第5話 呪歌ってナンデスカ!

 食後、俺とトリュはまた部屋を移した。


 広い部屋には巨大な本棚と、グランドピアノらしき楽器が置かれていた。どうやら楽器はこの世界でも共通のようだ。


「これはこの国でポピュラーな曲のひとつだ」

 本棚から一冊のノートを取り出したトリュが親指と人差指でパチン、と音を立てると、軽快なポップソングが流れ出した。

 オーディオ機器の姿は見当たらないが、恐らくあのノートが音源なのだろう。

 魔術ってのは便利だな。

 俺は徐々にトリュの繰り出す魔術に慣れて行っていた。まあ、いちいち驚くのも疲れるし。


「歌っているのはユメイ・マッカートニー。流石の歌唱力だ」

 確かに、上手い。どの音程も外さずに高音も低音も歌い上げている。なおかつ、歌詞に合わせた感情も乗って聴こえる。

 ……これはアイドルというより、アーティストだ……。

 聴いていると自然と、何だか泣けてくるような。そして、胸にほのかに希望が湧いてくるような。


「ユメイ・マッカートニーは現・愛燈王アイドールキング。いずれお前のライバルになる男だ。覚えておけ」


「へえ~これが今のトップアイドルなんですか~。凄いですね~………………って。これと並べって言うんですか!? この歌唱力とか、無理っしょ!! いやいやいや、持って生まれたモノが違い過ぎる!」

「うん、全然才能は違うだろうな。ちなみにビジュアルも全然レベルが違いまーす」


 スッとトリュが差し出したノートの1ページ。


 そこには、銀の短髪にルビーのような赤い瞳、美しく精悍で意思の強そうな顔立ちの一人の青年が映し出されていた。


「はい、これに対抗は絶対無理っす」

「諦めたらそこで試合終了だぞ、ケース」

「試合にもならんでしょ、これ」


 むしろトリュ自身が対抗した方が勝てる見込みが有るんじゃないか?

 美形度なら、トリュはこのユメイに引けを取らないだろう。多少路線こそ違うものの多くの女性を魅了するに違いない。

 ならば目の前の自称・プロデューサーは表舞台に立つ気は無いのだろうか?


「トリュが歌って踊った方がいい歌王になれるんじゃないですか?」


「…………俺には才能が無い!」


「え?」

「俺はこう見えて、いや見た目通りの天才魔術師だがひとつだけ才能が抜け落ちていたんだ――――」


 トリュは悲痛な表情で語る。

 自信と自己中の塊のような男でもこんな顔するのか――――


「才能あふれる俺でも、呪歌ジュカの才能だけは無かった。それに、愛燈となるには年齢が遅すぎた――」


「トリュ――――」


 どんな言葉を掛けたらいいのだろうか…………。


「ってのは冗談でーす! 本当は表舞台に立つのが嫌だったからです!」


「はい?」


「だって目立ったら街とか動きづらくなるだろう? この俺の美貌は隠せないし。今でも普通にしてて目立つのに」

「…………はぁ、ソウデスネ…………」


 どこまでも調子のいい男だった。


「――――さて。それじゃあケースの歌唱力と呪歌の力を見せて貰おうかな」


「あっ……やっぱり、やります?」

「当然」


 俺は歌唱力には自信が――有るわけなかった。元の世界でも普段から歌ったりはしていなかったし、たまに歌うとしてもスタメファンのオフ会でカラオケをしてスタメの楽曲を場と酒の勢い任せに熱唱するくらいしかしていなかった。

 そんな経験しかない俺が歌を披露しろと言われても。しかも先程、愛燈王ユメイの歌を聴いてしまったばかりだ。


 コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。トリュが応答する。

「おー、入れ」

 エルである。

「ありがとうございます。こちらに、喉にいいハーブティーをお持ちしました――」

「今からケースの歌を聴いてみるところだ。お前も見物していくといい」

「まあ、それはちょうどよかったです。是非」


 うわっ、やっぱり歌わないとダメな感じですか。


 俺は緊張してきていた。

 思えばトリュもエルも二人とも、出会ったのは今日だ。なぜほぼ初対面の相手の前で、自信の無い歌を披露しなくてはならないのか。

 そもそも自分には本当に『呪歌』とかいう力が有るのか――――

 それに元々、俺は歌を披露するんじゃなくて聴きに行くのが今日の予定だったはずだぞ!? あれれ~っ? おかしいな~~~~っ!!


「それじゃ、さっき流した曲。あれの歌詞渡すから歌って」

 トリュはノートから一枚の紙を取り出す。

「難易度は相当低い国民的ヒット曲だから。肩の力を抜けって」

 抜けと言われれば、余計張り詰めるのが自然の摂理だ。緊張で声が震えないか?大丈夫か?


「はいっ! 無心無心! 最初は歌い上げようとか変な欲を出さないでいいから!」


 ほんとに? 怒らない?? キレないこの人!?

 トリュに背中をパーン! と叩かれる。


「大丈夫だ。期待はしていない」


 それを聞いて安心した。


「そ、それじゃ少しだけ……」

「おう」

「じゃ、さっきの曲を歌無しでイントロから流すから、適当に始めてちょーだい」


 さっきと同じように、トリュが指を鳴らす。イントロが流れる。

 ここからが歌の入りだったか?


「あ、あ~~~~~♪」


 やばい。初っ端から外した。

 素面で歌うのなんて何年ぶりか解らないんだすまん。


「きっ きぼうを~持って~ さぁ行け~~~」


 …………


 歌い切った。

 俺は恐る恐る横目でトリュとエルの方を見る。


「…………はぁ」

 トリュの大きなため息。

「…………これは、思ったよりも」

 エルの不安げな顔。


「ああ、レッスンが必要になるな…………けれど」


 俺、俺、ここまで来て戦力外扱いですか!? 別にいいけど! いや帰れないのは困るけど!!


「呪歌、伸びるぞ」

「伸びますねぇ……」


「えっ?」


予想外の、二人の言葉だった――――

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