第24話 大ホール楽屋裏にて!

 結論から言おう。


 ユメイの歌は、呪歌ジュカは、リハーサルから物凄かった。

 果たして、これでまだチカラを抑えているのか?

 だとしたら俺は何ていうレベルを目標にしなくてはいけないんだ!? 目の前にそびえる山の高さにアタマがくらくらしてきた。くらくらしてきたのに、呪歌の魔力か何なのか、感動して心が癒やされる。絶望と希望が混沌と混ざり合う。


 どんな人生を過ごしたらこんな歌が歌えるんだろう…………。


「おっと、呑まれるなよ」

 音響席を離れ、こちらに戻ってきたトリュが俺に声を掛けてきた。

「お前は観客側じゃなくて演者側なんだからな。妙に感情移入したら自分の歌を見失う」

「は、はい……でもそんなことって有るんですか?」


「影響も強すぎれば模造になる。俺はプロデューサーとして模造品を創るつもりはないよ」


 そうだ、ユメイの歌には強い、強すぎる影響力が確かに有った。


「それと、お前はリハ終わったんだから楽屋に戻って休憩! そして身支度!」

「そうでした、エルを待たしてるんだった――!」


 俺とトリュは楽屋に戻って、待機していたエルと再び合流した。

 エルはスーツケースから何やらメイク道具だの裁縫道具だの軽食だのを取り出していた。

「ふたりとも、お待ちしておりましたよ!」

「悪い悪い、こいつがユメイの歌に魅入られててな」

「……それは仕方有りませんわね」

 あれ、意外とあっさり許された。そういえばエルはユメイのファンなんだった。


「それではトリュ様、ケース様の衣装を出してください。ちゃんと私のデザイン画の通りで」

 エルが念を押してトリュに言う。

「はいはい、わーったわーった。……ケースの衣装デザインはエルが譲らないって聞かなくてなぁ」

「……それは俺もありがたいです」

「昔からこうなんだ。なぜなんだか」

 トリュは渋々、指を鳴らす。すると前回の来舞の時同様、俺の手元に衣装が舞い上がって着地した。


「それではチェックさせてくださいまし」

 エルが俺の手元から衣装を取り、細かい部分まで念入りにチェックしだした。

 今回も青ベースだが、前回と違って軍服のような出で立ちでショルダーループ――サファリ服なんかにも付いてる肩の帯だ――が付けられている。全体的にスリムなシルエットだ。

 うん、俺のこれからの戦闘服にふさわしい。ていうか馬子にも衣装ですね、はい。


「かっこいいですね」


と、俺が漏らすとエルは上機嫌になったようだった。

「着替える前にケース様はそちらのクッキーでも食べていてくださいませ。喉に良いお茶と、お茶菓子をお持ちしましたので」

 俺とトリュは楽屋の椅子に座り、お茶を注いでクッキーを摘んだ。

 エルは何でも出来る器用なひとだなぁ……。目の前のトリュも何でも出来る魔術師らしいし、そういえば俺の周りってすごい人しかいなくない?


「トリュ…トリュはマトリさんにも『大魔術師』って言われてましたけどそんなに有名なんですか」

「有名でーす」

 トリュはクッキーをかじりながら気軽に言った。

「一応、俺はこの国の『北の』大魔術師って事になってるけど、トップだと思ってる」

「はぁ……」

 他人を上に置くこの人は確かに想像できない。


「だからおまえを召喚した時は驚いたぞ。まさか失敗したとはとなぁ!」

「失敗てそれ本人の前で言います?」

 トリュらしい。

「俺はユメイみたいな派手なイケメンを呼び出すつもりだったのに、極々普通の、地味な黒系茶髪に茶色の瞳、カオも目はちょっとばかり大きいが特徴の薄い普通の部類だろ? 俺の腕も鈍ったと思ったもんだった」

 ……トリュらしい。


「そもそも愛燈アイドールって異世界からの召喚で作り出すんですか?」

「いんや。もちろんこの世界の人間が愛燈をやるさ。……召喚術を使える魔術師は珍しくないだろうが、最適職業ジョブを狙って呼び出せるのは極々少数の上澄み魔術師だけだしな」

