第20話 マトリとの対談!

 初ライブから3週間、ユメイ・マッカートニーの来舞ライブでの持ち時間が判明し、セット・リストを作成してレッスンを詰めていってから2週間が過ぎた。


 いよいよ、来週の週末がユメイの、そして俺の(前座)来舞となる。

 チケットはほぼ噂の時点で即完売、プラチナチケットになってしまった。流石の愛燈王アイドールキングと言ったところか。


 今日はこのトリュの屋敷にユメイ・マッカートニーのプロデューサー、マトリ・マーティンが打ち合わせにやってくる。


 打ち合わせなら格下のこちらが出向くべきかとも思うが、先方がこの屋敷での内々の打ち合わせを希望したらしい。

 確かに、どこかの店や宿なんかじゃ落ち着かないかもしれない。話題はあのユメイ・マッカートニーに関しての事だから。


「丁重におもてなししなくてはいけませんね!」

 エルはもてなしの茶葉を選別し、客人向けの美しいティーセットの準備をし、いつもより時間を掛けて応接室の掃除をしていた。


「まぁ、そう緊張するな。っても俺も初対面なんだがなぁ!アハハハハ!!」

 ……トリュの方はいつもどおりだ。


「そ、そうですよね。別にユメイさん本人に会うわけじゃないんだし……緊張を今からしてても仕方ないですよね」

 俺は平常心を心掛けた。


 そうして午後。マトリ・マーティンの指定した時刻がやってきた。


 屋敷の前にはエルが待機しているはずだ。

 俺とトリュは応接室でマトリとエルがやってくるのを待っていた。


 はずだった。


 エルが何やら困惑した表情カオで応接室にやって来た。

「失礼いたします。本日のお客様をお連れ致しました。さあ、どうぞお入り下さい――――」


「ありがとうございます、失礼します」

「それでは、失礼して」


 ん? ふたり居るのか??


 そうやって応接室に入ってきたのは見覚えの有る面々で。


「どうもこんにちは、ケースさんの初来舞以来ですね。お久しぶりです」


 そう言ったのは、あの来舞の日、俺に声を掛けてくれた歌王うたおうドリム・レノンで。


「……私もお久しぶりです」


 次いで入って来たのは赤く長い髪が印象的な女性、ドリムのプロデューサーだったはずの…名前は何て言ったっけ。確か――


「エピー・エプスティーン様ではありませんか」

 トリュが先に答えを出した。そうそう、そんな名前だった。


 なぜ、ふたりが今日この場所に? 俺には意味が解らない。


「……とりあえず、お掛け下さい」

 トリュはトリュで飄々とし、ふたりを応接室のソファに座るよう促した。

 少しは解ったつもりでいたけれど、やっぱりこいつ、何考えてるか解らないなぁ……。


 ドリムとエピー、そしてトリュと俺はソファに腰掛けた。メイドのエルは下がったところで待機している。


「今日お伺いしたのは、流石に大魔術師トリュ・マクレガー様の目は誤魔化しきれないだろうと思い――」

 ドリムが切り出した。次いで、エピーが話を始める。

「私程度の並の魔術では、きっと形跡を疑われてしまいますものね。恐らく、もう初対面の時から疑われていたのかもしれませんが――――」

 エピーは胸元から、何かの紙を出す。

「よろしいでしょうか? トリュ・マクレガー様」


「どうぞどうぞ、やっちゃってください」

 トリュは即答した。一体どういう事だ?


「それでは、失礼いたします」

 そうエピーが言うと、取り出した紙片が宙に浮き、ほのかに光りだす。

 どうやら紙片には魔法陣が書いてあるようだった。

「マトリ・マーティンが命ずる。あるがままの姿に戻れ。解除リリース――!」


 どうやら魔術発動の儀式らしかった。

 ちょっと待って、今、エピーは自分の事を『マトリ・マーティン』と言わなかったか?

 そして、魔術って、トリュはいつも一言発するか指を鳴らすかで終わらせているが、本来はこんな過程が必要なのか……?


 そうして、エピー(いやマトリなのか?)が魔術を発動すると、エピーの隣に座っていたドリムの髪がきらきらと輝き銀髪へと変化していき――――

 否が応でも見覚えの有る、精悍な顔立ちの男性がそこに居た。


「ユメイ・マッカートニー!」


 俺は思わず叫んでしまった。


「あはは、改めましてこんにちは、そして初めまして。ケース・カノ」


 ユメイは想像していたよりも柔和な、優しい笑顔で俺に握手を求めた。

 俺もそれに応えて握手をする。


「つ、つまりどういう事なんですっ……!?」


 俺は混乱していた。

 横から赤い髪のエピー(マトリ?)が説明を始めた。


「ドリム・レノンは、ユメイ・マッカートニーのオフ時の仮の姿です。そのままの姿ですと街を普通に歩くこともままなりませんので」

「なるほど。カモフラージュに魔術と偽名を使っていたのですね」


 トリュが改めて言う。そうか、確かに銀髪に赤い瞳で愛燈王じゃあ、目立って仕方ないだろう。

 逆に俺みたいな暗めの茶髪に日本人独特の濃い茶色の目という地味な組み合わせならそんな必要無いよな……?


「はい。そして、彼――ドリム――が歌王として外出している際は、私は『エピー・エプスティーン』の名前を名乗り、なるべく付き添うようにしているのです」

 目を離すとどこへ行くか解らないので困ります。と、エピー改めマトリは言った。


 そうしてユメイがドリムに戻ると、今度はマトリが髪の色を魔術で変化させて仕事をしていたそうだ。


「けれども、今回は特殊ケースで……まさか大魔術師トリュ・マクレガー様にお会いするような事になるとは思ってもおりませんでした」

 マトリとユメイは代わる代わる話す。


「俺は俺で、ケースの曲と呪歌ジュカとパフォーマンスが気になってしまって。今度の来舞ではぜひ、君をオープニング・アクトに起用したくなってしまったんだ」


「……そうなると、またトリュ様にもお会いすることになりますし。いつまでも私の並の魔術では騙せないでしょうと、本日は覚悟を決めて訪問させて頂いた次第です」


 確かにそう言えば、トリュはドリム――ユメイだったが――と初めて会った後、

『どうして魔術を使ってまで髪の色を染めてるんだと思ってなぁ……?』

 と言っていたはずだ。


「なるほど、わっかりました!」

 トリュがパチン、と手を叩き、続けて言った。

「つまり、この件は黙殺しておけば俺たち――ケースの仕事ですが――には支障無いんですね!?」


「……はい。そうしていただけると助かります」

 マトリはほっと一息ついた。


「これからよろしく頼むよ、ケース」

 ユメイは俺に向かって朗らかに笑いかけた。

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