第2話 ケース・カノ!

「なぁんでこんな地味地味平凡しかも野郎が召喚されちまったんだぁ――!!」


 石造りの地下室にトリュの声が響く。


 うわっなんだか凄く失礼な事言われてる気がする……。


「そりゃ男女どっちでも『愛燈アイドール』は目指せるし現役愛燈も男だよ!? けどこんな悪い意味でいかにも規格外じゃどう戦っていくんだっつーの! やっぱり地道にスカウト活動した方が確実だったのか――」


「あ、あの……」

 トリュの止まらない独り言。俺は何とか呼び止める。

「ん? 何だ」

「俺、会社から返って自宅で明日――ていうかもう今日――の準備するところだったんすけど――」

 ここはどこですか、と尋ねようとした時。


「ほらっ! 平凡! 召喚早々そのリアクション! テンプレ通り!!」


 テンプレも何も無いだろう。こちとら残業でクタクタな上、今日はスタメライブを控えているんだ。


「……だから何なんだよ一体! 拉致られ素人ドッキリなのかよ!? 今日は現地入りで俺は忙しいんですけど!? スタメのライブの為に仕事してんすけど!?」


 トリュは俺のキレにも何も動じない。


「残念でした。拉致と言えば拉致ですがドッキリ? とか言うモノじゃありません。これは異世界召喚です~」


「はぁ!?」


 どうにもこうにもさっきから話が通じない。だから状況を整理して教えてくれと言おうとしたその時――

 一歩、二歩とトリュが近付いた。


 うっ、派手な顔立ちだ。確かにこいつに比べたら俺は凡人そのものです、はい。


「そういえば、お前、名前は? 召喚してしまったからにはお前に俺の計画に付き合ってもらう事になるからな」


「……歌野啓介」


「カノ? ケースケ? じゃあ名前はカノか」

「ケースケが名前の方。苗字がカノ」

「ケースケ……ふむ……この国の名前としては異端だな」

 この国ってどちらですかぁ? 謎ばかりが膨らんでいく。


「『ケース』。お前の名前はこれから『ケース』な。ケース・カノ」

 ……名前まで変えられてしまうのか。新しいあだ名みたいなものか?


「ちょっと待ってください。状況を整理したい」


「確かに。召喚されたばかりのケースには解らない事ばかりだろう。しかも時刻も深夜だ」

 トリュは石室の木の扉に手をかけ、こう言った。


「まずは休め休め。部屋は用意してある。詳しい事は昼にでも話そう」


 俺こと啓介、改めケースは誘われるままに、石室を出て階段を上り、用意された部屋へと向かった。

 なんだここ、広い屋敷……?

 トリュに先導されるまま、俺は階段を上った。広い廊下に面した幾つもの部屋の扉の前を抜け、ひとつの扉の前で止まった。


「この部屋だ。一応、片付けて有る」

「は、はぁ……」

 休む間を与えられるのは素直に嬉しいし助かるが、俺の胸にはどうしても引っかかる事が有った。


「それで俺いつ帰れるんですか? 今日の夕方にはスタメのライブ始まっちゃうし物販もあるから昼には幕張に現地入りしたいんですけど――」


「あ、それは諦めてくださーい。帰りはもう、目標達成以降にしか無理なので」

「はぁぁぁぁぁぁああああああ!?」


 廊下に俺の悲痛かつマジギレな声が響いた。


 ――――納得がいかない。


 こんなワケのわからない場所に強制的に連れてこられて、ついでに若返っていて。

 今日はスタメを、霧葉ちゃんを応援する日だって言うのに帰れないなんて言われて。


「俺の神チケどうなっちゃうんだよ――! アリーナB列センターだよ!?」


 トリュには部屋の前で「じゃっ、またな」と気軽に別れられた。

「ま、疲れが溜まっているだろうからしっかり安めや」

 なんて、俺の今日の予定を丸無視で。


「ウオ――!!!!」

 部屋に用意されていたベッドに突っ伏した俺は無性に泣きたくなってきた。

 どうして俺がこんな事にならなきゃいけないんだよ!? 何の為に仕事してると思ってんだっつーの! 帰ってTVのリモコン触っただけですよ!?

 はた、と気づく。

 そういえばリモコンを手にしたままだった。


「俺の今の唯一の持ち物がこれって…………」


 何の変哲もないTVのリモコン。これ単体では何の役にも立たない。


「あはははは…………」

 俺は脱力してリモコンを見つめる。


 もし、あの時TVのスイッチを押そうとしなかったら。もし、あの時TVの電源を消し忘れていなかったら。

 いや、そもそも本当に俺はTVの電源を消し忘れていたのか?

 あの時の画面は何の番組も映っていなかった。いくら深夜の残業帰りとは言っても24時直前だったはずだし、何らかの番組が映し出されていても良かったはずだ。


「怪しい……全てが怪しい……」


 そもそも異世界召喚とか言われても。


「はあ……こんなモノ持ってても仕方ないよな……」

 悪戯に電源スイッチを押してみる。

 TVは勿論ない。ベッド以外にはクローゼットと窓くらいしかないこの部屋では勿論何の反応も無い――――はずだった。


「すみません、喚ばれてしまったのですね」

「!?」


 投げ出した足の方から弱々しい声が聞こえてきた。


 ゆ、ゆゆゆ幽霊!?

 何かいわくつき物件なのかこの部屋この家!?


 そーっと、目線を声のした方向に向ける。

 俺は悪くありません。文句ならあのトリュとかいう野郎に言ってください。呪うのもあのトリュとか言うヤツに――――


「あ――トリュ様がご迷惑をおかけしまして」

 そう続けた声の主は意外にも。

 可憐で、美しい金髪碧眼で、そして何より顔立ちが


霧葉きりはちゃん――――」


 髪と瞳の色こそ違うものの、俺の最推し、日園ひぞの霧葉その人と瓜二つだったのだ――――


「な、なんだ幽霊かと思っちゃいましたよ……。この家の人か何かですか? よく日園霧葉ちゃんと似てるって言われません?」


「ヒゾノ・キリハ? 知りません、すみません。そしてもうひとつすみません。私は幽霊です」

「あっ、そうですか霧葉ちゃん知らない? 珍しいですね――。それでやっぱり幽霊なんですね――あはは…………幽霊!?」

 霧葉ちゃんとそっくりな少女はコクリ、とうなずく。


「でもほら、足とか有るしメチャクチャしっかり『居る』じゃないですか?」

 少女はふるふる、と首を横に振る。


「いいえ、私は過去にしっかり死んでいます。死因は圧迫死です。ちょっとした噂にもなったんですよ」

 これまた物騒な物言いを。


「どうやら、月夜の晩に、その召喚器から喚ばれないと私は出現出来ないようです」


「召喚器?」


 はた、と気付く。手に持ったリモコン……これか!?


「私の名前は『ユア』です。ようこそ、異界から選ばれし『歌王うたおう』――――」

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