第587話 仮説

「――というわけで、彼はとりあえず商会の横にあるアパートで暮らすことになりましたから、よろしくお願いしますね」



 リーさんと分かれたあと、対応した結果をダンゲ町長に伝えると、もじゃもじゃのアゴ髭を扱きながらフムと頷く。



「保護する流れになるだろうとは思っておったが……転移者という存在をいまいち掴めておらんでな。そのリーという者は普通の人間と捉えて問題ないのか?」


「そこなんですけどねぇ……」



 町長からすれば当然の疑問だろう。


 実際はノアさんやエリオン共和国で暮らしているルビエイラさん達のように、戦闘技能はからっきしな異世界人だっているにはいる。


 が、ヤバいから名が広く知れ渡るわけで……


 町長を含む大半の人達は、そんな突出したタイプの異世界人しか知らないからなぁ。


 そして俺からすれば、この問いかけは答えに詰まる内容だ。


 何かしらの特殊なスキルを所持している可能性は極めて高いが、傍から見てもなんらおかしな点は見当たらないし、本人だってまったくその性質を理解していない。


 ただまあ……



「僕が少し手を加えましたけど、それでも今の段階でルルブに通うアルバさんやミズルさん達と同等くらいの力量であることは間違いありませんよ。わけも分からないまま魔物に襲われたせいで、彼は今まともに魔物と対峙できないほど怯えていますしね」


「ふむ……ならばそう心配するほどでもないか」


「それに、話した感じでは人柄も問題ないと思いますよ? 食事は教会の炊き出しがあるわけですし、しばらくゆっくり休んだらいいとは言ったんですけど、それは申し訳ないからって早速働こうとしていましたし」


「ほう。となると、今頃は職業斡旋ギルドにでも足を運んどるのか」



 現状無一文なわけだし、当初は日雇いでもやり始めるのかなと、俺もそう思っていたが。



「いや、彼は今、アマンダさんの所にいますよ」


「なんじゃ、あそこにいるということは開発でもするつもりなのか?」


「ん~彼は現場の人ですし、そこまで大袈裟な話じゃないっぽいですけどね。話の流れで、リーさんの想像する"鉄管"がここで作れるのか確認したいっていうから連れていったんです。アマンダさんなら加工が得意な人をいろいろ知っているはずなので」


「まったく話が見えないんじゃが……」


「伝わるか分からないんですけど、リーさんの元々の仕事って水道管の工事業者みたいなんです。だから上手くいけばこの町に下水が通るかもしれないですね」


「???」


「つまり、この町のトイレ事情が大きく変わるかもしれないってことです」





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 その日の夜。


 マッピングを終えて上台地に向かうと、リルも含めた女神様達が待ち構えるように勢揃いしていた。


 当然、求めているのはリーさんの件。


 だから俺も、木板に纏めた情報を先んじて渡す。



「おまたせ。ご飯と一緒にこれも渡しておくから、まずは確認してみてよ」


「えーと、確定、ほぼ確定……こちらの板は不明ですか」


「そそ、マッピング中に考える時間が結構あったからさ。自分なりに整理してみたんだ」



 確定事項と捉えていい内容、考察することで見えてきた事実など、一緒に渡したご飯など見向きもせずに眺める女神様達の姿は非常に珍しい。


 それだけ関心が高く、皆にとっても重要性が高いということ。


 食事を並べながらそんなことを思っていると。



「ッ!? あの者も、ロキと同じようにステータス画面とやらが見えるのか……」



 ステータスという数値に最も興味を示していたリルが、手に持つ木板を眺めながら呟く。



「だね。それはもう確定。スキル化まではほぼ確というくらいでまだ確証を得られていないけど、『転移者』が標準的に備えた能力であることは間違いないと思うよ」


「何も求めずともリーと名乗る人物は手にしていて、その内容にも相違点が見当たらない……なるほど、確かに求めてようやく得られたというロキ君とは状況が異なりますね。ただそうなると、私達が呼び寄せていた『転生者』も、実はこの能力が備わっている可能性があるのではないですか?」



