第11話 初ライブが決まったぞ!
トリュとエル、そして俺はミソラ神殿の正面までやって来ていた。
「おーっし、それじゃ行くぞ!」
トリュはなぜか右腕をグルングルン回している。いやそんな殴り込みじゃないんだから。多分。
「このミソラ神殿は中央に参拝広場、両脇にいくつかの
エルが解説してくれる。
「あ、俺この間参拝広場らしいところには行きました。トリュと、メロウの家に行く時に」
あの時、確かに来舞申込みはここでするとトリュは言っていたっけ。
「よーっしゃ、行くぞ受付!」
トリュはまた大股でミソラ神殿に入っていく。俺とエルが追いかける。
今回は中央の参拝広場は無視して、手前の廊下を右へと進む。その突き当りにはちょっとした広間が在った。壁には、ポスターらしき張り紙がみっしりと。これは……色んな
「あちらのカウンターが受付になります」
横からエルが説明してくれる。トリュはもうすでにカウンターに立って交渉を始めていた。
「交渉はトリュ様にお任せして大丈夫でしょう」
「ホントですか? あいつに任せてたらご破綻になったりしませんか?」
俺としてはご破綻になってくれても構わないのだが。トリュは大上段で破天荒な男だ。交渉や営業なんて一番向いてないはずだ。
「ああ見えて、やり手のプロデューサーでしたから、トリュ様は」
エルは余裕の表情だ。
…………。
数分後。
トリュがカウンターの方からこちらへ向けて腕で大きな丸を作ってみせた。
どうやら交渉成立してしまったようだ。
早足にトリュがこちらに向かってくる。
「2週間後の金の曜日の夜、小ホールだ」
うわっ、具体的に決まってる。
「ワンマンですか? タイバンですか?」
エルがトリュに訊ねる。あ、その辺の言葉は俺の居た世界と変わらないんですね。
「タイバンだ。この日は無名歌王歌姫が数人参加する事になっている。新人マニアが足繁く通うライブだ」
「ああ、こっちの世界でもそういうマニア居るんですねぇ……」
解るぞ。無名時代からの推しを作りたいその気持ち。俺もスタメが、
思えばあれは、雨の秋葉原の街頭で――――
「はい、余計な回想無しでお願いしまーす!」
トリュが俺のモノローグに割り込んできた。ちょっと待て、今いいところだったはずだぞ!?
「タイバンは各歌王歌姫が持ち歌を3曲程度ずつ、順番に披露する。少ない曲数だが顔見世程度とバカにしてはいけないぞ。見るヤツはしっかり見てるんだからな」
はい、はい、解ります。よーっく解ります。俺は深く頷く。
「なのでこれから、屋敷に帰って来舞で披露する曲を決めてそれを重点的にレッスンしていく。いいな?」
「……了解です」
決まってしまったのなら仕方ない。元の世界に帰る手段も
「往生際がいいな」
トリュがニヤリと笑う。
「これから忙しくなりますね」
エルもどことなく楽しそうだ。
――――俺たちの戦いはこれからだ! <完>
じゃ、無い!!
「
トリュが音楽再生の呪文を唱える。
屋敷に戻った俺たちは、応接間で再びメロウの作った楽曲達を聴き込んでいた。
傍らにはエルの淹れた紅茶がある。
「やっぱり『掴み』はこの曲だろうな」
「そうですね。おそらくメロウ様もそういうおつもりで作られたかと思います」
「俺もこの曲、好きです」
「しかしなぁ……この中でも難易度そこそこ有るぞ? やれるかケース?」
「はぁ……もうやるしかないでしょう?」
来舞も決まってしまった。決戦は半月後。半月しかないが、やれるとこまでやるしかない。
「よーし、いい心掛けだ!」
わしわし、と俺の頭を掴んでぐちゃぐちゃにする。やめてくれ、トリュ。お前の方が背が高いからって調子乗るなコラ。中身は同い年の27歳だぞ。
「次の曲は、どういたしましょう? 落ち着いた曲か、またアップテンポで持っていくか」
「そうだな、たった3曲と言っても緩急は付けたいところだな」
トリュは紅茶のカップに口を付け、上品に一口飲む。
俺たちの持ち時間は約15分以下。その間に曲を披露しなければならない。
15分と言えばあっという間の時間のはず。しかし演じる側となると永遠に近い時間に感じるのだろうと予想出来る。
「で、こっちがメロウが用意した歌詞だ」
「相変わらず、ロマンティックな表現が多いですねぇ……」
そこにはびっちりと、歌詞と歌唱ポイントの走り書きが記されていた。
この曲も、この詞も、あの汚部屋から生まれたのだと思うとなんだか感慨深い。
「てか本当に作ったんですか?あのメロウが?」
「ああ見えて繊細なお方なのですよ、メロウ様は」
エルが応える。
「メロウ様も幼い頃から存じておりますから」
やっぱり、トリュとエルとメロウは何か深い繋がりが有るようだ。
「なんだ、いつもよりも丁寧にメモってないかメロのやつ」
「ケース様に解りやすく解説致してるのでしょうね」
「そうなんですか?」
「昔はもっとシンプルでも、歌詞とサビについてくらいで通じてたからなぁ」
かなり優遇と手加減をされたじゃないか、ケース。とトリュは譜面から目を離さないまま言った。
「決めた。2曲めはこの曲。少し落ち着いた感じで行こう。そして3曲めはまたアップテンポに明るく解散でどうだ?」
トリュは目線を歌詞から外して俺の方を軽く見た。
「それでよろしいかと」
エルは軽く目を伏せ、頷いた。
「なんせ一番最初の出番だからな~。次への繋ぎも考えたらまあ、こんなもんだろう」
「え。一番最初って」
ドドドド、ド緊張するじゃないですかっ!?
「そりゃだって、どこの馬の骨とも知らん新人なら前座同然の最初になるだろうよ」
「ああ、なるほど……」
「余計な緊張は無用ですよ、ケース様」
エルは続けて紅茶のお代わりをお淹れしましょうか? と、気遣ってくれた。
「それでは、明日からは振り付けなどもレッスンに含んで参りましょう」
「俺はこの3曲を重点的にケースに叩き込む」
ふたりはまた、俺にレッスンを課す計画を立て始めた。
「お手柔らかにお願いします……」
俺は苦笑いで、ふたりに懇願した。
「お手柔らかくで間に合うわけあるか~い!!」
トリュは手に持った紙束を丸めて、俺を軽く殴った。
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