第17話 メロウの家にて!

 そうして、俺とトリュとエルはメロウの家の前に到着した。

 エルが扉の前で大きめの声を出す。


「メロウ様~? 昨日の来舞ライブ納音ノートをお届けに参りましたー!」


 ガチャリ。

 玄関の扉が開かれる。

 メロウだ。今日も今日とてTシャツに短パンの部屋着。

「悪いなエル……って、何でこいつらまで来てんだよぉ!?」

「大先生には直々にお会いしてゴキゲンを伺わないとなぁ?」

「嘘だトリュ、そんなつもり無いくせにっ!」

「俺は来舞に来てくれたお礼を言いたくて……」

「そ、そんなの要らないからなっ!」


「……まあせっかくだし、入っていけばいいさ」

 メロウは家の中に誘導してくれた。

「そのかわり今日はどこも片付けるなよ?」

 とエルは釘を刺されていたけれど――――

「さあ、それは現場を見ないことには解りませんね」

 エルは静かに微笑んで切り返していた。


 部屋の中は――まあ、あのエルの大掃除から半月が経ったわけだが――今やすっかりその面影も無く、俺が初めてメロウの部屋を訪れた時と同じくらいの汚部屋状態になっていた。

 そして今日も黒猫のカーデは健在のようだ。本棚の一番上から俺たちを見下して警戒している。


「メロウ様~?」

 エルがメロウに圧を掛ける。

「し、しーらない!私はこのままで快適生活なんだもんっ!」

 メロウはエルから目を逸らす。

「まあまあ、今日は座るスペースが在るからいいじゃないか」

 トリュが珍しく、エルをなだめてメロウをフォローする。

「…………私の主人であるトリュ様がそう仰るなら、仕方有りませんね」

 エルが一歩引いた。エル、トリュの命令なら逆らえないか。


 それではまずこちらを、とエルはメロウに鞄から出した納音を渡した。昨日の来舞の音源だ。

「ああ、ありがと!」

「次にこちらをご用意していたのですが――――」

 と、酒屋で買ってきたオレンジジュースの瓶と、屋敷から持ってきたらしいグラスを取り出した。


「ああっ! オレンジジュース!! 好き好き!」


 メロウのくせ毛がゆらゆらと揺れる。本当に好きなんだな……。


「トリュ、魔術~! 魔術~!」


 メロウがオレンジジュースの瓶を持ちながら、何かをトリュに懇願する。

「はいはい、わーったわーった」

 トリュは指をパチンと鳴らす。すると

「やった~! 冷え冷えオレンジジュースだ~!」


 なるほど、魔術でオレンジジュースを瓶ごと冷やしたのか。本当に便利なんだな、魔術。俺もあんなのが使えたら真夏のライブフェスで冷え冷えのタオルを作ったりするのに。


「いやー、魔術ってのは凄いですね、あんな簡単に」

「簡単に発動しているのは、トリュ様だからです」

 俺のひとりごとのような言葉にエルが返答した。

「えっそうなんですか?」

「はい、標準的な魔術師の場合、例えばジュースを冷却するのなら、携帯した魔法陣と呪文が必要になります」

「……それはそれは。トリュ、悔しいけど口だけじゃないんですね」

「……そうなんですよ」

 俺とエルは、同時にため息をついていた。


「どうしたふたりとも。さっさとこっちに座れよ、さぁ」

 トリュがテーブルの椅子を引いて先に座る。

「何でもございません。それでは、ケース様もあちらへ」

 エルは汚部屋を掻き分けながら、俺をテーブルの椅子へと誘導してくれた。


 そうして、俺たちはオレンジジュースで乾杯して一息ついた――――

 異界で飲むオレンジジュースも、俺の居た世界、日本のそれと全く変わらなかった。

 うん、ストレート果汁100%のオレンジジュースですね! よく冷えていて爽やかで美味しい。


「そうだ、さっきの貰った納音を聴こう!」

 メロウが立ち上がって主張した。

「ああ、それはいいな」

 トリュも頷き、そしてニヤリとして、


「ケース、自分の歌声を客観的に聴いた事は無いだろう?」


 と、俺の方へ話を振ってきた。

「え? あ、ああ……そう言えば……」

 ちょっと待て。さっきの納音と言うのは、昨日の俺が歌った来舞の音源の事か? 俺が初めてステージで披露した歌が入っているのか? それを今ここで3人の前で聴こうって言うのか?? やめつ、恥ずかしいっ!!


「え、え~! い、今じゃなくても良くないですかっ!!」

 俺はその時、赤面していたと思う。

「今この場の4人だからこそ、聴いておきたいですわ」

 エルも両手のひらを合わせて納音を聴く提案を肯定する。

 だめだ、この中に俺の味方は居ない…………!!


「それじゃレッツ再生プレイ!」

 トリュが指を鳴らし、納音の再生が始まった。


「――――うわ、俺の歌声ってこんな声!?」

 俺はひっくり返った声で一言発してしまった。

「はい、このような歌声ですよ」

「この本番の方が練習の時より上手いんだよなぁ……」

「へぇ? ケースって練習の時もっと下手だったの??」

 各々、好き勝手な言葉を発している。

「練習の時はかしこまったように歌うからな。この『伸び』はあまり出ないんだ。何を恐れているんだか」

 お前だお前、トリュ!

「ふーん。前に私の前で歌った時はこっちの本番に近かったけどなぁ~?」

 メロウが首をかしげる。

「本番に強いお方なんでしょうね。そういう意味でも期待が持てます、ケース様には」

 エルが俺を持ち上げ始めた。

 やめっ、ほんと俺を話題の中心に置くのやめっ! 恥ずかしい!!


「そ、そう言えば来舞の後でとある歌王うたおうに出会ったんですよ!」

 俺は話をそらし他の話題を振ってっみた。

「ふーん。まあミソラ神殿なら愛燈アイドールも沢山いるし、出会いも不思議じゃないんじゃない?」

 メロウがオレンジジュースをゴクリ、と飲み干し、お代わりをエルに求めながら切り替えした。


「そ、それがですねぇ、メロウの大ファンで。以前メロウに楽曲を依頼して断られたって!」

 新しく注いたオレンジジュースを一口流し込み、メロウは言った。

「だって私、ケースの曲書くまで愛燈の依頼は全部断ってたもん」

「でも凄いんですよ。来舞でイントロを聴いた時点でメロウの曲だって思ったんですって!」

「ふぅん……物好きも居るもんだねぇ」

 自分の持ったグラスを揺らし、トリュは思い出しながら

「確か『ドリム・レノン』とか言ったか。この地方の愛燈では無いらしい」

 エルも昨日の記憶を頼りに説明する。

「黒髪に、赤い瞳が特徴的なお方でした」

「『ドリム』……? 知らないなぁ……」

 メロウはまた首をかしげる。

「まあ、来た依頼は全部オコトワリだったからいちいち覚えちゃいないんだけどね。何だかんだ毎日のように手紙が届くし」

 ほら、あの箱の山がそう。とメロウは汚部屋の中の更に汚部屋ポジションに有る箱の山を指差して言った。


 えっ、あれ全部オコトワリって……俺、本当に凄い巨匠に曲を貰ったんじゃ……?

 今更ながら、緊張感と震えが走った。

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