ドルオタな俺、召喚されてアイドルになってしまった!

木野ココ

【#1】

第1話 明日は最推しのライブ!

 週末はスタメのライブ、週末はスタメのライブ……心の中でそう呼びかける。


 だから俺は今、この瞬間を乗り切れる!!


 デスクに向かい残業を余儀なくされた一介のサラリーマン俺はキーボードを早打ちし、百から溜まったメールを捌いていた。


 俺の名は歌野啓介かのけいすけ。27歳。某社サラリーマン。そしてアイドルオタク――所謂ドルオタ――である。見目は至って平凡。ほんのりと茶色い髪に、日本人らしい黒い瞳。オタクと言っても不潔でもなく、かと言ってファッションに気を使いすぎるでもなく。ただ、いつ推しとの接近戦になっても大丈夫なように――それが俺の外見に対する信条だった。


 今日この仕事を乗り切れば土曜日の休日であり、そして俺の最も支持するアイドルグループ『スターメーションプロジェクト』の記念すべき3rdツアー初日でもあるのだ。

 俄然、仕事への士気が違う。


 うおおおおおおおお、この仕事を終わらせてスッキリしてスタメを、霧葉きりはちゃんの勇姿を目に焼き付けるんだあああああああ!!!

 そう、俺は『スタメ』の中でもセンター陽園ひぞの霧葉ちゃんの大ファンだった。


 ――数時間後。時刻は11時を過ぎようとする頃。

 そこには白く燃え尽きた俺の姿が有った。


「お、終わった……はよ帰ろ……」


 やっと帰宅の途につける。

 俺の家は会社から徒歩と電車で数十分。その前に家の最寄りのコンビニに寄って夜食を買い、あれやこれやとしていたら24時直前になるのはあっという間だった。


「ただいまー」

 誰も居ない部屋に呼びかける。もし「おかえり」とでも返ってきたらホラーか泥棒か、ロクでも無い事なのだけれど。これは俺のいつもの癖のようなものだ。

 そして靴を脱いでワンルームの部屋に入り、荷物を置くとTVの電源が着いていた事に気付く。画面には何も映されていない。ただ光り続けているだけだ。


「うおっと、やべっ。俺会社行く前TVつけっぱなしだったっけか――」


 そうして、TVのリモコンに手をやると刹那。

 さらなる閃光がTVから放たれ、俺は目を瞑った――――



 ――――同時刻。イルフェーン王国、ギエド領。



「祝福と歌を与えし偉大なる神ミソラよ。我が元へ遣いとなる歌い手を呼び込みたまえ――」


 黒いローブを纏った長身の男が詠唱をしている。ここは地下室だろうか。ほのかな蝋燭数本の灯り以外の光源は、男の目の前に浮かぶ魔法陣らしき円だけだ。

 それは、そう、一見して魔術師の何かの儀式と解る光景だ。


「我が夢は更なる希望。我が希望は更なる夢。我が願いは満ちたりし世界――」


 詠唱は続く。ローブから覗くラベンダーの瞳。整った鼻筋。不敵に微笑む口元。歳は20代後半と言ったところか。どこか余裕を見せつつ、呪文を唱える。


「さあ、いでよ次なる愛燈アイドル――――!!」


 魔術師の目の前の魔法陣の光が更に眩くなる。ここで眩しさに目を閉じてはいけない。


「さて、俺が喚んだのはどんな娘か――」

「ああっ!? 眩しい――!! なんだこれ!!」

「は?」


 そこに現れたのは、先程のTVのリモコンを手にしたままの俺で。

 しかもひと回り小さく、若く、青年から少年へと変化していたのだった――――



「…………」

「…………」


 しばし、沈黙が流れる。


「あのぅ……」

 最初に言葉を漏らしたのは俺だった。

「ちっ、ハズレか?」

 すかさず魔術師の青年が舌打ちする。俺は状況についていけていない。


 魔術師の青年は指先から無言で部屋の灯りを灯し、地下室らしき石室を明るくした。

 そして


「あんた、見目も何もかも平凡すぎない?」


 突然俺に失礼無礼な言葉を投げかける。

 これは流石に俺も――

「いやいや、そんな事より俺、TV消そうとしてたんすけど。これ一体どういう状況ですか? 何かのヤラセ? ドッキリ? 俺なんかに?? はっ、もしかして明日がライブだからってスタメファンクラブの俺が狙われた!?」

 見目に関しては特に意見は無いです、はい。


 魔術師は俺の調子に呆れたようにフードを脱いだ。

「……俺は魔術師トリュ・マクレガー」

 鮮やかな金髪。美しく鋭そうな瞳はラベンダー色。

 俺とは真逆の派手な顔と髪色である。


「あんたを俺のプロデュースする『歌王うたおう』として召喚した」


「はい??」

 俺には何から何まで解らない。


「適応年齢に操作してあるから元の年齢は知らんけど。あんた実際は幾つだ?」

 そう言われて俺はハッとした。そう言えばシャツの首元やズボンのウエストが緩い。


「え、え、これどういう――!? 俺27歳ですけどぉ!?」

「何だ俺と同じ歳じゃん」

「いや違うでしょ、これサイズ違っちゃってるでしょ!?」

「鏡でも見るか?」

 パチン、と指を鳴らしてトリュは姿見鏡を出現させた。

「はぁっ!? 何ですか今の!?」

「いちいちうっせえなあ。魔術だ魔術」

「魔術ぅ!?」

「いいから姿見てみろよ」

「……あぁん!?」

 そこには、どう見ても学生時代――高校2、3年頃だろうか――に酷似した俺の姿があった。いかにも日本人と言った素の濃い茶の瞳と、やや色素は薄いが光に透けないと茶色くはならない黒い髪。髪型や髪色自体は27歳の俺と同じ姿のままだが――――

「俺……若返ってるぅ!?」



「『歌王』エントリーにはそれくらいの年齢が丁度いい。丁度いいんだが――」

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