第23話 現地入り!

 どうしてこのグランドピアノの上にユアの納音ノートが置いてあるのだろう?


 確かにこの音楽室の巨大な本棚になら、ユアのかつての納音も収納されているかもしれない。


 俺には状況がサッパリわからなかった。

 昨晩、気まぐれにトリュがユアの納音を聴いたりしたのだろうか? しかしなぜ??


 来舞ライブ前の景気づけに、自分の納音を聴こうと思った俺は一瞬迷ってしまった。 

 このままユアの曲を聴いてみたい……。


 が、俺が勝手にこのピアノの上の納音から自分の音源以外を取り出していいものか。しかも俺は、俺以外にユアとの関係を一切喋っていないんだ。


 もし、ユアの納音を聴いている途中で誰かがこの部屋に入ってきたらどうする? 何て言い訳すればいいんだろう?


 ――――ここは、見て見ぬ振りをして知らない愛燈アイドールの納音が混ざっていると言うことにした方が良さそうだ。

 それに今日はこれから自分の来舞なんだから、ユアの曲を聴いている暇も無さそうだし。


 俺は自分の来舞音源の納音だけを手に取る。


 そうして、再生機プレイヤーに俺の来舞音源の納音をセットして、俺は自分の楽曲に集中した――――



 正午。


 俺とトリュとエルの3人はミソラ神殿に居た。


 ここに来るまで、結局ユアのことは何も訊けずじまいだった。正直、今日はそれどころじゃない空気をビシビシ感じる…………。


 さて、本日の俺のスタイルは白い七分袖Tシャツにカーキ色の綿のパンツ、そしていつものTVのスイッチが入った鞄。

 トリュのスタイルは紫色のシャツに黒い薄手のセーターを結んで羽織り、黒いパンツに黒いサングラス。だからそのセーターを羽織るエセ業界人みたいなスタイルは何なんだ。

 エルは上品な黒いゴシック調のワンピースに黒い日傘、そしてスーツケース。重そうだから俺が持とうかと提案したんだが、私も男なのをお忘れでは?と断られてしまった。そう言えばそうだった。


 まだリハーサル前の時間だから、メロウはこの後一般にでも紛れてやってくるだろう。


「おはようございます!」


 俺は楽屋入りする際、すれ違う人たちに元気よく挨拶をした。

 トリュにも散々言われているが元会社員の俺なら言われていなくても解る。挨拶は基本だって。

「今日は気合いが入ってるじゃないか。前回のデビューライブが嘘みたいだな」

 トリュがサングラスをずらしてこちらにニヤリと微笑む。

「……そりゃまあ、腹くくりましたから」

「いい心掛けだ!」

 トリュは俺の背中をバーン、と打つ。いてっ。容赦しろよプロデューサー!


