第9話 ユアとの語りとエルのお仕事!

 その晩。


 寝室の窓の外から月明かりが漏れていた。

 そうだ、今夜だったらユアに会えるかもしれない――――

 俺は窓辺に向かって例のTVのリモコンの電源スイッチを入れた。

 すると、どうだろう。たちまち霧のようなモヤが立ち上がり、中からひとりの少女が浮き上がってきた。

 ユアである。


「お久しぶりです、ケース様!」

 ユアは長い金髪を揺らして、ペコリとお辞儀をする。か、かわいい……。

「ああ、お久しぶりです……!」

 さて、何から話したものか。

 俺とユアはベッドに軽く腰掛けた。

 …………ユアは気にしていないようだが俺は少々気まずい。この部屋、俺ひとり部屋だから椅子が無いんだった。

 今度エルに適当に言って、椅子とテーブルでも用意して貰おう。

 

「あれから、ケース様はどう過ごしていましたか?」

「それが――――」


 積もる話になる。

 トリュの事、エルの事、特訓の事、メロウの事。

 俺はなるべく手短に、しかし大事なことは漏らさないようにユアに説明した。はずである。


「…………そうでしたか。メロまで巻き込んで――――」

「あれ? メロウの事、知ってるんですか?」

 ユアはハッとする。

「は、はい! メロウ様と言えばこの街でも有名なアーティストですから!! まさか彼女から曲を頂けるとは、すごいですねケース様!」

 そんなにすごい事だったのか。

「いずれ、私もケース様の歌を聴いてみたいです!」

 ユアはにっこりと優しく微笑んだ。

「いや、そんな大層なモノじゃないですよ。ほんとヘタクソだし……」

呪歌ジュカ技術スキルだけで歌うものではありません」

 ユアが真剣な顔になった。

「想う気持ち、想う愛、大切な何かをイメージして、聴く人にもその温かい気持ちを伝えて共有する。それが呪歌の本当のチカラです。それが癒やしに繋がるんです」

「あ、何となく解ります。俺の世界のアイドルも、歌の上手さじゃなくて――勿論上手いことに越したことはないけど――その頑張る姿を見て、応援したいなって思うんです。それでファンがついて応援するんですよ」

「そう、そう、そんな感じです!」

 ユアは力強く首を縦に振る。

「ですから、決して諦めないでくださいね!ケース様!」

 応援されてしまった。

 いや俺はだから、ステージの下からアイドルを応援するファンの側なんですけど?


「あら、もう夜明けが近づいてきます。私は行きますね」

「えっ」

「次も気軽に喚んでください。お身体には気をつけて」

 ユアはベッドサイドから立ち上がり、窓辺に手を置いた。

「それでは、また」

 彼女は喚び出した時と同じように、霧の中に消えていった――――




 ――――3日後。


 今日はメロウが言っていた、俺の曲が渡される日だ。


「本日は私もメロウ様のお家にご一緒します」

 エルは何やら大きなバスケットを持って玄関先に現れた。

 外出と言っても、近所なのでいつもの清楚なメイド服のままなのだそうだ。

「お、気が利くな」

 トリュはニヤリと笑った。

 こちらは本日は赤いシャツに黒いVネックのカーディガン、そしてまた虎柄のセカンドバッグ。あれお気に入りなのか?

「ふふ。大体予想は付きますから」

 先日とさして変わらない、白いシャツにジーンズもどきのパンツを履き、鞄にリモコンを忍ばせた俺は好奇心からエルに訊ねた。

「何なに? 何ですか?」

「メロウ様のお宅に着けば解りますよ」


 今日は3人での外出だ。


 先日のように、アケビの坂道を抜け、メインストリートに出ると、今日は真っ直ぐとメロウの家に向かう。

「ミソラ神殿にお参りはしなくていいんですか?」

 一応訊いておこう。

「ああ、それよりも早くメロウの家に行ったほうがいいだろうからな」

「メロウ様、ご無事でしたらいいんですけれど」

「は?」

 作詞・作曲で無事じゃない何かが有るのか? この世界のクリエイターは何か大変な魔術でも使っているのか!?


