第588話 空白
「どうです? 何か聞こえました?」
「あ、ああ……『本当に困ったり苦しくなったら、教会でその気持ちを吐き出してほしい』って、頭ん中に若そうな女の声が……凄いな。これがこの世界の女神様なのか?」
「ええ。なんでも答えてくれるってわけじゃないんですけど、僕もこの世界に飛ばされた当初はアレコレ聞いてましたよ。いきなりじゃ分からないことだらけですからね」
「さっきも喋り方が普通の人間っぽかったし、なんだか
翌日。
教会で【神託】を取得してもらった後の帰り道で、リーさんはそんなことを言う。
GMとは、なんともMMO経験者らしい言葉だが、あながち間違いというわけでもないだろう。
管理者として相応しいステータスと重要な情報を持つものの、
与えられた権限にしても、罰則不明の制限がいろいろとあるみたいだしなぁ。
「それはそうと、少しは気持ちも落ち着きました?」
「お陰様でな。不思議なほど飯が美味く感じるし、人も親切で優しい。この町に辿り着いても未だ驚きの連続だが……それは良い意味での刺激になっていて、多少は生活を楽しむ余裕が生まれてきたかなって感じてるよ」
「それは良かった……って、ん? なんでこんな所に穴?」
どうやら期待の新人として初日からアマンダさんに捕食されたらしく、新奇開発所が彼の職場というか、居場所になったのはまあいいとして。
その裏庭には、いつの間にかテニスコートサイズくらいの穴が出来上がっていた。
「さすがに向こうほどの速度で作れるわけじゃなさそうだけど、それでも俺の想像する下水用の管くらいなら問題ないって言うからさ。重機なんてあるわけないだろうし、それなら俺が掘るしかねーかって、昨日余ったスキルポイントで【土魔法】をレベル1だけ取得してみたんだ」
「え? ってことは、これをリーさんが一人で?」
「ああ。少し試すだけのつもりが面白くて、ついつい魔力がカラになるまでやっちまった。昼間のうちはいいけど、夜は危ないからちゃんと埋めろって怒られちまったよ」
「……ちなみに、"詠唱"はどうしました?」
「んあ? それっぽく、『穴よ開け~』って呟いたら普通に掘れたんだが、もっとちゃんとしたやり方があるのか?」
「あーいや……」
俺やゼオと同じ、術者のイメージが強く魔法に影響される旧型の詠唱を唱えたということなら、そこは問題ない。
魔法を覚えたての人が、一人でいきなりここまでのことをやるっていうのも驚きだけど、そこもレベルは20くらいあるのだから納得しておこう。
しかし……なぜ魔法を使えているのか。
この答えが分からない。
リステは以前、俺が森の中で遭難中に魔法を使えなかったのは、神の眷属である精霊が外の世界から来た俺を認識していなかったから。
だから女神様達と出会ったことが切っ掛けで、使えるようになったのではないかと予想していた。
だが、リーさんは直接女神様達と顔を合わせたわけじゃないし、使ったタイミングは昨日なのだから【神託】を授かる前。
話の内容からすると、昨夜に俺が女神様達へ報告していた頃にはもう【土魔法】を使用していたことになる。
リステもあの時、聞いたことのない現象に戸惑いながら、可能性の高そうな答えを探していたわけだから、実際は違ったのかもしれないけど……
もしかしたらリルに姿を目撃されたことが、精霊に認められる切っ掛けになったのだろうか?