 先日のタイバン形式の来舞と違って今日は俺専用の楽屋が用意されているので、今回はエルも楽屋入り出来る。


「こちらがケース様の楽屋のようですね」

「落ち着いたらユメイたちにも挨拶にいかにゃな」

「うわっ、広い……! 本当に俺専用の楽屋なんですか!?」

 そこは前回の来舞の時の楽屋の3倍は有るだろうか、綺麗で広い部屋だった。


「これが小ホールと大ホールの違いだ、ケース。本日の主役メイン、ユメイにはもっと大きくて豪華な楽屋が用意されているんだぞ」


 ……格差がエグい。

 けれど、この格差を新人賞ノミネート発表の夏までの数ヶ月――約3ヶ月か――で埋めていかなければいけない俺にとっては今日は絶好のチャンスだ。


 トントン、と楽屋をノックする音が聞こえた。


「はーい、どちら様ですか~?」


 俺は部屋の中央から移動してドアを開けた。

「おはようございます。ケースさん。それにトリュ様方」

 そこに立っていたのはユメイ・マッカートニーその人だった。


 え、え、俺が先に挨拶に行かなきゃいけないんじゃないの?? 大物に気遣わせるなんてとんでも無いことをしてるんじゃ……。


「やあやあ、わざわざこちらまでご足労ありがとうございます、ユメイ様」

 トリュも挨拶をした。

「やだなぁ、そんなかしこまらないでください。ケースさんたちが現場入りしたと聞いて、ご挨拶に伺っただけですから」


 ユメイはトップ愛燈にして愛燈王アイドールキングなのになぜこんなに腰が低いのか。いやその腰の低さこそ、愛される愛燈の秘訣なのかもしれないが。


「今日はよろしくおねがいします。俺の前座のような形になってしまって申し訳ないんですけど、ケースさんもメインのつもりで見せてください! 楽しみにしてます!!」

 ユメイが真紅の瞳を輝かせながら言う。


「ユメイさんは愛燈の来舞がお好きなんですか?」

 俺は素朴な疑問を投げかけてしまった。

「そりゃ当然ですよ! 特に、ツアーで地方に行った時に新人さんを見つけて一緒の来舞で歌うのが好きなんです!!」

「なるほど……俺はお眼鏡にかなったんですね」

「そうですね……でも俺も、そんな偉いもんじゃないですけどね。ははっ」


「プロデューサー気質もあるんですねぇユメイ様は」

 間にトリュが割り込んできた。

「自信はありませんけど、将来的にはそちらの仕事も出来たらいいなと思っています」

 ユメイはトリュに微笑んだ。うっ。混ざりっ気のない眩しい笑顔だ。


 そうして、ユメイは部屋の時計に目をやって、

「あ!そろそろリハーサルも始まるでしょうし、この辺で失礼します」

 と言った。俺は丁寧に挨拶に来てくれたユメイに対して感謝を込めて

「ご足労掛けてすみません」

 と返す。

「いえいえ! 今日は一緒に頑張りましょう!!」

 ユメイは俺の楽屋を後にした――――


「……流石の愛燈王ですわね」

 エルはうっとりしている。そういえば会話に割り込んでこなかったな。鑑賞するので精一杯だったのだろうか。


「ケース・カノさん、そろそろリハーサルスタンバイおねがいします!」


 会場スタッフがやって来た。

 いよいよこのミソラ神殿の大ホールに立つ事になるのか……。

「大抜擢だからな、心してかかれよ」

 トリュが俺に念を押す。

 俺はフラットなジャージのような洋服に着替えていた。リハーサルは動きやすいこれがいい。


 ――うわぁ……!!


 大ホールの舞台袖からステージ上に上がると、先日の小ホールとはまるで違う景色が広まっていた。

 先日の初来舞では40~50人規模のスタンディングの来舞ホールだったが、今日は1000人は軽く入るであろう客席付きのホールだった。

 (ちなみに、この大ホールと先日の小ホールの間に300~500人程度のスタンディングの中ホールも有るらしい)


「こんなもんで驚いてるなよ~? 中央セントラルのキノンの街に近づけば近付くほど、神殿のホールの規模は大きくなるんだからな?」

 トリュが客席側の音響席の方から俺を煽る。

 こちらの世界の音響は魔術師たちが管理しているらしい。あのゴツい機材も全て電気じゃなくて魔術が通るようになっているのだろうか?


「それじゃ1曲目から4曲目まで流すぞ~! MCは3曲目の後、40秒!」

「はい!」

 イントロが流れる。俺は歌い始めた。


 それまで、こちらに見向きもせず仕事を黙々としていたスタッフたちが一様に手を止めてこちらを見た。あれ? 俺の歌、マズかったですか……??

 音響席のトリュは苦笑している。

 ヤバい。やっぱり何かしくじった……!?


 それでもなんとか折れずにリハーサルを終え、俺は舞台袖に帰っていった。

 トリュとエルも駆けつける。

「すみません、俺……なんか――」

「良かったぞ、ケース!」

「スタッフの皆さんもケース様の呪歌ジュカに驚いていらっしゃいましたね!」

「え、え。えー!!」

 そうだったのか!? 悪くて注目を集めたんじゃなくて良くて目を引いたのか? 俺が?? 俺の歌が!?


「これじゃ俺も負けてられませんね!」

 そう言って現れたのは、この来舞の主役その人、ユメイ・マッカートニーだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る