第16話 鑑賞、ユメイ・マッカートニー!

 ユメイ・マッカートニーがこの街に来る。


「それはそんなにすごい事なんですか?」

 俺は率直にトリュに訊ねた。

「当たり前だろ。今までもこちら北方へのツアーは有ったがこの街の神殿に来るのは初めてだ」


 現・愛燈王アイドールキングユメイ・マッカートニー。

 4年前に愛燈王に選出され、王の名に相応しい呪歌ジュカの実力とダンス、パフォーマンスで観客を魅了する。発表する納音ノートは次々に発売記録を塗り替えたらしい。

 まさにこの国を代表する国民的愛燈アイドールってわけだ。


「朝食の後はユメイの曲をいくつか、聴かせてやろう。それから気合を入れてレッスンだ」


 俺たちは揃って食堂に向かった。

 エルの作ったパンの焼けるいい匂いがしてくる。


「私も、ユメイ様の楽曲を聴くのにご一緒してよろしいでしょうか?」


 俺とトリュが朝食を食べている傍ら、いつものメイド姿で佇んでいたエルがトリュに問いかけた。


「ああ、もちろん構わんぞ。エルもユメイの呪歌のファンだったっけな」

「はい! ユメイ様の呪歌は、ケース様のものとも違う鋭利で底が知れない魅力がありますね」

 エルはユメイの呪歌をそう評するのか。そしてそれとは違う俺の呪歌って一体何なんだ……?

「それじゃ、この後食後の紅茶でも用意して、音楽室に持ってきてくれ。もちろんエル、お前の分も一緒にな」

「ありがとうございます、トリュ様」

 エルは笑顔で、トリュに応えた。


 朝食後。

 俺とトリュは例のグランドピアノと巨大本棚、そして応接セットの置いてある音楽室に移動した。少し遅れて紅茶と焼き菓子の用意をしたエルもやって来た。


 エルは応接セットに紅茶一式を置いた。


「すみません、お待たせしました。さあ始めてくださいませ」


「構わん構わん」

 トリュは本棚からユメイの納音を何枚か取り出す。


「あの」

 俺は素朴な疑問を投げかけた。

「その『納音』って、魔術師しか再生出来ないんですか?」

「いや、そんな事無いぞ。ただこっちの方が早いし音がいいからな」

「ケース様、部屋の隅に有る、あの機械を御覧ください」


 そこには、ノートパソコンくらいの大きさと薄さか、小さな道具らしきものが有った。

 エルはそれを持ち出すと、俺の方に向けた。


「これが一般的な『納音』の再生機でございます――メロウ様のご自宅にも有ったのですが、お気付きに……はなれませんでしたよね。ふふ」

 あの汚部屋にもこのノートパソコン、もとい納音の再生機が有ったのか。全く気付かなかった。


「ちなみに、神殿の来舞ライブは神殿付きの魔術師が、デカイ音響機器を使って音楽を流しているんだぞ」

 なるほど、来舞会場の音楽はそういう仕組だったのか。

「大きい会場ほど魔術師が必要だからな。それも神殿で来舞が行われる理由のひとつだ」

 しかし中には路上でこの再生機を使ってパフォーマンスする愛燈も居るらしい。


「まあそんな小さなこたぁいいんだよ。再生プレイ!」


 トリュが納音に魔力を流す。納音から直接、音楽が流れ出す。そして徐々に部屋全体から音楽が聞こえだす。立派なステレオサウンドだ。

 確かに、あのノートパソコンの大きさの再生機では音質は劣るかもしれない。


 スロウテンポに流れるイントロ。それに乗り出す歌。以前聴いた時同様、確かな歌唱力と鋭い歌声だ。

 そしてこれは彼の、ユメイ・マッカートニーの呪歌のチカラなのか? やっぱり何か、泣けてくる。俺の琴線のどこに触れているんだろう?


