【#2】

第15話 キングになる資格!

 初来舞ライブ当日、終演後の夜。

 その晩はエルが言う「ちょっと、豪勢な」どころではなく豪勢な食卓となった。

「これ、誕生日パーティーか何かですか?」

 と訊ねてみたら


「はい! 愛燈アイドールケース・カノ様の誕生日ですから!」

 と返されてしまった。


 朝から来舞前の緊張でろくに食べていなかった俺はここぞとばかりに胃の中に食事を詰め込んだ。

 ふう~。エルの作る料理は何でも美味しいけど、今日のこの『ちょっと豪勢な』コースはいつにも増して美味しかったです、はい。



 食堂でトリュとエルと別れ、自室へ戻ると、また月明かりが部屋を照らしていた。

 やった! 今日こそはユアに会えそうだ。

 俺は前回のように部屋に椅子を用意すると、TVのリモコンをポケットから出し、スイッチを押してユアを召喚した。

 ユアが霧の中から現れた。よかった、今日こそは近況を報告出来る。


「お疲れさまです、ケース様!」


 ユアはキュートにペコリと一礼をして、俺に微笑みかける。

 俺もユアに微笑んで


「ああ、ありがとう。そしてこんばんは、ユア」


 と頭を下げて挨拶をした。


 そして俺はまた、ユアに近況を――今日が初来舞で、何とか無事成功出来た事なんかを報告した。


「すごいです、ケース様! 初来舞おめでとうございました!」


 ユアが祝福の言葉を投げかけてくれる。ああ、まるで花が咲いたような笑顔だ……。可憐でとてもかわいい。

「まさか召喚から1ヶ月足らずで初来舞をこなしてしまうとは思いませんでした」

「はは……それは俺も、思います。すっかり流されていたらこんな事に……」


「このペースで行けば、夏の、愛燈・新人賞予選に間に合うかもしれませんね」


 ユアはまた、俺の知らない単語を口にしてきた。


「『愛燈・新人賞予選』ですか……?」


「はい! この世界では毎年冬の年末に愛燈の新人賞が発表されるんです。その選考予選が夏に行われます」


 なるほど。どことなく、日本の賞レースのソレに似ているな。

「それで、その、新人賞を取るとどうなるんです……?」


「5年に一度の『愛燈王アイドールキング』選考にノミネートされる権利が得られます」


 ふむふむ。なるほど。って、ええっ!?

「愛燈王って、5年に一度しか選出されないんですか!?」

 そんな、聞いてない。トリュには愛燈王になれと言われていたが、そのチャンスが5年に一度きりだなんて。オリンピックより狭き門かよ!?


「はい、5年に一度です。えーっと、来年が新しい愛燈王選出の年ですね。私が死んでもう4年が経ったので」

 ユアは指折り数えた。のんきな雰囲気で、相変わらず物騒な事を言う。


「これは愛燈王や愛燈姫アイドールプリンセスを目指す歌王うたおう歌姫うたひめなら、常識なのですが……。あ――トリュ様はケース様にお教えしてなかったのですか?」


「全っ然!! お教えされていませんでした!!」

 あの野郎……最初に気軽に愛燈王になれと言っておきながら、こんな基本のキの字も俺に伝えてなかったのかよ!?


 どうやら俺が元の世界に帰るまでの道は、まだまだ険しく長く、そしてもし上手く行っても来年、下手したら6年後、もしかしたら永遠に帰れない状態になるのかもしれないのだった。


「気が、気が遠くなる…………」


「トリュ様、しっかりしてください! 私と違ってちゃんと生きてらっしゃるのですから!」

 ユアが俺を気遣う。幽霊に気遣われる俺って、シュールだな、ハハ。


 そうして、その晩のユアとの会話は終わったのだった。



 翌日翌朝。


「OK、ケース! おはようさん!」


 寝室の扉を開けてズケズケと入ってきたのは、トリュだった。

 出た。俺を喚び出した戦犯にしてホウレンソウの出来ない上司。


「昨日の来舞は良かった、良かったが!! 俺たちの戦いはこれからだからな~? 油断せずに行こう!」


 起き抜けからこのテンションに付いて行かされる身にもなって欲しい。


「…………」


「どうしたケース? 俺の顔に何か付いてるか?」

 トリュはこの美しい顔に余計な不純物が付いてるのならそれは事件だ、と言った。

 アアソウデスネー。俺は心の中で流した。


「いや、何も付いてませんけど。……あの、トリュは俺に伝え忘れてることが有るんじゃないですか?」


「ん? んん~??」

 何か有ったっけか? とトリュは自分の人差し指を自分の唇に当て、トボけたポーズを取る。


「…………愛燈王の事ですよ」


 我慢ならず、俺は切り出した。


「愛燈王にならなければ元の世界に帰れない、ってのが最初の説明でしたけど、その愛燈王になれるチャンスは5年に一回しか無いんじゃないですか!!」


「あっれ~? 言ってなかったか?」

 トリュはこれまたトボけた態度でこちらのキレを流した。


「聞いてませんでしたよ! それじゃ次、愛燈王になる機会は来年か6年後か、11年後か――――」


「そんなに機会は無いぞ?」

「え?」


「愛燈王には年齢制限が有ってな。22歳までと決まってる。ケースが今およそ17歳――だとしよう――だから、来年を逃したら次は23歳。つまりチャンスは来年の一度きりだ」


 トリュは冷静に、そして冷酷に、現実を突きつけてきた。


「は? え? それじゃ俺はつまり――――」


 元の世界に帰る機会は一度きりって事ですか?


「今年の新人賞をガッツリ狙って貰いま~す! そして来年は愛燈王まで一気に上り詰める!!」


 よろしくぅ!と、トリュは親指を立てた。

 俺はとにかく、脱力した。


 これはもう、元の世界に帰るのは絶望的じゃないのか…………?


「しかしケース」

 トリュが俺に問いかけた。

「どうして愛燈王選考の流れを知っていたんだ?」


「あ――――それは」

 ユアが教えてくれた、とは言えないんだった。

 最初にユアと会った時、他人、特にトリュにはユアの存在を明かしてはいけないと約束したのだった。


「え~っと、昨日、来舞の時、他の愛燈の人から話を伺って……」


俺は何とかごまかす。


「そうかそうか、他の愛燈との交流も大事だからな~」

 良かった。どうやらトリュはこちらを疑いもしないようだった。


「それより、トリュ。どうして朝食前に俺の部屋に?」

 話を巻き戻して更にごまかそう。


「……ああ、そうだ、それなんだけどな。」

 朝の速報だ。面白いことになるぞ。とトリュはニヤリと笑った。


「現・愛燈王のユメイ・マッカートニーがこのギエドの街にツアーにやってくるらしい」


 絶対に見て損はしない、とトリュは不敵な笑みを浮かべた。

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