第7話 街へ出よう!
翌日。
トリュと俺は街へ繰り出す事になった。
エルは屋敷の仕事がありますから、と辞退した。
俺はトリュに新しく用意されたシンプルな白いシャツ――今度はフリルは付いてない――とジーンズのような綿のパンツ、そして小さな肩掛け鞄には例のリモコンを仕舞い込み、屋敷の玄関でトリュを待っていた。
「よぉ、お待たせ」
トリュはいつぞやの怪しいピンクのカーディガンスタイルではなく、フラットな黒いシャツと黒いパンツ、そして少々怪しげな虎柄のセカンドバッグを持って現れた。スタイルはいい。いいのだが――何でどこかツッコミどころ持ってくるんだろうこの人は。
「まさか街へ行くのが初めてだったとは、うかつだったなぁ!」
「このままずーっと、屋敷に閉じ込められるのかと思ってましたよ」
あはは、すまんすまん、とトリュは気軽に笑い飛ばす。
「この屋敷は高台に有ってな。坂を下れば、すぐに街に着く」
「魔術師が箒でひとっ飛び~みたいのは無いんですか?」
「いつまでも丈夫な足腰を心掛けています!」
「はぁ……そうですか」
どうやら徒歩で向かうらしい。まあいいんだけど。
「それにほら、今この道はアケビの花が見どころなんだぞ」
アケビ……確か日本でも有るような。俺は花の名前や種類なんてサッパリだが、ピンクと白の大小の花が咲く風景は確かに綺麗だった。
そういえば元の世界じゃ会社と家の行き来と霧葉ちゃんチェックに追われて、花を見る余裕なんて無かったな……。
空には鳥が舞っている。
「お、アレはヒバリじゃないか。縁起がいいな!」
ヒバリはこの国では吉報を運ぶ神の遣いとされているらしい。
トリュは鼻歌を歌いながらアケビの坂道を下っていった。
アケビの道を抜けると、ぽつぽつと建物が見えてきた。商店らしき建物も有る。
「そこの石垣を曲がれば、もう街のメインストリートだ」
人の声や何かの動く音が聞こえてくる。俺たちは石垣を曲がった。
――そこはさっきまでの静かな佇まいとは違い、荷馬車が行き交い軒並みに商店が連なり、多くの人々が行き交うまさにメインストリートだった。
「どうだ、ケース。こっちの世界の街は」
「はあ……これは凄いですね……」
中世ヨーロッパのようだ、と言えばいいのだろうか。俺が暮らしていた東京とはまるで違う風景だ。
「そういえばまだこの国、地域の説明をしていなかったな」
トリュはいつもより少しのんびりした口調で説明を始めた。
「この国はイルフェーン王国。ここはギエド公爵が統治するギエド領だ。国の北端に位置して……隣国との貿易だな。主にそれで栄えている」
まぁ、要するに北の田舎町に毛が生えたようなもんだ。とトリュは言った。
「これで田舎じゃ、首都は凄いんですか?」
「おう、首都は『キノン』って言ってな。あそこに行けば何でも有る」
「へぇ~」
「いずれお前がでっかい
「あっはっはっは」
乾いた笑いでかわした。
「今日街に出たのは――お、ほらあそこ。真っ直ぐ行ったところに見えるだろう?」
トリュが指差したのは白い、まるで神殿のような建物だった。
「音楽神ミソラの神殿だ。とりあえずあそこにお参りでもしていこうか――」
へぇ、この男、神なんて信じて居なさそうに見えるが意外と信心深いのか?
「
ああ、なるほど、そういう事ですか。……てか来舞!?
