第10話 俺の曲を貰った(過去に何があったんだ?)!

「う~~~んっ! やっぱりエルのサンドイッチは最高!」

「お褒めに預かり光栄です、メロウ様」


 メロウのくせ毛が左右に揺れている。ゴキゲンな証拠だろうか?


 エルが持ってきたバスケットには大量のサンドイッチや副菜、飲み物が入っていた。

 これ全部メロウが食べるんだろうか。あの小柄な身体で? けれど一昨日から何も食べていないと言っていたからなぁ……。


「……全部で何曲作ったんだ?」

 トリュがメロウに訊ねる。

「ん? わかんない。トリュが数えてよ」

 メロウはゴクリ、とエル特製のミックスジュースでパンを流し込む。

 トリュの手元には分厚い紙の束が有った。


「とりあえずケースの声と呪歌ジュカのイメージで、思い浮かぶだけ書いてみた。アップテンポな曲も、バラードっぽい曲も有るよ」

 トリュはパラパラと紙の束を捲っていく。

「……よくまあ、たった3日でこれだけ書いたもんだ。流石だな、メロウ」

「ボツにする曲、有っても全然かまわないから」


 どうせ次の曲も自然に出てくるだろうし、とメロウは余裕綽々とピクルスをかじった。


「そんなに無理をして、お身体に障ったらいけませんよ、メロウ様」

 エルが心配そうにメロウを覗き込む。

「だーいじょうぶだって。不規則な生活には慣れまくってるから」

「それがいけません!」


「……あの、この紙の束、全部俺の曲なんですか…?」

 俺はまさか、こんなに用意されるとは思っても居なかった。せいぜい2、3曲出来たら十分だろうとたかをくくっていた。

「だって3日も有ったら、最低12曲は出来る計算じゃん?」

 ……『天才』を舐めていた。


「それでもこんなに勢い良く曲を作ったのはかれこれ4年ぶりになるか……」

 トリュがポツリと漏らした。

「……そうだね。もう4年になる」

歌姫うたひめ新人賞の時以来ですものね。時が流れるのは早いです」

 3人ともしみじみと話している。4年前? 何が有ったんだ。なんだか入りづらい雰囲気だ。


「あのう……」

 それでも俺は少し勇気を出して踏み込んでみた。

「4年前に何か有ったんですか?」

「………………」

 3人は黙ってしまった。やはり訊ねたらダメだったか?


「……俺がプロデュースしていた歌姫が、新人賞で優勝したんだ」

 トリュが切り出してくれた。

「へえええええ!! それはすごいじゃないですか!」

「ああ、すごいだろう。俺の実力の賜物だな!」

「歌姫の実力の間違いだろー」

 メロウが突っ込む。

「美しい容姿と声と、呪歌をお持ちの方でしたからねぇ……」

 エルは懐かしむ表情をした。

「それで、その歌姫は今どうしているんですか?」

 俺は素朴な疑問を訊ねた。


「………………」


 また3人は止まってしまった。


「遠いところに行ってしまったのさ。あれ以来会っていない」

 そう、トリュが答えた。

 エルとメロウはやや下を向いている。


 ……今はこれ以上訊いたらダメだな。鈍い俺でもそう思った。


「さーて! それじゃメロ先生の曲をひとつずつ試聴していこうか!! 再生プレイ!」

 トリュが指を鳴らすと、手に持った譜面の紙束が宙に浮いた。そうして、メロウが作り出した楽曲が再生され始めたのだった――


「すご……メロウ、魔術で曲を書いてるんですか?」

 俺は小声でメロウに質問した。

「いいや。私はただの一般人。ただしあの譜面には魔力が少し使われていて、あーやって魔術師が魔術を使えば再生されるようになってるんだ」

 魔術師ってのはデタラメなヤツラだよ、とメロウは手にしたタマゴサンドを頬張りながら言った。


 譜面から流れるメロウの曲は、どれもキャッチーでいて、優しく、時に激しく、人の心を掴む何かが在った。同じ人物が作っているとは解っても、似通っているとは思わない。これがトリュの言う「天才」の作る曲達か。


 ここに、俺の歌が乗るのか――?


 流れる曲へのときめきとは裏腹に、不安も浮かんでくる。いくら俺の声と呪歌をイメージしたと言われても、これは。俺を買いかぶり過ぎていないか?


「お、緊張してきたな少年」


 隣の席のトリュが茶化す。

「あ、当たり前でしょう! 俺の曲って言われてもこんな――」

「なんだ、私の作る曲に不満でも有るのか?」

 パストラミサンドを飲み込みながら、メロウがこちらを睨む。

「曲に不満なんてないです! けど、本当にこれに俺の声が乗るのかと思うと」

 メロウは次に手を取るサンドイッチを選びながら、

「まあ、確かに今のお前の技術スキルじゃ無理だな。どの曲も、もう少し上のレベルを想定して書いたもん」

「ええっ、何でそんな事したんですか?」

 厳しい。

「甘えるなケース。プロの曲を乗りこなすなら相応の修練が必要だ。解るな?」

 トリュも厳しい。

「この楽曲の数々を歌いこなせたら、素敵な来舞ライブになるでしょうねえ……歌いこなせるなら」

 エルまでも厳しい!


 これはまた、まだまだ地獄のレッスンが続くという事ではないですか? もうかれこれ10日続いているワケだけれど、いつまで続くんだろうこの生活。


「とりあえず来舞まで」

「うおっ」


 心でも読んだのか!? そんな魔術でもあるのか!? トリュが俺の思考途中に割り込んできた。

「まず第一の目標はこの、ギエドの街のヒバリ神殿の小ホール!」

「妥当でございますわね」

「まあそんなとこだろうね」

「どんなとこなんですかそれっ?」

 トリュは俺の疑問を無視して続ける。

「半月後くらいには、お披露目の来舞ができればいいんだが……きーめたっ!」

 バン、とテーブルと叩いて立ち上がる。


「帰りに神殿に寄って、会場を抑えてみるぞ!」


 トリュは力強く宣言した――――



 夕方。お腹いっぱいになったメロウは、この3日間の徹夜が祟ったのだろう、とてつもなく眠そうに

「ほんじゃ、がんばってねぇ~。はぁふ」

 大きなあくびをしながら俺たちを見送ってくれた。

「よく眠っておけよ、メロウ」

「あーい」

 メロウはトリュの言葉に力なく答える。さっさとおいとました方が良さそうだ。


 俺、トリュ、エルはメロウと別れ、帰宅の途につく。

 来る時には食べ物でいっぱいだったエルのバスケットだが、帰りには譜面でいっぱいになっていた。

「――の、前に!」

 はいはーいと添乗員のように誘導するトリュ。

「これからミソラ神殿に寄って行きまーっす! 目的はもちろん、来舞の申し込みでーっす!」


 やっぱり、行くんですか。

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