第26話 奈帆斗の描く世界

  一面の暁色の世界から、折り重なった皮膜が一枚ずつ取れ、視界が白く明確になっていく。

  薄く瞼を開けると、そこはいつもの職場であった。

  デスクの上に両腕を折り重ね、枕にしていたらしい。しばらくぼんやりとしていたが、はっと気がつくと、びくりと上半身を跳ね上げて、辺りを見渡した。


「春影?」


 夢の中で出会った、彼女の名前を呼ぶ。

 答えは、なかった。

 ただ、静かにクーラーと冷蔵庫が稼働する音、そして伊波が後ろでトーンを削る、シュッ、シュッ、という音だけが聞こえる。

 窓から入ってくる外のあかりは、未だ白い。

 奈帆斗の頭がクリアになっていく。

 何が起きたのか、理解できた。

 奈帆斗は少し俯いて、しばらく動かなかった。

やがて指先で己の頬をそっと撫でると、顔を上げた。台の上に載せていた、描きかけの原稿用紙を迷いなく足元の小さなホライズンブルーのゴミ箱の中へ捨てる。

そして、引き出しから新たな原稿用紙を1枚取り出すと、台の上に載せる。

目の前に置かれた真っ白な世界を、少し首を落としてじっと見つめた。まだ絵を描いていないというのに、彼の目の前には、これから描くべきキャラクターの姿がくっきりと浮かんでいた。

瞳が揺れる。


(お前は、俺の右手から生まれるんだ。描くよ。俺、お前と一緒に)


 目を閉じ、深呼吸をすると、両手を拝むように広げ、握りしめる。

再び見開き、鋭い眼光で、水色の芯のシャープペンシルを取る。

 真っ白な原稿用紙に、流れる流水紋のごとく、春影と辻村の殺陣の絵が生まれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る