第15話 漫画家デビュー!
部屋に帰る頃には、とうに陽は暮れ落ちていた。部屋の窓からは夜道の蛍光灯の光が、こちらへと差し込んでいる。隙間からこちらへともれ出る空気は、夜をはらんでいて、ふいに冷たく、ふいに生暖かく肌を撫でて、すぐに消えてゆく。
奈帆斗は少し開いた窓の前に立ち、じっと外を見つめていたが、やがて片手で薄いモスグリーンのカーテンを閉める。反動で風が吹き、部屋に流れる。両手をズボンのポケットに突っ込む。
オフホワイトの小さめの冷蔵庫から、ミネラルウォーターを1本取り、蓋を開け一気に飲み干す。視線を下に移すと、机の上に置いたスマートフォンが目に入る。機体のダークブルーが照明の
(すげえ話したな)
仕事以外で誰かとLINEでメッセージのやり取りをすることなど、いつ以来であろうか。しかもこんなに沢山の文章を打ったことも。
「紙上の銀河を泳ぐ、か」
奈帆斗は箪笥の引き出しを開け、畳まれた洋服の下に隠された白紙の漫画原稿用紙を1枚取り出した。机の上に原稿用紙を置くと、筆立てからB4の鉛筆を1本取り出す。
学校の昼休み、奈帆斗は昼食も取らず、スマートフォンを耳に当てていた。小さなスマートフォンから、太田の明るい大きな声が響く。
「せやからお前が送ってきた漫画な、編集会議で通って佳作取ったで」
「ほんまか!」
奈帆斗は瞠目した。自分でも思いがけず大きく出てしまった声が廊下に響き、そこにいた数人の生徒が不思議そうに奈帆斗を見たので、慌てて片手で口を隠し、背を屈める。
「ほんまほんま。まあいっちゃん下の賞やけどな」
「ほいでも嬉しいわ!」
隠した手の裏で、奈帆斗の口角が上がった。同時にゆっくりと目を細める。
だが、スマートフォン越しの向こう側で、太田が黙った。先ほどと雰囲気が変わったことを感じ、奈帆斗は真顔になる。背筋に冷たい汗が一筋流れる。
「あー、でも佳作やけど、ちょっと他にあまり送られてこないテイストの話やから、読者の反応を見てみたいってことで、来月号の「月刊ミルキーウェイ」に載せることになったで、賞金3万しかあげられんけどな。喜べ。デビューや」
スマートフォン越しに、太田がにやりと笑う顔が見えた気がした。
奈帆斗の手にじわりと汗が湧く。嬉しさからだった。
「ほ、ほ、ほんまか!?」
黒海社の廊下で奈帆斗と電話していた太田は、ブラックのスマートフォンを耳から離し、片目を閉じて眉をしかめた。
「落ち着け! 嬉しいのわかるけど、もうちょい小さな声で!」
太田のでかい声が響く。
奈帆斗はアパートの階段を駆け上がり、部屋の錆びた古いドアを勢いよく開けた。滑るように胡坐をかくと、慌てて鞄から「月刊ミルキーウェイ3月号」を取り出す。ぱらぱらと素早くページを捲っていく。誌面に顔を近付けすぎて、その長い睫毛が当たってしまうのではないかと思われるほどだった。
「あ、あった!」
雑誌を持つ奈帆斗の両手が震えだす。屈めていた上半身をゆったりと起こす。
「やった……。やった……」
雑誌の右ページに、奈帆斗の漫画の表紙絵が載っていた。
白い月の下、星々の光を浴びながら、刀を抜き、敵と対峙している侍姿の少女が描かれている。絵の上部に、「ロイヤルミルキー賞佳作受賞!
奈帆斗は立ち上がった。
「載ってる!」
いつの間にか、瞳から涙が零れて、笑いながら泣いていた。しずくが畳の上にこぼれ落ち、隙間から染み入ってゆく。
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