第8話 メロウのメロディー!

「茶は無いぞ。そこらに座ってけ」

 メロウはそう言って、テーブルの椅子に座ると自分のマグカップに口をつけた。

「なんか飲んでるじゃないかーい!」

 トリュがすかさず突っ込む。

「うっさい、これは朝のカフェオレの残りだ」


 メロウという少女、女性? の部屋は暗く、カーテンを締め切って、あちこちに納音ノートや本や雑貨やぬいぐるみ、洋服が散乱している。

 あー、これ、汚部屋の主ですね。


「なんだ、さっきからジロジロと。とことん失礼なやつだな」

「あ、いえ、初めての場所なので気になって……」

「ふん」


「ところでバカトリュ。このチンチクリンは何なんだ? 初めて見る顔だが」

「……俺が召喚に成功した歌王うたおうだ」


「……はい!? まだそんな事やってたのか!?」


「どうしても、やらにゃあかんからな」

「……ちっ」

 メロウは舌打ちした。


「いつまで過去を引きずってるんだか」

「それはお前もだろうが」

 ? 俺には話が見えない。


 メロウは辛辣に

「まあ歌王って言っても、ピンキリだしな。こいつなんか凄い地味だし」

 すみません。平凡なドルオタ日本人はこんなもんです。

「それは否めないな。けれど――」

 トリュは真顔で続ける。


「ケースの歌は、まだまだ荒削りだが本物の呪歌ジュカだ――」


 ゴクリ、と緊張した。俺が緊張してどうする。いやだって俺の歌をそんな風に言われたのは今が初めてですよ? トリュ、そう評価していたのか。

「……お前のセンスは信用ならないからな。ひょっとして魔力も落ちたのか?」

 メロウは決して流されない。

「嘘だと思うなら、試してみればいい」

「試して本当だったとしても、私の答えは一緒だ。歌王の仕事の依頼は受け付けない。私は私の為に気ままにやるだけだ」

「まあそう言いなさんなって。ちょっとこいつの歌を聴いてみるだけでもいいだろう?」


 そこのピアノを使って。と、トリュは何やら洋服だのぬいぐるみだのの山に埋もれた何かを指差した。え、あれピアノだったんですか?

「どうせ調律だけはやってるんだろ」

「お前には関係ない」


「関係ありまーっす!」


 トリュは雑貨の山を威勢よく掻き分けた。

 洋服やぬいぐるみが散乱する。いや、元から散乱していたので、少し場所が動いただけか。

 そこには黒い、アップライトピアノが在った。よくこんなのが隠れてましたね??

 トリュはピアノの蓋を開け鍵盤を露出させ、指でポーンと音を試す。

「ほら、調律してある」

「…………バカトリュ」

 メロウはトリュをジトッと見つめる。対してトリュは不敵な笑みを浮かべている。

「まあ気軽に聴いてみるだけでもしてみてくれよ、メロ」

「『メロウ』だ。適当な名前で呼ぶな」


 ピアノの前に陣取り、椅子に腰掛けたトリュは

「ケース、こっち来て。歌うから」

「え」

「いつもの課題曲だ。普段どおりに歌えばいい」

 この人の前で歌うんですか? また初対面の人の前で!?


