第21話 ホリデー!

 ……予想外の展開が有ったものの、俺たちと愛燈王アイドールキングユメイ・マッカートニーとそのプロデューサーであるマトリ・マーテインとの会談、打ち合わせは滞りなく終わった。


 ふたりを見送った俺とトリュとエルは、再び応接室でお茶を飲み休憩する。

 今度はエルも下座のソファに座っている。


「ビックリしましたよー。まさかドリムがユメイその人だったなんて!」

 はぁー。と俺は大きなため息を吐いてからクッキーをかじった。

 せっかく、初めて愛燈アイドールの知り合いが出来たと思ったのに、それがまさかの天上人だったなんて。


「身分を隠して行動するのはこの業界では珍しい事じゃないんだけどな」

 トリュが続ける。

「それでも、流石に俺も驚いたぞ」

「ええ、あんたでも驚いてたんですか? 全然そうは見えなかったけど。堂々としたもんでしたよ」


 意外だ。

 トリュは感情があまり顔に出ないタイプなのか?

「そうか? まあ、確かにあのケースの初来舞会場に居たと言われれば納得なんだが。そうじゃなきゃ前座の依頼なんて来ないもんな」


 エルが紅茶をひとくち、飲んでからトリュに続く。

「門前でドリム様とエピ―様――マトリ様でしたが――をお迎えした時は、私も驚き戸惑いましたよ。詳しくはトリュ様の前でご説明すると言われ、お通ししたのですが――」

「結果オーライで良かったですね」

 俺はエルがこの応接室に『ドリム』と『エピー』を通した時の怪訝な表情カオを思い出していた。

 

「……何はともあれ、こちらの詳しい曲順や持ち時間も決まったし、残り数日はビシバシレッスンするだけだな」

 トリュはニヤリと笑いながら俺に言い放った。

「…………はい。ガンバリマス」

 俺はまた、腹をくくる事にした。


 本番前4日間のレッスンの追い上げは過酷で、俺は毎日へばっていた。が、意外と筋肉やのどに負担は掛かっていない。これは俺の地力が上がったのか、トリュやエルの指導が上手いからなのか、それとも両方なのか。


「よーし、明日は来舞ライブ前日だ。ケースはしっかり休養を取れ。レッスンは休みだ!」

 歌のレッスンの終わりにトリュが納音ノートを本棚にしまいながら言った。


「どこか行きたいところとか、遊びに行きたいところとか有るか? 勿論、疲労を残すような場所はNGだが」

 珍しくこちらに希望を問いかける。いつもなら『よーっしゃ、明日は○○に行くから心しておけよ!』くらいの勢いなのにな。


「そうですねぇ……俺、この世界、この街の事はまだまだ全然知らないので、希望も何も無いですねぇ……」

 俺は正直に答えた。出掛けたのって、ミソラ神殿とメロウの家と酒屋くらいじゃないか?他は常にこの屋敷でレッスンに追われていたので……あっ、これほぼ引きこもりだよ。ヤバイよ俺。


「そう言えばそうだなぁ……じゃあ大公園でも行ってみるか?」

「大公園ですか?」

 緑が多いこの街にも、改めて公園なんてものが有るのか。


「エルに弁当を用意して貰ってな。行く途中にワインでも買っていきたいな。ああ、勿論ケースはジュースだが」

 ズルい。俺だって外見はおよそ17歳だが中身は27歳の立派な成人だ。酒の味やあの心地よい酩酊感も知っている。

「この世界はお酒は何歳からなんですか?」

「二十歳」

「…………くぅ」

そこら辺はヨーロッパのどこかの国のように未成年からでもオッケーにしてくれよ!


