第19話 運命共同体!

 そうして、トリュは俺がユメイ・マッカートニーの前座をする提案に対して、快諾の旨を手紙にしたためてマトリ・マーティンに返信した。

 エルは手紙を受け取り、急ぎ郵便局へと向かった。


「連絡はマメに速く、がこの業界の鉄則だからな」

「それあんたが言います? 俺に報告・連絡・相談いわゆるホウレンソウ不足だったあんたが」

「今後は気をつけるさ。俺とケースはもう運命共同体だしな」


「運命共同体……」


 重い!


 重いけど実際そうなんだろう。

 トリュはプロデューサーとして、俺は愛燈アイドールとして、来年、愛燈キングまで上り詰めるのが今のところの目標だし俺の帰還条件だ。


 その日の夜は、昨日の疲れをまだ引きずっていたのだろう。

 ベッドに倒れ込むと同時にすぐに眠りに付いてしまった――――


 更に翌日の夜。今日はいつもどおりのレッスンをこなしたが、すぐに寝落ちするほど疲れてはいなかった。

 俺、この世界に来て愛燈のレッスンをするようになってから絶対に基礎体力も向上しているよな……。


 今夜は気持ちにも余裕が有るので、ユアと話してユメイの件を報告したい。

 良かった。窓の外は晴れていた。また隣の部屋から椅子を持ち出す。

 俺はいつもどおりTVのリモコンのスイッチを押した。

 するとまたいつもどおり霧の中からユアが現れたのだった。


「こんばんは。ケース様」

 ユアのいつもどおりの丁寧なお辞儀と挨拶。

「こんばんは、ユア」

 俺は前回同様、椅子を引いてユアに座ってもらった。


「ユアはユメイ・マッカートニーを知っていますか?」


 俺は話題を切り出した。


「はい、もちろん存じておりますよ。私が亡くなった時の有力愛燈王候補でした」

 そうか、ユアが亡くなったのはユメイが王になる前の事なのか……。


「彼が今、愛燈王なんですけれど」

「まあ! そうなのですね! それならば立派に愛燈王のお仕事を遂行なさっているでしょう……」

「今度、彼がこの街までツアーで来ることになって」

「それはそれは! 生きていたら私も観たかったです」

「それで……そこで俺がユメイの来舞の前座をすることになったんです――」

「……! すごいじゃないですか!! ケース様、着々と前進なさってますね!」


 ユアは碧い瞳を輝かせて、こちらを覗き込む。本当に、感心してくれているんだろう。


「――なんだか知らぬ間に物事が進んでいって…はは。これもトリュのプロデュースの実力なんですかね?」

 照れながら俺はそう返した。エルは軽く首を横に振って、

「いいえ、それだけではありません。もちろんトリュ様は実力有るプロデューサーでは有りますが、きっとケース様の努力や呪歌ジュカのお力が有ってのことでしょう」


 そういえばユアの歌姫うたひめ時代にもトリュはプロデューサーとして活動していたのか。


「ユアはトリュのことに詳しいんですね。やっぱりあのキャラクターじゃプロデューサーとして有名だったんですか?」


 俺は素朴な疑問を投げかけた。


「え、ええ……トリュ様とは何度もミソラ神殿などでお会いしましたから…………。あの通り、普通の歌王うたおうよりも目立つお顔立ちと背格好と態度ですし」


 確かに。良くも悪くも目立つよなぁ……。

「トリュ様に付き添うエル様も目立つのでよく覚えております」


 なるほど、ふたり並ぶと絵になるもんな。


 そこで俺ははたと気がついた。

 それならば、ユアはトリュがプロデュースしていたという新人賞を取った歌姫うたひめのことも知っているんだろう。


「それなら、トリュがプロデュースしていた歌姫ってどんな人でしたか?」


「…………えっ。えっと」

 ユアは人差し指を唇に持っていき、視線を空中に泳がせて何かを考えているようだった。


「トリュ様がプロデュースしていた歌姫は本当に普通の女の子でした! 呪歌のチカラも勿論持ち合わせていましたが、どうして新人賞まで取れたのかは不思議なくらい普通で――」


 ん? 普段他人を持ち上げる傾向のユアにしては辛辣めな評価だな?

「やっぱり、商売相手には厳しい目線になったりするんですか?」


「……あ、え、はい! そうです勿論! ライバルでしたから!!」

 ユアはコクコクと頷いた。そうして、

「それではそろそろおいとましますね! おやすみなさい、ケース様!」


 若干焦ったように帰っていったのだった――――



 それから1週間もしただろうか。

 俺は毎日基礎レッスンと持ち歌のレッスンを続ける日常に戻っていた。

 その間、トリュとユメイのプロデューサーのマトリはマメに手紙で連絡を取っているようだった。


「はーい。ユメイの前座の持ち時間は約20分でーっす!」


 朝食後の紅茶を飲みながら、トリュが言った。


「昨日までマトリと手紙で相談していたんだが、それで決定だ。前回のケースの来舞の持ち時間が約15分で3曲だったから、今度は4~5曲は行けるはずだ」


 俺はお茶を吹き出しそうになった。

「4~5曲って! 前回と同じ曲も使ってですか??」

 前回のデビュー来舞の15分より5分も長いのか!?

「ああ、先方が先日の曲とパフォーマンスを気に入っているしな。それに肉付け追加していく感じにする」

「それではまた、打ち合わせの後に追加曲を決めて更に曲をレッスンしていく方向で?」

 エルはティーポットを持ちながら会話を進めた。

「そうだな。この後新曲を1、2曲検討しよう」


 そうして俺たちはまた、例のグランドピアノと巨大本棚の音楽室レッスンルームに向かった。

 メロウの作詞作曲した譜面を取り出したトリュはまた魔術でそれぞれの曲を再生させ、俺たちはどの曲をユメイの来舞前座に追加するのか検討する。


「う~ん。難しいですねぇ……」

「この既存のリストに追加となると、迷うところだな」

「ラストは前回同様『カーニヴァル』がよろしいかと思いますけれど」

「そうだな。〆は王道で定番にしていきたいなぁ!」

「じゃ、『カーニヴァル』の前に新曲を追加する感じです?」

「話が早いな! ケース」

「……はぁ、まぁ」

「テンションは低いのな!? 前から思ってたけど、根暗か?」

「あんたがテンション高すぎるだけですよ! 俺は今リストの事考えてて――」


 これでも俺、ドルオタですから。


 ライブのセトリ(セットリストの略だ)には敏感だ。例え推しアイドルの舞台ステージじゃなくても。

 いやまさか自分自身が立つことになるとは思っていなかったけどもさぁ!


「運命共同体なんでしょ、俺たち」


 俺はあえてトリュの方を見ないでそう言った。

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