「当然と言っちゃ当然だが、ユメイの曲は一流の作曲家揃いだし、作詞はほぼ自分で書いている」


「へぇ~! 歌や踊りだけじゃなくて、作詞まで。マルチな人なんですねぇ!」

「ああ、いずれお前も作詞を……出来るかなぁ?」

 出来ないと思います、はい。


「ケース様も、メロウ・ヨハンソン様という一流の作詞作曲家を味方につけておられますから。サウンド面ではユメイ様に負けませんよ」

 ユメイのファンだと言うエルだが、真顔で真面目に俺に向かってそう言う。

 俺、プレッシャー掛けられてません??


 そうして。ユメイの納音を何枚か聴き終え、紅茶も底を尽きた頃。

「それじゃ、今日のレッスンは軽く流して。来舞の翌日だからな。休息も必要だ。」

 えっ? マジですか? トリュが優しい。

「身体トレーニングも軽いストレッチ程度に収めておきましょう。きっとケース様ご自身が思っているより疲労が溜まっているはずですので」

 レッスンとなると竹刀構えるすエルも優しい!


 トリュは続ける。

「そして、午後はまた神殿に行くからな。昨日の来舞音源を納音にしてまとめてくれているはずだ。それを受け取っておきたい」

「はい!」

 俺は元気に返事をした。


「トリュ様。メロウ様の元にもその納音をお届けするように、申し付けられております」


 そう言えば、昨日はメロウも来舞会場に居たらしい。俺は会えなかったけど。会ったらお礼をしたかったところだ。

「それじゃ、神殿の後はメロウの家に寄りましょう。俺もメロウに会いたいですから」

「ああ、それで構わんぞ」


 午前のスケジュールをこなした後、俺とトリュとエルはミソラ神殿に向かった――――


 俺はいつものシャツにジーンズもどきの綿パンツ、そしてリモコンを入れた小さな鞄。

 トリュはグレーのVネックTシャツに黒いパンツ、そしてまた虎柄のセカンドバッグ。

 エルは――そろそろ日焼け止めが必要な季節なので――とメイド服に黒い日傘を差して、もう片方の手には黒い、一般的なトートバッグ程度の大きさの鞄を持っていた。


 神殿受付では、またトリュがあれこれと手続きをしていた。

 ああいう姿を見ると『普通の』プロデューサーに見えるんだよなぁ……。


「おう、昨日の音源納音を2枚。確かに受け取ってきたぞ」


「私がお預かりいたします、トリュ様」

 エルが納音を受け取り、大切に鞄にしまう。


「それとなぁ……」

 今度は気まずそうに切り出してきた。

「ユメイ・マッカートニーの来舞チケットだが、既に完売状態で手に入らないそうだ」

「ええっ!」

 俺は驚いた。この世界のチケット販売の基準がどうなっているのか知らないけど、早すぎないか!?

「噂から完売まで、速攻でしたのですね……」

 エルは少し残念そうだった。

「まあ、愛燈王の来舞ともなれば仕方ないのかもしれないなぁ」

 トリュは肩を落としたエルを慰めるように言った。

「ユメイの来舞は今回だけじゃないさ。ケースが出世すれば嫌でも対面することになる」

「それもそうでございますね。……楽しみが、ひとつ増えました」

 俺はびっくりして声を出した。

「ええっ! 責任重大だなぁ!」


 気分の戻ったエルは改めて切り出した。

「それでは、メロウ様のご自宅に向かいましょう。ああ、今日はその前に酒屋に寄って、ジュースを買って行きたいのですが」


 きっと、メロウの家には何の飲み物の用意も無いだろうとエルは察していた。

「メロウ様のお好きな、オレンジの実のジュースをご用意致しましょう」

「なんだ、メロウはオレンジジュースが好きなのか。結構普通なんだな」

 俺はつい、声に出して言ってしまった。

「へえ、お前の居た世界じゃオレンジの実はメジャーなのか?」

 トリュが訊いてきた。俺の居た世界に少し興味が湧いたようだ。

「全然普通でどこにでも売ってますよ」

「そうか。こっちじゃオレンジは少し珍しい果実でな。特別な日に飲む飲み物なんだよ」

「おめでたい時に飲むのにはちょうどいいんですよ」

 エルがそう付け加えた。


 そうして、俺たちは酒屋に寄ってからメロウの家を目指した。

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