 翌日。俺とトリュとエルは朝食を済ませ、少し休憩したあとに『大公園』へと向かった。

 俺はラフな白いポロシャツ?にいつもの綿パンツ。そしてTVのリモコンを入れた肩掛け鞄。

 トリュはピンクの花柄シャツに黒いパンツ。相変わらずヘンな派手さだ……。

 エルは黒く簡素なワンピース・ドレスに黒い日傘。もう一方の片手には弁当の入った大きなバスケットを持っていた。

「俺が持ちますよ」

 と、バスケットをエルから受け取る。エルはこれもメイドの仕事ですのでと言ったが、両手が塞がるのは危ないし、俺は手ぶらだし。


 屋敷から坂を下り、ミソラ神殿やメロウの家とは逆方向に向かう。こっち側に公園が有るのか。

「公園の近くにも酒屋が有る。そこに寄って飲み物を買っていこう」

 酒屋では、各々好きな飲物――俺はノンアルコールのジンジャーエールだけど!――を手に入れた。


 大公園の入り口に来ると、なるほど、大きな門が立っていて、その先はよく整備されたバラやら何やら花が沢山咲いているのが見える。


「ここの正式名称は『エヴァンズ公園』と言います。この街を治めるギエド・エヴァンズ公が自分の屋敷の敷地の一部を一般に開放しておられるのですよ」

 エルが説明してくれた。続いてトリュが言う。

「だからな。この公園の敷地内でマナー違反を犯したら即刻打ち首獄門だ」

「ええっ! そ、そんな……どんな事がマナー違反なんです!?」


「トリュ様。マナー違反は確かに軽い刑罰が課されますが、打ち首獄門などと大それた事はありませんよ。ケース様を脅すのもほどほどにしてくださいませ」

「な、なんだ。冗談だったんですか……良かった」

「ちぇっ。ケースはノリがいいから冗談で驚かせてやりたくなるんだよ」

 俺、そんなノリがいいか?? トリュが乗せてくるだけじゃないか?

「普通にしていれば何も怖いことはありませんよケース様。さあ参りましょう」

 エルは日傘をクルクルとさせてバラの方へと向かっていった。


 ――そうして。色とりどり、形も様々な花を鑑賞した俺たちは広々とした芝生の丘に出た。

 ここなら景色もいい。芝生の緑も、丘の下に咲き誇る花々も、晴れた空も気持ちよく見渡せる。

「ここでランチにしよう」

「はい。それでは準備いたしましょう」

 トリュに促され、エルは早速、俺の持っていたバスケットから敷布を出し広げた。

 俺たちは各々楽な姿勢でそれに腰掛け、更にバスケットからグラスを用意した。


「まずは食前酒だなぁ~」

 トリュが赤ワインのボトルを開ける。固くコルク栓がしてあるはずだが、魔術でも使ったのだろうか。スポンと簡単に抜けてしまった。

「私はこの発泡酒を」

 エルは白い微発泡の酒を用意していた。シャンパンのようなものだろうか。

「俺は……はいはい、ジンジャーエールです」

「健康的ィ!」

トリュが茶化す。

「俺だって飲めるなら飲みたいですよ、お酒!ワイン!」

「はい、冷やして置いたから飲みな」

 トリュはいつの間にか俺のジンジャーエールに魔術を掛けてくれていた。


 バスケットの中からは、いつぞやのメロウの家で目にしたような色とりどりのサンドイッチがのぞいていた。今日は俺たちが食べていいんですね。やった!

 まずはローストハムとレタスが挟まれたボリュームの有るサンドイッチを手にした。

 うん、ハムはジューシーだしレタスはシャキシャキを保っている。そして何よりこのパン――エルの手作りパンだ――が美味しい!


 トリュとエルは副菜の方から熟成されたチーズを取り出し摘んでいる。ワインやシャンパンと相性がいいのだろう。イイナァ、オトナハ。


「おや、そこに居るのはトリュではないか」


 俺たちが歓談していたところに、通りかかった初老の男性が声を掛けてきた。


「おっ、おっさん、久しぶり!」


 この公園の庭師の人だろうか?

 ツナギ姿で選定ハサミや植木ハサミなどをポケットにぶら下げたその男性は、トリュと陽気に会話を続けていた。今日の天気のことや今の見頃の花の事など――――


 エルは無口に、佇んでいた。

 俺もそれに習って無口にモグモグとサンドイッチを食べていた。

 そんなところで、エルが小声で俺に教えてくれた。


「トリュ様とお話しなさっているのは、このギエドの街を治めるギエド・エヴァンズ公爵その方でございます――――」

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