「まっ、まさか今から来舞申し込みでもするんですか!?」
「しねーよ。そもそもお前、まだまだ下手だし。それに自分の曲すら持ってないじゃないか」
「あっそうか……」
ほっとした。
この破天荒な男ならいきなりぶっつけで来舞をやるとか言いかねないと思ったのだ。
「神殿はついでだついで」
トリュはほら、と大股で神殿に入り込む。
信心深いと思ったのは俺の幻想だったようだ。
「賽銭は……まぁコレくらいでいいだろ。ほら、ケースの分も」
俺はトリュから一枚の銀貨を渡された。これを奥の泉に向かって投げるのが、このミソラ神殿の習わしらしい。
へぇ……元の世界でも神社とか、海外の神様であるよなこういうの。
俺はトリュに習って勢い良く銀貨を投げた。そうして
(早く帰らせてください……)
と願ったのだった。
って、言うかちょっと待て! 今銀貨を渡されたよな? それ俺投げたよな? 俺、初めてこっちの世界の通貨を見たよな!?
「あの、もしかして、俺って無一文なんじゃ――――」
「あ? そういえば金なんて渡して無かったな。まぁ家の中じゃ使い道も無かったしな~」
これは、仮に今逃げられるとしても逃げられない。持つべきものは金だ。
「まあ必要に応じて渡すから。適当に言ってくれや」
「はぁ………」
俺は軽く絶望した。何で金の事を気にも掛けなかったんだろう……?
「それじゃ、次。今日の本命に行くから」
トリュはさっさと神殿を後にしようとしていた。
「あ、待って下さい――――!」
こんなところでひとりになったら大変だ。俺の所持品、リモコンしかない。
大通りをしばらく歩いて、路地に入り込む。
商店街から一転、住宅地だろうか。少々治安が……よろしくない気がする。道にはゴミが落ち、昼間から呑んだくれた酔っぱらいが転がっている。
「おう、ここだここ」
とある白い家の前でトリュが立ち止まった。
「今日はここに連れてきたかったんだ」
トリュはドアをドンドンドン、と強く3回叩いた。しかし反応は無い。
もう一度、ドンドンドンとドアを強く叩く。しかしやはり反応は無い。
「あの~、ご不在なんじゃ?」
「いや、いつもの事だから」
「おーい!!」
トリュは今度は大声を出した。
「居るんだろ!? メロウ! メロウ・ヨハンソン先生よぉ!!」
まだ無反応だ。
「いい加減開けろや、このドア蹴り倒すぞ!!」
ゴトリ、と建物の中から物音が聞こえ、ドアが少し開けられた。
その小さな隙間、低いところから色素の薄い空色の瞳が見えた。
「ドア蹴り倒されるのは、困る。やったら弁償しろバカトリュ。今日は何しに来た」
「メロウ先生に会いに来るって事は、目的はだいたい決まってるだろ!?」
トリュはその隙間に手を入れ、すかさずドアを全開した。
「あっ!」
ミャー!!
一匹の黒い猫が飛び出し、俺とトリュの前を横切った。
「カーデ、おいで!」
猫は軽々と塀の上に登ると、こちらを一瞥して去っていった。
「あーあ……カーデは一度出たら半日は戻らない。お前達のせいだ」
えっ、俺もですか!? トリュのせいですよね!?
「仕事は受けないと言っているだろう、バカトリュ」
バカトリュ。いい響きだ。俺も言ってみたい。
「まあ、家の前で話すのも物騒だ。特別に中に入れてやる」
そう言って、小柄で肩までの長さの水色髪、頭上でくせ毛がぴょんと跳ねている少年は俺たちを中に招き入れてくれた。服装は大きめのTシャツにハーフパンツ。部屋着だな。
「……ところで。おい、お前」
「はい?」
「今、私を男だと思ったろう?」
「はい」
「私は女だ。覚えておけ」
え、え。え。えーっ!?
「私の名前はメロウ。メロウ・ヨハンソン。これでも立派な成人だ!」
すっかり、13、14歳くらいの少年かと思っていた。
「子供扱いするやつはコロス」
「ま~たまた、物騒なんだからメロウはなー!?」
トリュが間に入ってきた。助かるのか? 混線するのか!?
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