 例の治安の悪そうな通りを抜け、白いメロウの家の前に到着した。

 今日はエルがコンコン、とドアを叩く。

「メロウ様~? 生きていらっしゃいますか~?」

「―――っ」

 奥から返事らしい声が聞こえる。

 良かった。メロウは生きているらしい。

「――――開いてるから入ってどうぞ~!」

 今度はメロウの声がはっきりと聞こえた。

「それでは、お邪魔して。トリュ様、ケース様どうぞ」

 エルがドアノブに手を掛ける。そうして先にトリュをメロウの家に通す。次いで、俺。最後に入ったのがエルだった。


「そんでメロ、進捗はどうだー?」

 トリュが単刀直入に訊く。

「ああ? 誰に訊いてんだ。完璧に決まってるだろ」


 部屋に踏み入れた俺が見たその光景は――――

 汚部屋が、更に汚部屋になり、オーバーサイズのTシャツとハーフパンツという中性的でルーズな格好をしたメロウ――あれ? これ3日前と同じ格好じゃないか?――は、床に這いつくばりながら、何やら譜面をチェックしていた。

「お前、最後に食事したのいつ?」

 汚部屋を掻き分けてトリュがメロウの目の前に立った。

「あー? 一昨日くらいに食べたばかりかな」

 ガサガサガサ、と俺のそばに積み上げられた荷物の奥から音がした。

「ミャー!」

 先日の黒猫だ。カーデとか言ったか。よしよーし。いい子だねー。

「あ、そいつ」

 メロウがこちらに目を向けた。

「ビャー!!」

「痛っ!」

 ……思いっきり、手を引っかかれた。

「私以外には懐かないんだ。って手遅れか」

「はぁ……どれ見せてみろ。猫の傷は厄介だからな」

 トリュがカーデに引っかかれた俺の手を取る。

治癒ヒール

 温かい光が灯ったと思うと、ものの数秒で完治してしまった。


「それではメロウ様、原稿を持って、避難してくださいませ」

 エルがシュッ、と腕まくりをする。

 メロウはハッ! と身構える。

「や、やめろ。何も捨てるモノも置き場所を変えるモノも無いんだ……」

「大丈夫です。捨てはしませんので」

「うわぁぁぁ嘘だ、エルそう言って前に私のお菓子の空箱沢山捨てただろ――!!」

「あれはゴミでございました」

「集めてた、ポイント集めてたんだよーっ!!」

「ポイントだけ切り抜いて集めてくださいまし」

「鬼、悪魔! 冥土の番人!」

「メイド冥利につきますね。うふふ」

 ――そこから数十分。エルの華麗なる家事捌きをこの目に焼き付ける事になった。


「いいかケース……」

 そういえばトリュがおとなしい。トリュのくせに。

「メイドスイッチが入ったエルには、逆らったらいけない」

「は、はい……」

 エルの仕事ぶりには、トリュも一目置いている(?)ようだった。


「うう……私のウサちゃんが行方不明だ……」

 メロウの頭上の髪の毛が萎えている。気分が落ち込むとくせ毛も落ち込むのか?

「ウサちゃんはピアノの上にちゃんと乗っかっておりますよ」

「こないだ買った新譜の山は」

「全て本棚に収容いたしました」


 見事に床の見える部屋になっていた。


「さあ、お部屋もスッキリいたしましたし」

 エルはパーンと手を叩く。

「メロウ様、お食事の時間ですよ」

 と、持ってきた大きなバスケットをテーブルの上に置いた。

「お好きなだけ召し上がってくださいませ」

「え、え、いいのっ!?」

 さっきまで萎えていたくせ毛が、ピンと立っている。

「ええ、もちろん。メロウ様のお食事量を推測して作ってまいりましたから」

「ありがと~!! エル優しいっ!!」

 メロウはエルに感謝しながらバスケットの蓋を開けた。

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