 向こうからエルも会話に混ざる。

「ですから、召喚術自体が廃れかかっているのですよ。目的に有った相手を呼び出せないのなら、用途は奴隷くらいでしたから……」


「奴隷!?」


 よ、よかった。俺、一歩間違えればトリュの奴隷にされていたのか? あれ? でも待てよこの愛燈業も始めは奴隷みたいなものだったような……? うん、深く考えないようにしよう。


「ケース様。大丈夫ですよ」

 エルが優しく微笑みかける。

「その奴隷制度も、キノンの街のシィン・ポール大僧正によって廃止されましたしね」

 お茶をすすりながらトリュも割り込む。

「……シィンか。俺はあいつは好かん。何となく」

「まぁ、随分お年上の女性に向かって失礼な。シィン様は立派な方とお聞きしていますよ」

「好かんと言ったら好かん」

「……さては、『中央の大魔術師』様に対抗意識を持ってらっしゃるのですね」

 エルが珍しく茶化したようなジト目でトリュを見る。

「『中央』なんて関係ありませーん! 俺が一番です!」

「ほら、やっぱり」

 エルが笑う。俺も釣られて笑う。トリュ、プライドの高さが子供っぽさを生んでいるのに気づいてないんだろうな。


「はい! 細かいところの修正補正出来ました! これでばっりちですよ、ケース様!」

 エルが俺に衣装を見せてくれた。細かい装飾が丁寧に補強されている。

「これを着て、舞台ステージで思う存分動いてくださいまし」

 そう言って俺の服を脱がせようとした。

「い、いや、着替えは俺ひとりで出来るから多分! ……無理そうなところがあったら手伝って」

「ふふ……。そういえば初対面の時もお着替えでしたねぇ」


 まだ一ヶ月半程度しか経っていないのに、随分昔のように思えた。あの時はエルが男だと知らずに慌てたんだっけ、俺。


「まぁ結局、これだけの短期間で前座とはいえ大ホールまで来たんだから俺の召喚術は間違ってなかったってわけだ! ケースには呪歌の、愛燈の才能がしっかり有った。よかったよかった!」

 お茶とクッキーを食べたトリュは足を組んで偉そうにそう言った。

「トリュ様、ケース様は才能だけでなく努力も怠りませんでしたから。それをお忘れなく」

 エルが俺をフォローしてくれる。

「エルは優しいなぁ…………」

 これで男じゃなかったら心のお嫁さんにしたい候補に投票してるところだった。


 さて、着替えも終わってメイクも済ませたところで、もう一口お茶を飲む。


「ケース・カノさん! 一般入場開始しています。あと20分後に舞台袖にスタンバイしてください」


 スタッフが予定を告げに来た。

 もうすぐだ……。


「あら、もうそんな時間なのですね。それでは私はここで一旦失礼して。メロウ様と一緒に関係者席からケース様を鑑賞させていただきます」

 エルが楽屋を後にした。どうやらメロウと待ち合わせをしているようだ。


「さて」

 楽屋にトリュとふたりきりになってしまった。


 前回の初来舞の時は、俺も緊張しすぎてガチガチで、立っても居られなかったが今回はどこか心に余裕がある。前回の小ホールよりも、何倍も規模が大きいのになぜだ。最初から俺目当ての客は居ないという達観した余裕だろうか。俺目当ての客が居ないなら、俺は自由に楽しんでくればいい。


「……今回、俺からは特に言うことは無いっ!」

 トリュが腕組みをして言い放った。マンガだったら集中線出てるな。

「でしょうねぇ……」

「だっておまえ、普通だからつまらん」

「つまらんって、テンパってないだけ偉いでしょ! そこ褒めてくれてもいいでしょ!? まだ2回目の来舞ですよ!?」

「2回目でそれなら大物だよ、ったく」


あれ? 今褒められた??


「それじゃ舞台に向かうぞ、ケース」

「はいっ!」

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