第13話 いよいよ初ライブ当日!
――――さて。
いよいよ今夜、デビュー
やれることはやってきたはずだが、本当にこれで大丈夫なのかという不安が大きい。
昨日の晩までにユアと会っておきたかったんだが……彼女は月夜の晴れた晩にしか現れることが出来ない。あいにくの曇り空、何度TVのリモコンスイッチを押しても召喚することは不可能だった。
今の時刻は午後3時。来舞が始まるのは7時からだ。
「軽食ですがどうぞ、ケース様」
応接間にて、エルが気を利かせてクロックムッシュを持ってきてくれた。焼けたパンの香ばしいいい匂いがする。が、緊張で食べる気が起きない。俺はソファに座り、手を組みガチガチになっていた。
「今からそんなんでどうすんだ少年。小さい、小さいなぁ~!」
いつぞやのピンクのカーディガンを肩に羽織り、そして怪しいサングラスを掛け、ソファに長い足を投げ出して座ったトリュが俺にハッパを掛けてくる。
いつもなら、あんたと同じ歳ですが!? くらいの文句も出るものだが。今はそんな返しも出来ない気分だ。
「俺、初舞台なんですよ……そりゃ緊張もしますよ」
「緊張するにしても早すぎないか? まだ神殿入りもしてないんだぞ?」
来舞はミソラ神殿の小ホールで行われる。小さい規模の来舞だとしても、客が、客が入るんだぞ!?
「ほんじゃ、そろそろ行きますか」
うっ。現場入り、しちゃうんですか。本当に!?
俺は逃げ出したくなる気持ちを抑え、トリュと着替えてきたエル――今日は落ち着いた赤い色のワンピースを着ている。紫がかった黒髪とマッチしてとても似合うが……メイド服以外も女性モノを着るのか――と共にミソラ神殿に向かった。
「こちらが神殿の小ホールですよ、ケース様」
先日のライブ受付の隣の部屋が、ちょっとした来舞スペースになっていた。人数は50~60人入れば満員ってところだろう。
どうやら登壇予定の
「はーい! 挨拶は基本の『キ』で~す! 先輩歌王や歌姫が来たら、大きな声で爽やかに挨拶するんだぞ、ケース!」
トリュに忠告される。ま、真っ当だ。
「ここがお前の初
トリュはまだ暗いステージに向かって指をさした。
「は、はい……ここが俺の初舞台になるんですね…………」
初舞台でそのまま
「おはようございます~!」
後方から、元気な女の子の声が聞こえた。振り返ると15~16歳くらいだろうか、横に保護者らしき女性が同伴していた。
「ほら、挨拶挨拶!」
トリュがせっつく。なるほど、この子が今日の歌姫のひとりか。
「お、おはようございます!」
俺は勢いよく返事をしたが声がひっくり返っていた。や、これは恥ずかしい。
「ふふ。初めての来舞なんですよね? よろしくおねがいします」
「こちらこそ、よろしくおねがいします」
俺たちは丁寧に挨拶をし合った。良かった、怖くない……。
トリュは少女に同伴している女性と何やらカードを交換している。名刺交換文化、こっちの世界でもアルンデスネ。
次いで入ってきたのは俺――17歳の方だ――より少し大人びた少年だった。この少年も歌王なのだろうか。
「……………」
「おはようございます!」
「おう、おはよっす」
こちらはぶっきらぼうな返答。仕方ない、俺はこの中では一番の若手だなのだから。
こちらには同伴者の男性が付いている。やはりプロデューサーなのだろう。トリュがまた名刺交換をしていた。
「お~い、そろそろ楽屋に行くぞ~」
トリュが俺を呼ぶ。
エルは押しかけるとお邪魔になるので小ホールで待っていると言った。
ステージの横の扉を開き、間を抜けるとそこには小さな楽屋らしき部屋が在った。どうやら男女は別れているが個室ではない様子。さっきのぶっきらぼうな少年は着替えをを始めていた。なるほど、確かにこの部屋の大きさでは俺たちが3人で押しかけては迷惑になるし、女性姿のエルが紛れ込んだらちょっとした事件になってしまうだろう。
「お前もさっさと着替えろ。衣装はこれな」
トリュが指をパチンと鳴らす。すると、衣装が現れて俺の手に乗った。
「デザインはエルが考えた。俺の提案はことごとくダメ出しを食らってなぁ~」
ああ、良かった。またフリフリフリルでも着せられるのかと思っていたが、エルのセンスなら信じられるかもしれない。
手に乗った衣装を広げて見てみる。白と青が基調の清楚でシンプルなデザイン。うん、これなら衣装に着られる事もなく、俺には似合っている気がする。
「まだまだ駆け出し歌王だからな。ステップアップと共に派手にしてやる、絶対」
トリュはどこか悔しげに、俺に言い放った。
「今日出演する
なるほど。先程挨拶した他にあとふたり居るのか。俺たちの方が先に楽屋入りしてしまったので挨拶はまだだった。
「ケース・カノさんー。リハーサルお願いします!」
スタッフが俺を呼びに来た。えっ、もう? もうそんな時間なんですか??
トリュと、着替えと軽いメイクを済ませた俺。
挨拶がまだだった他の共演者とも舞台袖に向かう途中で運良く鉢合わせた。今日はよろしくおねがいします。新人のケース・カノです。軽い挨拶をする。
リハーサルは不思議と、屋敷での緊張感は無かった。あ、いつもの練習と同じ感覚で大丈夫だこれ。
客席――と言ってもスタンディングだが――方面からはエルが軽く手を振る。はーい、俺、頑張ってますよ~!
「意外と行けそうです」
「そうか。そりゃ良かった」
軽いリハーサルを終え、再び楽屋に戻った俺はトリュに心境を報告した。
用意されている水をゴクリ、と飲む。そういえば緊張しまくってこの数時間は水さえ喉を通らなかったな。
「ケース・カノさんー本番です!舞台袖に待機お願いします!」
ついに本番か。俺たちは舞台袖に移動した。
ホールの方から人の気配が増えてきたのを感じる。歓談する声も増えている。
「あ、ダメだ、また緊張してきた…………」
人が、俺が、俺の事を知らない人ばかりだと思うと指先が震えて、チカラが入らなくなる。
「なっさけねぇなぁ~!」
トリュがまた呆れる。
……いやだって、思えばタダの一般人――ただし重度のドルオタである――な俺が異世界召喚させられて約一ヶ月弱、突然アイドルレッスンを強要されこうしてライブのステージに立たせられるところなんですよ!? これもうワケがわかんなくないか!?
「だってもう、何が何だか解んないですよ!!」
俺は混乱していた。
ホールの声が大きくなるにつれて膝も震えてきた。
「気にしない気にしない! 武者震いだ! そうだよな?」
トリュは笑い飛ばす。そんな、自分が
突如、トリュは俺を捕まえてグッと顔を近づけサングラスを外した。ラベンダーの瞳が俺を突き刺す。
は、はぃいい!? 何でしょう!?
「特に言うことじゃないが。ケース。お前は召喚から今日までの短い間によくここまでやった」
あれ? また小馬鹿にしてくるものと思ってましたが違うんですか?
「何も怯える必要は無い。新人ならば十分だ。今日までの努力の成果を見せてこい!」
「…………はい」
トリュの力強い言葉で、俺はなんだか安心してきた。そうか、今の俺でいいんだ――――
自然と、震えが収まってきていた。
近くのスタッフがこちらを促す。
「それではオープニング始まります! 曲が終わったら登壇よろしくおねがいします――!」
俺は、
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