第3話 ギャラガー家での出会い!

 霧葉ちゃん、もとい、ユアと名乗った少女は


「……私の事は貴方とふたりだけの秘密にしてくだされば助かります。トリュ様には特に内密に」

 そう、か細く、しかし強い意思を隠さずに言った。


「あ、ああ……解った。 けれど何でトリュには内緒なんだ?」

「トリュ様は……物事を大きくしかねないし、この私の召喚は貴方との間でしか成立しない様子なので」

「……なるほど……」


 俺は手元のリモコンを見つめる。

 リモコンひとつでこんな美少女を喚び出してしまったのか本当に?


「召喚されたと言っても、月夜の晴れた間の少しの間だけのようなので。それもトリュ様に会えない理由ですね」


 はて、この少女、トリュについて詳しいのだろうか?

 あの男の事も、この少女の事も、俺には知らない事が多すぎる。


歌王うたおうに召喚されたのも、きっと強引だったのでしょうね」

 ユアはため息交じりに言った。


「その『歌王』ってのは何なんですか? 俺には啓介って名前が有るんですけど……それも強引に『ケース』って呼ばれてしまいましたけど」

 はぁ……と二度目のため息をついたユアは、すみませんと謝った。


「それでは私もケース様と呼びましょう。名前はこちらの世界では絶対なので。トリュ様が決めたのなら、仕方有りません」

「……まあ、あだ名感覚で呼んでくれて構わないんだけど」


 啓介、という平凡な名前に特にこだわりも無い。しかし「トリュ様」というのはそんなに絶対なのか?

「トリュ様は大魔術師で、この国でも有名な方なのですよ」

 あの性格さえなければ宮廷で安定した生活が出来たでしょうに、とユアは三度目のため息をついた。


「そして『歌王』は――『歌姫うたひめ』と対をなす、この国の大切な存在なのです」

「歌王? 歌姫?」


 また新しい単語が出てきた。


「歌は人を癒やし、救います――――」

 ユアはこころなしか、遠い目をした。

「特に歌王や歌姫の歌は『呪歌ジュカ』と言われて―――あっ」

 ふいに、ユアが慌てた表情になる。

「もう時間切れのようです! 月が隠れ始めてしまいました」


 窓の外に目を向ける。

 確かに、月に雲が掛かって来ている。曇り空がやってきた。


「詳しい事は後ほど、トリュ様に聞いてください――――!」

「ええっ、あの人とコミニュケーションが取れる自信無いんですけど!」

「そこは慣れです、ケース様ファイト!」


 先程のため息とは一転、笑顔で応援される。

 霧葉ちゃんと同じ顔でそう言われてしまったら仕方ない。


「はい、がんばります!」

「また、月夜の晴れた晩にお会いしましょう……それでは」


 そう言って、ユアは霧のように消えた。

「―――!!」


 本当に幽霊だったんだ……!!


 不思議と、恐怖は無い。恐怖は無いが、ユアが部屋から消えた淋しさは在った。

 俺ははまた、部屋にひとりになってしまった。

 仕方ない、とリモコンをベッドに置いて自分も横たわった。


「俺、これからどうなっちゃうんだろう……」


 目が覚めたら全てが夢で、スタメのライブ当日で、朝から幕張に急いで、物販列に並んで、グッズを身にまとい、同じファン仲間と情報交換や歓談をして、霧葉ちゃんを応援する――そんな日常で特別な日が来たらいいのに。いや、来るはずだ。



 まどろみの中、俺は心をライブ会場に飛ばしていた――――。



「はいはーい! 朝です!! てかもうすぐ昼になっちゃいますよ~~~~!! 健全な歌王は規則正しい生活から! オラッ、起きろケース!」

 バタン、と容赦なく扉を開き、部屋にズケズケと入ってきたトリュの第一声だ。

 昨晩の怪しいローブ姿から一転、ラフなシャツとパンツルックである。


「うるせぇ…………」

 ベッドの中で寝ぼけ眼の俺は呟いた。

「うるさくしてるんでーす! 目覚ましですからぁ!!」

 はた、と俺は気付き飛び起きる。

「いいい、今何時!?」

「11時過ぎだ」

「うおっ! もうとっくに家を出てないとヤバ――――」

 そこで俺は周りを見渡す。


 やっぱりここ、俺の部屋じゃない――!!


 昨晩の摩訶不思議な出来事は今も続いて……いやこれが現実なのか!?

「遅い朝食兼昼食を用意してある。とりあえず食べながら――何から話すかな」


 トリュは俺をベッドから出るように促すと、とある人物を呼んだ。


「おい、エル」


「はい、お呼びですかトリュ様」


 そこに現れたのは、清楚な、やや長身の黒髪の女性だった。きれいなまとめ髪をして、服装は……クラシカルなメイド服だろうか。今どきこんなコスプレ衣装を着たハウスキーパーなんて居るのか。


「こいつの着替えを用意して、食堂まで連れてきてくれ」

「わかりました。それではトリュ様はお先にどうぞ」

「ああ、よろしく頼む」


 エル、と呼ばれた女性はトリュにペコリと頭を下げた。トリュは部屋から出ていく。エルは改めてこちらを見て――

「ケース様、とお呼びしてよろしいでしょうか?」

 優しく微笑んで自己紹介を始めた。

「私はエル・コベインと申します。こちらのギャラガー家で代々……メイドを務めております。よろしくお願いいたします」

 ハウスキーパー、居た。

 どうもこちらの世界(?)ではメイドはこのスタイルが普通のようだった。


「お着替えはこちらにご用意しておきますね。洗濯物はこちらにどうぞ。」

「あ、お構いなく……」

「そのシャツ、だいぶシワが寄っておりますし、そもそも全身のサイズも合っておりません」

 そういえば、俺は少年に若返っていたんだった。

「あ、じゃあ……お言葉に甘えて……」

「お着替えのお手伝いは?」

「え、そんな! とんでもないです!!」

 女性に着替えの手伝いをさせるなんてとんでもない。それくらいひとりで出来る。

「ふふっ」

 エルは軽く笑いを漏らした。

「お優しい方なのですね。ですが観察力はいまひとつかもしれません――」

「は?」

「私を女性だと思って遠慮したでしょう?」

「そりゃあ……当然…………」

「長いお付き合いになるかと思いますので、先にご説明しておきますが」

エルは足音もさせずに俺の真横まで近づいた。そして耳元で


「私、男ですよ」


「え」

 理解するのに10秒はかかったか。

「ええ――――っ!?」


「この家で代々『メイド』をするのが私の家の努めですので」


 この家――家主のトリュとメイド(男)のエルと、変人しか居ないのか――

 俺は脱力して、床に膝を付いた。

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