第22話 続・ホリデー、そして……!

「へぇ……あの庭師のおじさんがギエド・エヴァンス公爵って言うんですかぁ……」

 俺は理解が追いついていなかった。だってどう見ても温厚な庭師のおじさんですよ? それが公爵? でこの街を治めている人? つまりこの街で一番エラい人ですって??


「ああそうだ、紹介しよう、ギエドのおっさん。こいつが、俺が召喚した歌王うたおう、ケース・カノだ」


 庭師のおじさん、もといギエド公爵は改めてこちらを向いた。

 短めの栗毛のくせっ毛に茶色い瞳、大柄だが優しそうな風貌だ。


「おお、そうだったのか。はじめまして、ケース・カノ。私はギエド・エヴァンズ。異世界より来たりし者よ、この街はいかがかな?」

「は、はい! この街はいいところだと、お、思いますっ!」

「ははははは。そう緊張するでない。歌王は堂々としているものだ」

「そうだぞ、ケース。ギエドのおっさん程度で驚いてちゃこの先が思いやられる」

「……トリュはもう少し緊張してもいいがな」

 ソウデスヨネー。


「今更おっさんで緊張も何もないだろう」

 トリュはワインをひとくち含み、ゴクリと飲む。

「トリュ様は幼い頃よりギエド公爵によくしていただいているのですよ」

 エルが説明してくれた。

「私はそなたにもよくしているつもりなのだがな、エル」

 ギエド公はエルにも微笑んだ。

「はい、それはよく存じております。ありがとうございます」

 エルは座ったまま、ペコリとお辞儀をした。わざわざ改めて立ってお辞儀をしない辺りに、距離感の近さとエルの気遣いを感じる。


「明日のユメイ・マッカートニーの来舞ライブには、そなたが前座で出演すると聞いているぞケース」

 ギエド公はまた、俺に声を掛けてくれた。屈んで、俺の目線と同じ高さで話してくれる。

「はい! 出演します! ……ギエド公爵様も来舞にいらっしゃるのですか?」

「勿論だとも。楽しみにしているぞ、ケース」

「あああ、ありがとうございます!!」

「あはは、まだ緊張してやがる、ケース」


「それじゃあ、私は行くぞ。ぜひゆっくりくつろいで行ってくれたまえ」

 ギエド公はそう言ってまた丘を下り、ゆっくりとバラの園の向こうへ消えていった。


「ギエド公爵様は、トリュ様が幼い頃より良くしてくださっているのですよ」

 エルが説明してくれる。

「トリュ様は幼い頃より魔術に秀でておられましたから――」

「昔から有名だからなぁ、俺の家、そして俺は」

 バスケットのサンドイッチを物色しながら、トリュは飄々と言う。選んだのはクリームチーズとサーモン?だろうか。もしかしてトリュ、チーズ好きなのか。

 

「トリュ様は愛燈アイドールのプロデューサーになっていなかったら、ギエド様の元で働いていたでしょうね」

「げぇっ。いくらあのおっさんの下でも宮仕えは勘弁してくれよ」

 トリュはエルの言葉に心底嫌そうな顔をした。本当に公務員関係には向いてなさそうだよなこの人。



 そうして、和やかな休日が過ぎていった。

 夜にはそっとユアを喚び出して今日までのことや、明日がユメイの来舞であり、俺が前座を務める日であることを伝えた。

 ユアは緊張していた俺を優しく励ましてくれた。いつも励まされてばかりだな、俺。


「ああ、そういえば今日はもうひとつ緊張した案件が有って――――」

 思い出した俺はユアに報告した。 

「まあどのような事でしょう?」

 ユアは何でも聞いてくれるんだな。


「大公園――エヴァンス公園って言うんですか?――あそこに3人で行ったんですけど」

「まあ! 私、あの公園大好きでした! 今の季節ならバラが見頃ですね!!」

「そうそう、バラが色々と咲いていましたよ。それで、そこで庭師の方かと思ったら、それがギエド・エヴァンズ公爵でして――」


「うふふふふ。あはははは! 確かに、ギエド様は庭師の方と間違われても仕方ありませんね! どんなお姿をしていたのか想像が出来ます!」

 ユアは声を出して笑った。彼女がこんなに笑うところなんて見たことがなかった。


 そうして、笑い疲れた様子で、ユアは言葉を続けた。

「ギエド公様には、私が幼い頃から死ぬ間際までお世話になったのですよ――――」

「へぇ。トリュやエルも幼い頃から知っていると言っていましたが、ギエド公様は子供がお好きなんですか?」

「……そうですね。子供にも、大人にも優しい方です。優しいけれど、厳しい面もあらせられる立派な人物です」

 ここまで、誰からも悪い話を聞かない。本当に良い統治者なんだろうな。


「明日の来舞にも、来てくださるらしくって――」

「それではますます頑張らねばなりませんね! ケース様ファイトっ!」

 ユアは俺の手を握ってまた力強く励ましてくれた。



 ――――翌日。

 いよいよユメイ・マッカートニーの、そして俺の来舞の日となった。

 今日は正午にはリハーサルでミソラ神殿入りしなければならない。俺は前回の初来舞とは打って変わってしっかりと朝食を摂った。


「良い心掛けですわね、ケース様」

 エルは一安心と言った風だった。

「ま、今から潰れてちゃ今日一日持たないからな」

 トリュはさも当然という風に自分も朝食を平らげていた。


「さ、一休みしたらミソラ神殿に向かうぞ。各々準備しとけよー」

 食後の紅茶を飲み干しながら、トリュが言う。遠足の先生か。

「トリュ様も準備を怠りませんようにお気をつけくださいね」

 エルがお代わりを注ぎながら言った。

「俺を誰だと思っている。大魔術師トリュ・マクレガー様だぞ? 例え忘れ物が有っても魔術でどうにでもカバーするわ」

「……その姿勢をどうにかしてくださいませ」

 エルがため息をつく。


「じゃ、俺、一足先に準備してくるんで。失礼します」

 俺はトリュとエルに向かって挨拶をした。

「おお。時間になったら玄関に来いよ~!」

「解ってますって」


 そうだ、自室へ向かう前に音楽室に寄って、先日の初来舞の納音ノートの自分のパートを聴いておこう。音楽室は俺の部屋へ向かう途中に有る。


「失礼しまーす」


 誰も居ない部屋だが、一応挨拶はしておく。

 確か部屋の端のこの辺に納音のプレイヤーがあったはずだ……有った。

 そのノートパソコンほどの大きさのプレイヤーは普段めったに使われていなさそうだったが、ちゃんと動く様子だった。初めて使うけれど、使い方は直感的に解りそうだ。

 

「それじゃ次は来舞の納音をっと……」


 恐らくグランドピアノの上に乗っているアレがそうだろう。昨日の練習のままになっているはずだ。

 俺はグランドピアノに乗った何枚かの納音を手にした。


「…………え?」


 そこに、俺の来舞音源の納音はもちろん有った。有ったのだけれど。

 それと一緒に見たものは。


「ユア…………?」


 ユアのジャケット写真の、納音だった。

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