第12話 協力者と言う事!

 そうして、翌日から俺のレッスンが再び始まった。

 今日からは半月後の初来舞ライブに照準を合わせたカリキュラムになる。


 午前は相変わらずの体力づくりのマラソンと、筋力トレーニング。軽い昼食を挟んで休憩を取ったあと、午後からはトリュによる歌のレッスン、その次は夜までエルによるダンスレッスンと言った具合だ。

 一日の予定はみっちりである。これは先日までの基礎訓練よりハードだぞ……。


「まーだブレスの位置がおかしい! もう一回今のパートやりなおし!」

 トリュはほんの少しのスキも見逃さない。

「……はい!」

「それじゃここから再生プレイ!」

 トリュの言葉と共に曲が再び流れ出す。このパートも何度歌ったことか。難しい。一向に上達しないな俺。


「はいはい焦らない焦らな~い!焦れば焦るほど、雑な歌になるからな~?」

 トリュは俺の心情を見透かしたようにアドバイスしてきた。

 そうだな、もう半月しかない。じゃなくて、まだ半月ある。落ち着いて1曲ずつ仕上げればいい。きっとそうだ。



「はいっ、そこでターンしてこちらを見て下さい! そうです、腕はもう少し上げて!」

 次はエルの振り付け・ダンスレッスンだ。相変わらずメイド服の傍らに竹刀を持っている。俺はあの竹刀で叩かれた事は無いけれど、彼いわく、この方が自分に気合が入るんだそうで。

「動きに気を取られて表情がおろそかになっていますよ! 笑顔です! 歌王うたおうから愛燈アイドールを目指すなら笑顔は絶対必須です!!」

 そう言われましても、次のステップを頭の中で思い出すだけでも目一杯で。どうしても顔にまで気が回らない。

「ケース様ご本人も、もっと楽しんでくださいませ!」

 これまた難題を言う。


 しかし。はたと思い出す。

 俺の最推しの日園ひぞの 霧葉きりはちゃんも、こんなレッスンを受けていたのだろうか? 俺の最推しだけではない、スタメメンバー全員も、その他諸々のアイドル達も。

 俺は何も知らず、ステージ上での溢れる笑顔を享受していたのかもしれない。


「うっ、霧葉ちゃん…………」

 何だか胸が熱くなって来た。

「どういたしました、ケース様?」

 エルが俺を心配そうに見つめる。

「いや、何でもない。続けてください」

 俺は再び、ステップを踏み出した――――



 夜、夕食後、シャワーを浴びて自室に戻った俺は、窓の外を確認する。

 よく晴れた夜だ。今夜ならまたユアを呼び出せるかもしれない。

 エルにテーブルセットを用意して貰っている最中なので――俺は新品じゃなくて構わないと言ったんだが、わざわざ気を使って取り寄せしてくれるらしい――申し訳ないが隣の空き部屋から椅子を一脚拝借してきた。うん、これでもう召喚してもふたりでベッドサイドに腰掛けるなんていう俺だけが気まずい展開にはならない。


 窓辺に向かってTVのリモコンのスイッチを入れると、再び霧の中からユアが現れた。

「こんばんは、ケース様」

「ああ、こんばんはユア」

 3回目の召喚ともなるとお互い慣れてくるものだな。俺はユアを持ってきた椅子に座るように促す。ユアはありがとうございますと言うと、椅子にちょこんと、可愛く上品に座った。


「まあ、もう来舞を行うんですか……!」

 急展開にユアも驚いている。

「ええ、まあ、そういう流れになっちゃって……はは……」

 ユアは何か思いつめた表情をしだした。どうしたんだ、何か異論でもあるんだろうか。

「ケース様。今まで黙っていてすみません」

 意を決したようにユアが切り出した。


「実は私、生前は歌姫うたひめだったんです――――」


「え! マジっすか…………!?」

 俺は驚きのあまり、大きめの声を出してしまった。

「ケース様! お静かにお願いします!」

 ユアが慌てる。幸い、深夜なのとこの屋敷が広すぎる為にトリュにもエルにも気付かれはしなかったようだ。


「私にも来舞の経験はあります。ですから解るんです、今のケース様の置かれた状況の過酷さも――トリュ様やエル様がどれだけケース様に期待して頑張っておられるかも……」


「えっ? 俺の状況はともかく、トリュやエルについても?」

「……きっと今も、トリュ様は楽曲の理解を深めるために。エル様は振り付けを完全なものにするために。おふたりはケース様にお伝えすために時間を惜しまずに活動してらっしゃるでしょう」

 そうか、そう言われれば確かに。俺に教えるという事は俺より先にゴールに到着しているという事になる。トリュとエルは、ただ俺をしごいているだけではないんだ……。


「それが、プロデューサーたちのお仕事なんです」

 ユアは懐かしむような表情カオでそう言った。


「私たち、愛燈アイドールはまず協力者が居なければ何者にもなれません――――」


 ユアは俺の手を取りって、

「それを、どうかお忘れ無きよう。よろしくお願いします、ケース様」

「先輩にそう言われたら、忘れようもないですよ」

「まあ、先輩なんて――――」

 とんでもない、とユアは恥ずかしそうに首を横に振った。

「いやいや、ユアは頼もしい先輩です。俺ひとりじゃ気付かない事でしたよ」

 トリュの事、エルの事。

「そんな事はありません。私も生前はあまり気付かないままでしたから。……大切なものは失ってから気付く、とは良く言ったものですね」

 ふと、俺は思った。軽いジョークのようなつもりだった。


「ははっ、失ったのはユアじゃなくてユアの周りの人たちなんじゃないですか? ユアは幽霊なんだから」


 ユアは硬直した。あれ? 俺何か地雷でも踏んだだろうか?

 そういえば、ユアの死因は圧迫死と言っていたな。普通ではあり得ない死に方だ。

「――確かに、そうかもしれません」

 それから、ユアは無言になってしまった。俺も何を話しかけたらいいのか。無言になる。

「な、何だかごめんなさい……。ユアにはユアの事情があるんだろうし、俺としたら軽率でした!」

 何とか声を出してユアに謝ってみた。

「い、いえ、こちらこそ! 急にしんみりしてしまってすみません! ……とりあえず、後悔の無いように。頑張って下さい!」

 ユアはまた――霧葉ちゃんとそっくりの――愛くるしい、天使のような表情で微笑む。月明かりにほのかに照らされた美しく長い金髪が軽く揺れる。


「それでは、今晩はこの辺でおいとましますね。よく眠って明日に備えてください」

「ああ、ありがとうございます、ユア」

 そうして、少女はまた霧の中に消えていった――――


 明日からはもっと頑張ろう。

 俺は眠りについた。

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