第4話 語り合い!

 食堂と言われたその部屋は、俺が宿泊した部屋の三倍は広いだろうか――


「こちらにどうぞ」

 エルが俺を誘導する。

「すぐにトリュ様もいらっしゃいますので」

「あ、どうも」


 今の体型にピッタリな服――なぜか胸元にフリルが着いているがこの際気にしない――を用意され、着せられた俺はエルに促されるままに座席に着いた。

 TVのリモコンは腰のポケットに挿している。今はこれを手放してはいけない、そんな気がした。


「温かいお食事をお持ちしますね」

「ありがとうございます」


 そういえば、昨夜は残業で家に帰る途中コンビニで夜食を買ったものの、食べる前にTVのリモコンのスイッチに手を掛けて、そのまま召喚されてしまったから昨日の昼から何も食べていない。

 怒涛の流れの緊張で空腹なんて忘れていたが、いざ食事を用意すると言われると胃が反応しだして来た。

『ぐぅ~』

 腹の音だ。やめてくれ、恥ずかしい。


「ふふっ」

 エルは微笑み、お食事の出し甲斐があります、と言って厨房らしき方面に消えた。


 数分後、丁寧に淹れられた紅茶と、空腹を刺激する美味しそうな匂いのする温かいスープと、見るからにふかふかで舌触りがなめらかそうなパンと、エルが言うには鹿肉らしい、上品にソースが掛けられたソテーが運ばれた。


「さあどうぞ。お召し上がり下さい。おかわりもありますよ」

「……いただきます」

 まずは紅茶をひとくち。緊張していた身体にしみわたる暖かさと芳香だ……。ああ、こんな上品な紅茶を飲んだことは……無いなぁ……。


「ごーきげんよう!! よっ、ケース!!」

 バーン!と食堂の扉を勢い良く開けて、ズカズカと入ってきたのは――

 勿論トリュだ。

 先程と同様、ラフなシャツとパンツルックという出で立ちだ。

 しかしなんなんだ、肩にかけたピンクのカーディガンと胸ポケットに掛けられた妙に大きなサングラス?は。申し分ない美形もかなり胡散臭くなる。


「あ、食事はそのまま続けてて構わんから。俺そういうとこ煩くしないから。てか歌王うたおうは食べられる時に食べておくのも仕事だしな」

 またワケの解らないことをまくし立て始めた。そうして、俺の正面の席に着いたトリュは


「似合わねぇなあ……そのフリフリ」

 しみじみと俺に言い放った。


「この『フリフリ』をご用意したのはトリュ様ですが?」


 間にエルが入り込んだ。トリュに紅茶を注ぐ。

「うん、魔術でちょちょいと。これくらいなら簡単に用意出来るってもんだが――」

 デザイン大幅に間違った。とトリュは紅茶を一口飲んでため息をついた。


「あのぅ……俺昨日からあんたに散々な言われようなんですけど……」


「あ? そうか? でもまあ俺も一晩考えたんだけど、ケースでもギリギリ合格じゃないか? 俺の召喚に呼び応えたって事は。街角スカウトも考えたが、見かけだけじゃ『呪歌ジュカ』の魔力は測れないしな」


 俺は納得が行かない。

 なんなんだこのトリュとか言う男の大上段な態度は。本来なら今頃スタメの、幕張現地入りしているはずだったんだぞ。


「あの、俺にも俺の生活が、人生設計が有ってですねぇ――今日だって」

「人生何が起こるか解らないモノなのさ」

「……原因のトリュ様がそれをケース様に言うのは酷と言うものかと」


 しかし残念ながら、とエルは続けた。

「こちらの世界に召喚されてしまったからには、ケース様には『歌王』として決起していただく他無いかと」


「その、『歌王』って何なんですか!?」


 俺はパンをちぎり口に含みながら、昨晩から謎に思っていた事を訊ねてみた。うん、このパン、ほのかな甘味と塩味と、生地のモチモチ感がたまらない。


 トリュは胸にしまっていた大きなサングラスを掛ける。その行動に意味は有るのか?


「『歌王』は人を癒やし、希望を与える『呪歌』の使い手の総称だ――」

 前のめりなり、トリュはにこちらに話しかけてくる。美形、美形度が妙なサングラスでレベル下がっている。


「歌王――女の場合は歌姫うたひめだ。それは地元や各地を放浪し、歌を披露して人々に癒やしや希望を与える尊い存在! そしてその頂点に立つのが愛燈王アイドールキング、又は愛燈姫アイドールプリンセスとなる!」


「はぁ……」

 あ、このスープ、出汁が効いていて身体に優しくて美味しい味がする。


「お前リアクション薄いな!?」

 トリュが更に前のめりになる。


「いや、俺ただの一介のドルオタで……その歌王?歌う人?とか愛燈?アイドール?とかいう職業って俺の真逆って言うか何ていうか」

 俺は正直、ドン引き通り越して冷静になってきた。


「確かに歌には人を癒やしたり夢や希望を与える力は有ると思いますけどねー」

 俺だってスタメの、霧葉ちゃんの歌声に何度生きる勇気を貰った事か。


「何だ解ってるじゃないか、少年!」

「実質同い年じゃなかったですか?」

「この世界じゃひよっこも同然だろう、アハハ!」

「…………」

 調子がいい。


「俺には無理ですよ。アイドル追いかける方が性に有ってますし、与える側に立つなんて」

 鹿のソテーは見かけ以上に柔らかく、噛めばじゅわっと肉の味が染み出してくる。シェフ、シェフをここへ呼んでくれ。いやシェフはどうやらエルのようだったが。


 トリュがクイッとサングラスを頭の上に持ち上げる。

「呪歌」

 真顔だ。ラベンダー色の瞳がこちらを突き刺す。

「はい?」

「お前は召喚の際、呪歌の魔力を開花させているはずだ」

「知りませんよそんな事……」

「なので今日からレッスンと、様子を見て来舞ライブを始める――!!」


「はいぃぃぃいいい!?」


「トリュ様のレッスンは厳しいかもしれませんが、頑張ってくださいまし」

 エルは優しく微笑んだ。どうやら彼女、いや彼も味方ではないらしい。


「飯を食って休憩したら、早速歌の様子を見るぞ!!」

「いやちょっと待って下さいよ!? 俺全くの素人ですから!!」


 このまま流されてしまっていいのだろうか――――


 かと言って、今の俺には他に選択肢も無いのだった。

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