞いたことはありませんが。召喚自体特殊な魔術なので何が起きるか解らないのです――」


「そういうことも有るもんなんですねぇ……五体満足に召喚されて良かったのかもしれない……」

「そこはほら、兄様は大魔術師なので。大丈夫でしょう」

 ユアは絶対に、と自信満々の笑顔になった。兄様……トリュのことを大分慕っているんだな。


「ユアは皆に会いたくないんですか? 俺がこうやって喚べば皆にも会えるんじゃ」


「…………」

 ユアは途端に厳しい表情になった。


「それはいけません。私は本来、とっくにこの世を去った身です。ケース様以外と誰かと会ったりしたら、きっとこの世界のことわりを壊してしまいます――」

「そんなに難しく考えなくても」


「……本当は、私も会いたいのです。ですが、会ってしまえばせっかく別れに慣れて暮らして来た兄様やメロやエルを再び傷つける事になるかもしれません……」

 そうか、ユアは怖いのか。幽霊となって再びあの面々に会うことが。


「それに、ケース様以外に私が見える保証はどこにも有りませんし」

「あ、そう言えば」


 確かに、ふたりきりでしか会ったことのない俺とユアは、他の誰かにユアが認識されるかも解っていない。

 呪歌のチカラや召喚のチカラが作用してユアが俺の目の前に現れるのだとしたら、俺にしか見えない可能性も有る。


「なら試してみますか?」


 俺は気軽に提案してみた。


「えっ。ですからそれは――」

「ユアが俺の前に現れたのも、きっと何か『意味』が有ってのことでしょう。ならば、色々試してみましょうよ――」


 10秒ほど、ユアは間をおいた。そして。


「そうかもしれませんね……でも、期待せずに居ます」


 あくまでも、期待せず。期待が外れた時に失望が大きくなるからだろう。


「明日の晩、晴れていたら皆の前でユアを喚び出してみます」


「……大丈夫でしょうか?」

「やるだけやってみましょう」


 時計の針はもう午前2時を回っていた。

 ユアは遅くなったのでと言って帰って行った。



 俺はベッドの中に入ってあれこれ考えた。


 本当に、これで良かったんだろうか……?


 俺の安易な提案で全員が傷つくことになるかもしれない。

 ひとりになったら、途端に弱気になってきた。

 そうだ、俺は今日ユメイの来舞の前座が成功して、無意識に気が大きくなっていたのかもしれない。ユアの言うとおり、俺以外にユアが見える保証はどこにもないんだ。

 

 俺はリモコンをぎゅっと握りしめた。


 頼むよ、お前……!


 俺は上手く眠れないまま、夜が明けいった――――



 朝。食堂にて。


「おはようございます、皆さん」

 俺は結局、1時間も眠ったかどうか。


「おう、おうはようさん。……って、本当に眠ったのか? 目の下にクマできてるぞケース」

 トリュは見逃さない。こういうところはプロデューサーだ。


「なになに? 昨日色々有って緊張しちゃった?」

 メロウが小突いて来る。


「体調がお悪いようでしたら、お部屋にお食事をお運びしますが? いかがいたしましょう?」

 エルはメイドらしい気遣いをしてくる。


「いや、大丈夫です。ただその――寝不足なのは確かなので、後で少し昼寝の時間を貰えたらなあって……はは……」

「仕方ねぇなあ。それじゃ午前中のレッスンは特別になしにしてやる」

「ありがとうございます、トリュ」


「あと、もうひとつお願いがあるんですけど……」

 俺は勇気を持って切り出した。


「メロウ。今晩、もう一日、泊まっていってくれませんか……?」


「なになに? 新譜の相談? 別に構わないけど~? なら昼にいちど家に帰ってカーデの様子見てくるね」

「そ、そう、新譜の相談、どうでしょうトリュ!?」

「ああ、そうだなちょうどいいかもしれん」


 ほっ。よかった。とりあえずメンツを揃えることは出来そうだ。


 後はもう、成り行き任せで神のみぞ知る――いいや、リモコンのみぞ知る――だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る