 リステのこの質問に、俺はすぐ首を振る。



「いや、それはないよ。『転生者』であるノアさん――自由都市ネラスの地下で服を作っていた人は、ステータス画面を見られないし存在すら知らないからね」


「あっ、あの時の者ですか……」


「あれ? このステータスを見られるやつって、スキルにはなってるんだよね? 望んだら機能が追加されたって、前にロキ君が言ってなかったっけ?」


「うん、だからほぼ確。スキルのレベル上昇に伴う機能追加っぽい動きがあったわけだから、9割9分スキル化はされていると思うけど、もしリーさんが空白スキルを所持していなかったら、俺は監視でもされていて任意で機能が追加された……勘ぐった見方をすれば、スキルの1つだと思わされていた可能性もあるって感じかな」



 そう告げると、聞いてきたフェリンは明らかに分かっていないような顔して頷いていたが、横のリステとアリシアが頷いているのでまあ問題ないだろう。



「新たな転移者が空白スキルを所持しているかどうかは、まだしばらく確認が取れそうにないのですか~?」


「そこは俺も早めに知りたいし、やりようはあるんだけどね。その人、欠損部位が出るくらい傷を負ってたから、もう魔物に対してトラウマっていうか、心が怯えちゃってるっぽいんだ。想像しただけで身体が震えるような状態なのに、無理やり強い魔物がいる場所に連れ回してパワレベっていうのも酷だし……あーそうだ、アリシア」


「はい?」


「もしリーさんに【神託】とか、<その他>枠に回る職業加護スキルを与えることが可能なら、空白スキルの有無はすぐに判別できたりもするんだけど……どう思う?」



 唐突に話を振られたからだろう。


 顎に手を当て、暫し考え込むアリシアの様子を眺めていると、先に口を開いたのはリルだった。



「【神託】くらいならいいんじゃないのか? 何か問題が起きれば、そのリーとやらを教会に呼び出せるしな」


「うん。それに使うだけで場所を特定できるから、もしどこかに逃げられても居場所を追いやすい」



 リアの言葉を聞いて、俺も最初はそんな目的で与えられたのかなーと思うと、なんとも悲しい気持ちに襲われるが……


 逆の立場になれば分かること。


 スキルを覗けないというだけでも警戒度は跳ね上がるのに、その一部が通常の枠から外れた異能である可能性まであるのだ。


 俺だって不安を覚えるのだから、世界の管理者たる女神様達ならば、余計に対策を講じようするのも当然のことだろう。



「そうですね……では教会まで来てもらえれば、その時【神託】を授けることにしましょうか」


「了解。それじゃ教会には俺も同行するから、取得後に空白スキルを所持しているかどうかはまたその時に伝えるよ」


「分かりました。その数が分かれば別に判断できることもあるようですし、よろしくお願いしますね」


「あとは、このロキの考察か……」



 リルが再び手に取った木板。


 そこには現状の情報から判断できる考察を纏めていた。



「ロキ君と今回の人、それに古城さん……? 古城さんって、前に私が鞄を拾ってきた人だっけ?」


「そうそう、この3人に分かりやすい共通点があれば、新しい発見でもあるかなーって思ったんだけど、今のところはさっぱり。ただ、俺とリーさんに共通しているこのステータス画面は、もしかしたら付けたくて付けたわけじゃないのかなって」


「どういうことだ?」


「ん~なんとなくなんだけどね。リーさんは望まずとも見えるわけだから、たぶん俺だって同じだったわけでしょ? ステータス画面がほしいなんて注文した覚えはないし、何も言わなくてもたぶん、俺にも備わっていた」


「ふむ……」


「じゃあなぜ、このステータスが存在しない――というより隠された世界で、俺達転移者だけは標準装備にしたんだろうって、その目的を考えてみたんだけど……見当たらないというか、辻褄が合わないんだ」


「「「んん?」」」



 こう告げると女神様達は一斉に首を傾げるが、それは俺も同じ気持ちだ。



「だってさ、これで空白スキルの部分がちゃんと明記されていたら、このステータス画面は俺に固有スキルの存在やその中身を理解させるためなんだって納得できるけど、その肝心の部分をわざわざ空白にして存在自体隠しているわけでしょ? そのせいで俺はある程度を理解するまでにどれくらいだろ……リアと初めて悪党を始末した時だから、この世界に来て半年くらいは掛かったわけだし、ノーヒントのせいで未だ分からない部分を抱えながらやり繰りしているわけだし」


