第4話 少女漫画編集者・太田誠

「せやせや!  いやあ~久しぶりやなあ。まさか漫画コーナーで会うなんて運命ちゃう?  やっぱ漫画の神様はオレらを組ませようとしとるんやで!  なっ、河谷せーんせい!」


 男――太田誠はジャケットを肩に羽織ると、奈帆斗の肩を抱いた。彼の細い肩に、筋肉の詰まった健康的な腕が回される。


「その呼び方やめろ!」


 語尾を上げるイントネーションで奈帆斗の怒声が響く。

 一瞬レジの若い女性店員がこちらを向いた気がしたが、気付かないふりをする。

 重みを持った太田の肩を自身の肩から捨てるようにどける。

 太田はきょとんとした顔をしたあと、あからさまに嬉しそうに頬を上気させ、瞳を細めた。


「あ、やっぱ生粋の関西人のオレと喋る時は関西弁に戻るんやね。さっすが。標準語と関西弁どっちも使える作家。日本語バイリンガル」


「やかましい! お前何でこんなとこにおんねん」


「ああ、オレ今、黒泉社で少女漫画編集者やらせてもろてんねん。そんで、仕事で書店に今月発売の単行本の営業で来とったんや。小学校んとき言うてた夢、叶えたで」


 太田は自分を指差し、更に目を細めて口角を上げた。彼の白い歯が本屋の照明に当たって光る。


「少女漫画編集者……」


 奈帆斗は虚ろな眼で太田を見た。

 太田はそれに気付かず、奈帆斗の肩を手のひらでぽんぽんと楽し気に叩く。


「河谷。今どこの雑誌で描いてんの? ペンネーム教えてえな。色々な少女漫画読みながら、こん人が河谷やろか。いやこん人かなって探しててん」


「小学校のせんせ」


「……へ?」


「せやから小学校の先生やらしてもろてます」


「嘘やろ……」


「嘘ちゃうわボケ。毎日勤勉に次世代の為に働く公務員や」


「お前……。オレは絶対将来少女漫画家になるって言うてたやんけ……」


「……」


 奈帆斗は太田から視線を逸らした。伏せた瞼から自分の睫毛が影となるのが見える。

 本屋の薄汚れた水色の床のタイルの隙間をじっと見ていると、記憶は十五年前の幼い日々に戻っていく。

 急に空気が澄み渡り、きらきらとした泡のような光だけが目に映る。

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