第6話 レッスン開始!

呪歌ジュカは心の強さ、信念の強さなどをそのまま歌に乗せ聴き手に癒やしを与えるチカラや現象だ」


 トリュが説明を始めた。


「ケースの場合は多分、何か強い思い入れなんかが作用して他人に癒やし効果を与えているんじゃないか?」


「俺の強い思い入れですか…………」


 そんなの決まっている。

 スタメ、それも日園霧葉ひぞのきりはちゃんだろう。

 その想いが他人に癒やし効果って、流石に自分でも引く。これはキモオタかもしれない。


「は、はは…………」


 だから今日のライブに行かせろ、見せろとあれほど。


「まあそんなわけで想いは強いが、技術スキルはまだまだだな」

 トリュは腕組みをして考え始めた。

「これは磨けば光る原石ですねぇ」

 エルは頬に片手をやり、俺を眺めている。


「面白い。面白くなってきたなあ、エル」

「そうでございますね、トリュ様。私は最初、あれほど召喚には反対したのですけど……結果オーライだったかもしれません」


 トリュがニヤリと笑った。

「これは虐め甲斐がありそうだ」


 エルはそれを諭すように。

「鍛え甲斐、でございますよ」


 俺は俺で困惑をして、

「えっ? 何か物騒な流れになってません!?」


「物騒なんてとんでもないぞ少年! 大切に育ててやる! ……アハハ!!」


 トリュが軽快に笑った。今までの開き直ったような笑いとは違い、自然な笑顔に見えた。

 あ、この人、やっぱり綺麗な顔立ちだ。こういう笑顔が似合う。


「はい、私も及ばずながらお手伝いさせていただきます。改めてよろしくお願いしますね、ケース様」


 エルも柔和に微笑んでいる。こちらもこちらで美人さんだなぁ……。


「……あはは。俺なんかでよろしければ」


 おそらくキモオタの信念が原因とはいえ、褒められるのは素直に嬉しいよな。


「まぁしかし、調子に乗るな、ケース」

 トリュが気分を切り替えてきた。


「今のレベルじゃ来舞ライブするのには到底無理だし、納音ノートの発行なんて全然無茶無謀だからな」


 トリュはトントン、と手に持ったノートを叩く。

 なるほど、このさっきの音源が納音と言うのか。CDみたいなモノなんだろう。


「それじゃ、何から手をつければ――――」

 俺には見当もつかない。


「まずは発声練習。腹から声出せ腹から。それと体力作り筋力作りと平行してダンス、あと姿勢も悪いから歩き方も特訓だな」


「えええええ~~~~……」

 これは、本当に基礎の基礎からってヤツではないか?


「弱気になるなケース! 一応才能は有るんだからな!」

「どんどん磨いて、ダイヤモンドに仕立て上げましょう」


 トリュは珍しく俺を鼓舞し、エルはうっとりしている。

 そりゃまあ、期待されているなら、がんばります、はい。


「さて」

 納音を本棚に戻したトリュがぽんと手を叩いた。

 もしかしてこの巨大な本棚、全て納音が収まっているのか…?


「音楽方面は俺が」

「身体レッスンは私が」


「覚悟はいいかケース?」

「覚悟はよろしいですかケース様?」


 ふたりが、ほぼ同時に言葉を発した。先ほどとはニュアンスの違う、いい笑顔だ。

 それは俺にはまるで、その……


「死刑宣告かな…………?」


 地獄のレッスンの幕開けだった。



――――それから1週間。


 この間にユアと会う事は無かった。時には月が雲で隠れ、時には特訓でベッドにそのまま倒れ寝込み――

 ただ、TVのリモコンだけは無くさないように、身体訓練の際はベッドサイドの引き出しに入れ、歌のレッスンの際にはポケットに入れ持ち歩き――まるでお守りのような扱いをしていた。



「はい! 諦めない休まない! ペースを落とさず走ってくださいませ!」

 エルの声援(命令か?)が響き渡る。エルの手には木製の――あ、いや違うこれ竹刀だ――が携えられていた。メイド服に竹刀、シュールです。


 俺は毎日屋敷の周りを50周走らされた。屋敷の広さはどれくらいかと言えば、日本の小学校ひとつぶんくらいだろうか。鈍った社畜の身体にこれは応えた。


「ケース様、腕力と持久力と肺活量はそこそこ有るのにその他筋力はからきしなんですよねぇ……」


 それはつまり、スタメのライブ現場で……腕力はサイリウム振り、持久力は数時間に及ぶスタンディング、肺活量は曲間のコールアンドレスポンスで鍛えられていたんだろうか。ありがとうございます、スターメイカープロジェクト。


「はい、少し休憩して次は腹筋を鍛えましょう」


 エルが謎の飲み物差し出す。謎ドリンクなのだが、もう1週間これを筋トレの合間に飲んでいる。味は悪くもなく、良くもなく。平常時だったら別に飲みたくはない。エルいわく、筋力アップに効率的な飲み物だそうだ。所謂プロテインか? そう思うことにしよう。


「腹筋は声量におおいに関わる大事な部分ですからね――」


 台の上に乗った俺の足をエルが固定してくれる。

「おへそを覗き込むように身体を曲げてくださいね――」

 これが、相手が正真正銘の女性だったら俺の士気も著しくアップしていたかもしれない。けれどこの眼の前のメイド服の麗人は、しっかりきっかり男性だったのだ。


「まだまだ、私の腹筋より大分劣りますよ」

「は、はい…………」

 呼吸を併せて身体を折り曲げるのがやっとで会話なんて出来ない。


「はい、終わりです。大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です…………」

 また謎ドリンクをゴクリと飲む。


「1時間の休憩の後は、トリュ様の歌のレッスンになります」

「ああ……」

 これがまた、曲者で。

「ケース様、シャワーはどういたしましょう?」

「もちろん、浴びさせてもらいます」

「わかりました」


 気分もリフレッシュさせて臨戦態勢にならなきゃやってられない。


――――そうしてシャワーを浴び、着替えた後に俺はトリュの待つ広間へと向かった。

 先日のピアノと納音が有る部屋だ。


「はーい、10分前行動出来ましたね~」


 この、人をおちょくった口調。召喚から1週間、一貫してこれだ。こいつには悩みとか落ち着きとか無いのか?


「今日も基礎レッスンで~す。腹から声出して行きましょ~」

「はい!」

 俺は勢いよく返事した。ここから声を出していかないと、より厳しいレッスンに切り替わるんだ。俺はよく知っている。


「まずはリップロールから」

 そう言って、トリュは俺の唇に何かの油をスッと乗せる。乾燥しているとうまく行かない。リップロールとは、唇を閉じたまま震わせる表情筋と声帯の筋トレのようなモノらしい。


「初日より大分良くなってきたな」

「ええ、まあ……」


「次はハミングで、いつもの曲行くぞ」

「はい」

 トリュが納音を持ち指を鳴らすと、いつもの練習曲が流れる。俺はそれに合わせてハミングをするのだった。


「うーん」

 何か問題が有ったのだろうか? トリュが唸る。

「どうしました?」

「あのさぁ、毎日これじゃ、飽きてこない??」


 ……それはこっちの台詞だ!


「よーし、明日はちょっと足を伸ばして街へ出て、新しい階段上ってみようか」


 一体、何をしようって言うんだ?


「そういえば俺、屋敷の外に出るの始めてなんですけど――」


「あれ? そうだったっけ? いやすまんそれじゃ本物の拉致監禁だったじゃないか! アッハハハハ!!」


 ――――まったくこの男は!!

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