「確かに、ステータス画面という機能に与えられた役割を果たしていないように思えますね……」


「でも、望まずともリーさんには備わっていて、俺も多分備わっていたわけだから、このステータス画面を活かし切れていない感じは、付けたくて付けたっていうより、見せたくない部分だけはっていう方が正解に近いのかなって。それなら、俺やリーさんに【神眼】が通らない理由とも繋がるでしょ?」


「「「……」」」



 正直、マッピング中に暇だからこんなことを考えていたというだけで、仮にこの予想が正解だったとしても、だからなんだっていう話にはなる。


 けど、こうした予想がどこかで紐づいて、大きな答えに辿り着くことだってあるかもしれないのだ。



「あとはそこにもチラッと書いたけど、俺がこの世界に来る6年くらい前って言ってたかな。その時点でこの世界には存在しない地球の遺留品が見つかり、俺がここに来て2年経った今でも、まだリーさんという転移者が運ばれている。しかも転生者みたいな"時の逆転現象"は起きていなくて、地球で俺が攫われてから丁度2年後くらいにリーさんがここへ飛ばされているんだ」


「時の逆転現象とは~?」


「私達が魂を呼び寄せてから――いえ、この世界に来た転生者からすれば、地球で死亡した時期からこの地に再び生まれるまでの順序……ここにズレが生じているようですよ。ロキ君に教えてもらわなければ、私達では気付けなかったことですけどね」


「なるほど……それが、転移者にはない。だからこの仮説に行きつくわけですか」


「うん。少なくとも8年間、こうして俺やリーさんのような転移者がこの世界に運ばれているということは、俺自身も悪党をそれなりに潰して回っているつもりなんだけど、それでもまだフェルザ様は納得していない。その目的を遂行できていないってことになる」


「まだまだこの世界に悪い人達はいっぱいいるってことなのかもしれないけど……」


「いくら潰しても、罪を負う者が消えることはない」


「ああ。それに人口が大きく減少し始めた切っ掛けを考えれば、そのような些末な存在が目的とは考えにくいだろう」


「残念ですけど、もう理由ははっきりしていますからねぇ~」


「ということは……」


「約8年前という時期を考えても、そういうことでしょう」



 大陸の東部は既に俺が状況を伝え、確実にマリーは殺すとまで明言しているんだ。


 大きな動揺は見られないが、それでもアリシアだけは下唇を噛み締め、自責の念に駆られている様子がありありと伝わった。


 が、今更後悔したところで時は戻せないから悩んでいるのだろうし、俺からすれば今更な話。


 重要なのはそこじゃない。



「リル、一応リーさんのことは注視しておいてね」


「む? ここには問題ないようなことが書かれていたが、危険なのか?」


「ううん。強いわけじゃないし、話しやすくて良い人って印象しか持っていない。ただ、もし俺と同じような目的でこの世界に飛ばされたんだとしたら、今世界で暴れまわっている元凶の転生者を討てるくらいの何かを持っている可能性があるわけでしょ?」


「能力は違えど、ロキと同じような性質をもし持っているとしたら……確かにそうだな。その通りだ」


「まあ、それも空白スキル次第だし、持っていたとしたって相応に時間は掛かるだろうけど……って、まずっ! もうご飯が冷めてきてるよ!」


「えーちょっとちょっと!」


「くっ……燃やすか!? 火で燃やして温まるなら、今から【火魔法】を――」



 我に返ったように、ギャーギャー騒ぎながら食事を摂り始めた女神様達を眺めつつ、自身が立てた仮説の結果を反芻する。


 良い話を一つも聞かない帝国のシヴァとは、先々で敵として向かい合う未来をなんとなく予想していたが。



「いずれは、勇者タクヤと戦う日も来るのかな……」



 一人そんなことをボヤきながら、少し冷めたチャーハンを口にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る