第18話 招待状!

 続・メロウの家。


「そういえば」

 そろそろ4人でオレンジジュースの瓶を飲み干す頃、エルが切り出した

「ユメイ・マッカートニー様がこのギエドの街にやってくるらしいんです!」

 エルはユメイのファンだ。


「この街の神殿では初来舞ライブだし、一番大きいホールでもチケットはもう即完売しちまった」

 トリュはわずかに残ったグラスのオレンジジュースを飲み干した。

「あ、知ってるかも」

 メロウは思い出したように言った。

「何日か前に手紙が来てたと思うよ~。えーっと、どこだっけ……」

 椅子から立ち上がり、例の汚部屋の最汚部屋スポットの箱の山の上の方を探した。


「あっ、あったあったこれだ」


 メロウは何やらB5サイズ程度の大きい封筒を箱から取り出した。

「これだったと思うんだよねぇ~。こないだユメイ・マッカートニーのプロデューサーから送られてきたやつ。ほら、『チケット在中』て書いてある」


「まあ、すごい!流石メロウ様ですね!」

 エルは少々興奮しているようだ。

 メロウはガサガサ、バリバリと雑に手で封を開ける。未開封のまま放置していたのか…………。


「えーっと。『親愛なるメロウ・ヨハンソン様』……まあ手紙の内容はいいや! 興味ない」

 更に封筒の中を漁る。

「有った。これでしょ? ユメイのチケット」

 そこには2枚のチケットらしき紙片が有った。

「2枚かぁ~。ちぇっ、ケチケチしてんなぁ!?」

 トリュがブーイングを送った。


「私はいいから、そっちで使ったらどうだ?」


 メロウがこちらに提案してきた。

「ええっ、よろしいのですか? プラチナチケットになりますよ!?」

 エルが目を丸くする。

「別に~。エルにはお世話になってるし、私は今後もユメイの曲ってかケース以外の曲は書く気はしないし」


 メロウはさらりと言い放った。

「本当にいいんですか? チケットのことも、作曲の依頼のことも」

 俺はメロウに訊ねた。

「うん。別にいいよー。私は私のやりたいことだけやるって決めてるし」

 呆気なく、ぶっきらぼうにメロウは答えた。そうか。それはそうと、やりたいことだけで生活出来るっていいな。俺は推し活の為にひたすら社畜やっていたもんな。


「2枚」

 トリュが唸る。

「エルと、俺かケースか……プロデューサーである俺が視察したいのも山々だが、愛燈アイドールとしてまだまだ未熟なケースに本物の愛燈キングを見せておきたい気持ちもある……」

「それでしたら、私が遠慮いたしますわ」

 エルが名乗り出た。

「だーめ。エルにこのチケットあげるんだからー」

 メロウは譲らない。

「あの、俺もユメイ・マッカートニーには興味有りますが、トリュも行きたいならトリュでも……」

「そこは俺も行きたいって食いつけよ少年!」

 トリュが俺につっこむ。この人はどうしたいっていうんだ。

 ……なにはともあれ、そうして、1枚のチケットを俺とトリュで奪い合う事になってしまった。


「勝負はどんな形でつけるか……ふふふふふ」

 トリュは何やら楽しそうだ。俺は別にトリュと勝負する気なんて無いし、それにトリュと勝負しても何にしろ勝てる気がしない。

「どんな勝負でも勝負にならない予感しかしないですよ……」

 俺は正直に言った。


「別にお前の世界の勝負の仕方でも構わないぞ。それくらいのハンデはくれてやる」

「うーん、俺の世界の勝負の仕方ですか……?」

 特にこれと言って思い浮かばないが。


「何か無いのか? ジャンケンみたいな気軽な勝負とか――」

「ジャンケン! こっちの世界にも有るんですか!?」


 えっ、それは新しい発見だ。まさか食べ物や愛燈関連以外にも共通した文化が有ったとは。

「なんだ、お前の世界にもジャンケン有るのか」

トリュは多少驚いたようだ。この国のローカルゲームなんだがなと言った。

「俺の世界でも多分俺の国独特のゲームですよ。グー、チョキ、パー。ですよね?」

 一応、ルールを確認した。どうやらルールも同じようだった。

「へぇ~。珍しい事ってのもあるんだね」

「ケース様が召喚で選ばれたのも、共通文化が関係しているのかもしれませんね」

 メロウとエルもびっくりしている。


「それじゃ行きますよ~」

「おう、最初はグー!」

 俺とトリュで声を揃えて言う。

「ジャーンケーン、ポン!」

 ふたり、同時に手の内を晒す。


 俺がチョキで、トリュがグー。


「……俺の負けですね」

「む。勝ってしまったな」


 これで、ユメイ・マッカートニーのライブチケットはトリュの元へと行くことになった。

「魔術を使って人心掌握などしておりませんよね?」

 エルが釘を刺した。

「そんな事するわけ有るかい! 正々堂々した勝負だ」

「ホントにぃ~? まぁ、ケースも納得するならいいけど」

「俺は別に構いませんよ。最初から言ってたでしょう」

 確かに、あの泣ける歌声の生音には多少の興味は有ったが今回は辞退しておこう。


 そんなこんなで、俺たちはメロウの家を後にした。

 もう夕方になる。

「皆、納音ノートありがとね」

 見送りながらメロウが言う。

「いえいえ、それよりもこんな大切なチケットを頂いてしまってありがとうございます」

「まさかのラッキーだったな。サンキューメロウ」

「昨日も、今日もお世話になりました」

 それぞれ、メロウに挨拶をした。


 屋敷前。

「あら、珍しい。何か郵便物が届いていますわ」

 ポストらしきオブジェをチェックしたエルが、中から手紙を取り出した。

「宛先はトリュ様です」

 エルは手紙をトリュに手渡す。

「差出人は……『マトリ・マーティン』? 誰だそれは。どこかで聞いたこともあるような……」


 俺たちはとりあえず屋敷に入り、応接間で一息付いた。

 トリュは先ほど受け取った手紙を――どこから出したのかわからないが――フォルムの美しい、品の良いペーパーナイフで丁寧に開封した。

 そうして手紙を読み進めていると――――


「おい、ケース。お前もメロウもユメイ・マッカートニーのライブに行ける事になったぞ」


 と言い出した。

 はい? それはどういう事ですか?


「ケース・カノをユメイ・マッカートニーのライブ前座に使いたいとの依頼だ」


「は、はい!?」

「まあ!! それは大変ですわ――」


「この『マトリ・マーティン』という人物、ユメイのプロデューサーだった。そいつがどうも昨日のケースのライブを見ていたようだ」

トリュは続ける。


「つまり、俺とケースは関係者として、メロウとエルはチケットを使って招待客としてユメイの来舞に行けるってわけだ」


 丸く収まったな、とトリュは言った。


「え。え。え~!! 俺が、ユメイの前座でいいんですか!? 文字通り昨日今日デビューしたばかりの俺が!?」


「ユメイ様は各地で新人発掘活動もしてらっしゃるとの噂は聞いた事は有りましたが、本当だったのですねぇ……」

 エルが呑気に言う。新人って。新人と言うにもまだ早すぎるくらいのド新人ですよ!?


「このチャンス、逃す手は無いよなぁ? ケース?」

 トリュは不敵な笑みを浮かべ、ラベンダー色の瞳でこちらを射抜いた。


「うっ…………」

 プロデューサーのトリュが言うなら、もう仕方がない気がする。

 それに、俺には時間が無いのだった。夏までに新人賞候補に少しでも近づかなければ。

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