第6話 本屋に舞い散るほこり

 本屋に漂う埃が、嘘のように白い照明の光に照らされ、太田の瞳にはっきりと見えた。

自分が瞠目しているからそう見えるのか、太田にはわからなかったが、粉雪のような埃の向こう側にすっと背筋を伸ばして奈帆斗が立っている。まっすぐに前を向く彼の瞳は虚ろで、どこに焦点を当てているのかわからなかった。

 太田は、そんな奈帆斗に視線をなんとか合わせようと瞳に意思の強い光を宿す。自然と口調も渋味を含んだ、重量のあるものになった。


「お前言うてたやんけ……。オレが平成の男版池田理代子になって少女漫画界引っ張るって。オレ、男でそんなこと堂々と言うお前がカッコよくて、お前の構想しとる漫画が面白そうで、小学生の頃からずっと漫画編集者なりたいて夢、やっと叶えて、今編集者やってんねん」


 奈帆斗は太田に顔を向ける。少し驚いた表情をしたあと、ゆっくりと皮肉な笑みを浮かべて太田を見る。


「せやったんか。すまんな太田。オレは漫画家なれへんかったんや。所詮オレの夢なんて、ただの子どもがバカなこと思いついた程度のことやったんや。漫画なんて低俗なもんより、次世代を教育する教師の方がよっぽど社会の役に立っとるわ。そのことに気づけて、人生棒に振らんですんで嬉しいわ」


「お前それ本気で言うてんのか」


 太田は歯噛みし、奈帆斗を睨む。


「ああ、本気や」


 奈帆斗は淡々と述べた。

 太田はそれを聞くと、吊り上げた眉を徐々に下し、悲し気な表情になった。


「お前……。俺はSNSで漫画の感想ディスってくるやつに何言われても別に気にせえへん。漫画描く苦労なんて知らんのやからな。せやけど、せやけど……、お前にだけはそんなん言ってほしくなかった……」


 太田は俯く。彼の顔にグレーの影が出来る。

 奈帆斗はじっと太田を見つめると、一度息を吐き、俯き、逡巡した。

そして、息を吸うのと同時に言葉をぽつぽつと発した。


「……、オレも目指しとったで。ほんまはどうしても諦めきれんくてな。大学ん時も、社会人なってからも、平日や土日の空いてる時間は全部漫画描くために使ったんや。教師やりながら空いた時間にネーム切ってペン入れしてよ。新人賞に応募したり、出版社に持ち込みも行ったわ」


 太田は顔を上げ、薄く唇を開くと奈帆斗を見つめる。


「河谷……」


 奈帆斗は瞼を閉じ、眉を少ししかめると口角を上げた。その笑顔は辛そうであった。

そして、天井を見上げる。その瞳は太田にだけわかる程度に揺れていた。


「漫画原稿持ち込み、思えばあれが最後やった」


 奈帆斗は他人事のように興味のない温度で呟いた。

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