 メロウはマグカップに手を添えて、またジトッとこちらを見ている。

 そしてニヤリ、とこちらを小馬鹿にして

「何こいつ、緊張してるじゃん。こんなんで歌王なんて言えるのか?」


「……す、すみませんねぇ!」

「おい、歌王になって来舞ライブするなら、どいつもこいつも初対面の人間の前で歌うんだぞ。たかがメロの前で怖気づいてどうすんだ!?」

「メロ呼びはやめろ! しかも『たかが』とは失礼な――」


 ポーン、とピアノの音がした。

 トリュが前奏を弾き出した。

「はいっ! キビキビするっ! 前向いて腹から声出して~! せ~のっ!」


 俺はトリュに促されるままに歌いだしていた。

 この1週間、散々歌わされた曲だ。もう反射的に声が出てくる。


「~♪ 幸福の鳥に見守られ~~~♪」


 メロウがマグカップを持つ手を止めた。


「どうしても 僕は行く~~~~♪」


 う、歌い終わった……。トリュは鍵盤から目を外し、こちらを向いた。


「で、どうだったよメロウ先生? そのアタマのくせ毛、リズムに合わせてピョコピョコ揺れてましたけど?」


「…………む。思ったよりは、良かった。けどまだまだ改善の余地はありまくり。あと選曲がダッサ」


 椅子から立ち上がったメロウは、邪魔、と言ってトリュをピアノの前からどかし、ピアノの椅子に座った。


 ポーン、タンタン、と軽快なメロディが流れ始めた。

「こいつ、名前なんて言うの?」

「『ケース』だ」

「そう。ケース。お前、今の曲よりもう少しアップテンポの曲のほうが似合うよ」

 例えばこんな感じ……と、メロウはピアノを操り出した。


 え、これ、即興……?


「メロウ・ヨハンソン。ちびっ子だが数年前から作詞・作曲家として活動している天才アーティストだ」

 トリュが横で説明してくれた。トリュが「天才」と言うのなら、信じられる。その才能は折り紙付きなのだろう。


「ちびっ子? コロされたいの? もう22歳なんだけど」

 メロウは悪態を吐きつつも、ピアノを弾く手は止めない。

「おお、もうそんな歳か。はえーなぁ……」

 トリュは瞬間、目を細め、遠くを見つめるような表情をした。

「バカトリュはすっかりオッサンだからね」

「失礼な。まだまだ若い27歳。現役麗人だ」

「アーハイハイ」

 軽口を言い合う二人。やりとりを見て解る。どうやら長い付き合いのようだ。


「…………3日くらいちょうだい。その間に何曲か出してみるから」

 メロウはそう言って、ピアノの前から立ち上がると、何が入っているか解らない雑貨の山の中からペンと譜面の束を持ち出してきた。


「おう、3日でいいのか?」

「どうせそれくらいしか待てないだろ。バカトリュはせっかちなんだから」

「話が早い」

 トリュはニヤリ、と笑った。

「良かったなぁケース! 大先生がお前専用の曲を書いてくれるぞ!!」

 バーン、と勢いよくトリュに背中を叩かれる。

「えっ、えっ、本当に? いいんですか?? 俺なんかに??」

「……まずバカトリュは『大先生』呼びはやめろ。キモい。次にケースは『俺なんか』をやめろ。私の価値も下がる」

「は、はい……」

「お、いい事言うなあメロウは!」


「集中したいからもう出ていって。じゃ」


 メロウはそう言うと、家の扉を開けてすぐ出ていくように促した。俺たちはそそくさと退散するしかなかった。


 帰り道。雑踏を通り抜け、再び、静かなアケビの坂を通る。今度は上り坂だ。

「ケース」

「はい?」

「お前は見かけは地味でアレだし、歌の技術スキルもまだまだだが、呪歌の力は本物だ。いや、本物以上の何かが有るのかもしれない」

「そうでしょうかね?」

 一介のドルオタ会社員にそんなに才能が有るとは到底思えない。

「あのメロをやる気にさせたんだ。実力だけじゃ動かないあのメロを」


 さぁっ、と風が吹いた。ピンクや白のアケビの花が揺れる。華やかな風景だ。


「少し、期待しているぞ」

「メロウさんの曲ですね! どんなモノが出来てくるんだろう――?」

「あ、いや……まあいいか」


「さぁて、帰ったら今日の分の筋トレと発声練習!」

「え、今日はお休みじゃないんですかぁ!?」

「誰がそんな事をいつ言いましたぁ~? 何月何日何時何分この星が何回回った時~ぃ??」

 はぁ? こいつ小学生かよ!?


 こうして俺はまた、屋敷に戻ってトレーニングを開始するのだった――――

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