それとも――……って、マズい。
肝心のことを聞き忘れるところだった。
「そうそう、リーさん。ステータス画面の<その他>枠をもう1回見てくれません? 先ほど貰ったスキルがそこに表示されているはずなんで」
「おお、そうだったか。どれどれ……」
「……」
敢えてそれ以上は触れない。
傍から見たら、とてもそこに何かが表示されているとは思えない。
でも俺だから確かにあるんだろうなと分かる瞳の動きを追っていると、眉間に深い皺が寄ったと同時にその動きが止まり――。
「ロキが言っていた"空白スキル"ってのはこれか……」
「……いくつ、ありました?」
「2つ、だな。空いたスペースを考えれば間違いなく2つだ」
俺と同じ、2つの空白スキル。
この答えを聞き、やはりリーさんも特異なスキルを抱えている可能性が極めて高いこと。
そして若返っているのは俺だけなのに、リーさんと俺は空白スキルの数が同じなのだから、これで俺の『若返り』に関する事象が、スキル化されていないことも確定した。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
日中の上台地にはアリシアとペットの猫ちゃんくらいしかいない。
それでもすぐに、リーさんは空白スキルを抱えていて、その数が2つであったこと。
そして、その結果に伴う事実と予測を伝えておいた。
ついでにリーさんが、既に魔法を使えていたことも。
アリシアはその意味をまったく理解していなかったし、何が切っ掛けで使えたのかははっきりとしないままだが、空白スキルは若返りが候補から完全に消え、【神眼】を弾くという転移者に備わった謎の能力も俺にレベル上昇の影響が一切見られないのだから除外。
これで正体は『ステータス画面』と『固有スキル』であることがほぼほぼ確定的になったのだ。
そうと分かったのなら、その情報をできる限り利用するまで。
さしあたって欲しい追加機能はないけれど、とりあえず今後寝る時はステータス画面を開いたままにでもしておいて、少しでも経験値が貯まりそうな行動を取っておいた方がいいだろうし、俺の固有スキルに関しては――……こっちはどうしたものかな。
本当はもう、経験値としての価値が薄い野盗連中なんかは放っておけっていうことになるんだろうけど、平気で人に害を振りまく存在自体が嫌いでやっているわけだしなぁ。
そこは損得の話だけでもないので、症状に大きな変化が現れるまでは様子を見ていくしかないか。
と、そんなことを考えながら南部にある魚人の隠れ家『サントラス』に飛ぶと、丁度町長のキリュウさんが何人もの魚人達と船の荷物を降ろしているところだった。
「こんにちは~」
「あ、ロキ王! すぐそちらに行きますので少々お待ちを!」
凄いなぁ……
ミノ諸島やニッカで見た船よりは全然小さいけど、それでももう何隻もの小型船を稼働させ、船の上には見覚えのある魔物がこんもりと載せられていた。
「順調そうじゃないですか」
「ええ、安全のために魚穎番衆の面々が周辺海域の調査から始めているので、まだまだ手探りといったところですけどね」
「それでもEランクの海洋魔物は既に得られているようですし、魔物とは違う海産物もかなりの量が獲れているんですね」
言いながら船の上に転がる黒いトゲトゲした物体を凝視する。
俺の知っているサイズよりだいぶデカい気もするが、あの特徴的な姿形は絶対ウニだ……ウニで間違いない。
この世界にも存在していることに感謝を。
食える美味いウニであることを願いながら、あとでつまんでみようと心に誓う。
「人の手がまったく入っていないからでしょうか。想像以上に魚貝類が豊富で、漁の経験が浅い子供達にとっても良い訓練の場になっていますよ」
「ほっほ~それはそれは……枯らさない程度に頑張ってくださいね。僕の周囲ではかなり好評なので」
二人で話しながら向かった先は、広場の近くにある貯蔵庫。
そこで住民用の食糧とは別に分けられた素材を一気に回収し、代わりにクアド商会から調達してきた生活物資を放出していく。
うん、鮮度維持のためだろうけど、魚なんて綺麗に内臓を抜かれているし、これは楽でいいね。
「それで、交流の件は結論が出ました?」
そして今日来た一番の目的。
技術の習得を主軸とした異種交流の話を振ると、キリュウさんは僅かに苦笑いを浮かべながらすぐに頷く。
「はい。正直に言えば技術というより、人間の生活に興味を示している者が多くて驚きました。これはきっと、ロキ王が治めている町だからでしょうね」
「あー……もしかしてここみたいに奇抜というか、遊べるような町を想像してません?」
「若い世代からそのような話があがっていたので、たぶんその通りだと思います。もちろん我ら魚人が持ち得ぬ知識や技術に興味を持つ者、逆にこの地へ来てくれるならそれらを教えられるという年長者の声もありました」
「テーマパークのような作りにしたのはここだけですからね……でも一定数希望者がいるなら進めていきましょうか。間違いなく他所の国と比べたら安全とはいえ、それでもここよりは危険が伴うことを理解してもらえる人であれば、5~10名ほどですかね……そのくらいなら受け入れられるよう態勢を整えますし、希望者を募って同等くらいの戦闘技能に長けていない人達をこちらへ連れてきますので」
「承知しました。では今晩のうちに希望者から人員を選出しておきますので、また都合のよろしい時にでもいらしてください。日が暮れた後であれば、一部の魚穎番衆以外はここにおりますので」
ヤーゴフさんには先日会った時に、こうなるかもしれないと事情だけは伝えてあるからな。
あとは海産物を扱って何かしらの仕事に繋げたい人を職業斡旋ギルドで募れば、移民の人達を中心に5~10人の希望者くらいすぐ集まるだろう。
こちらから人間を送るにしても、魚人をベザートで受け入れるにしても、どちらもこの『サントラス』の情報が漏れる恐れはあるが……
仮に漏れたところで、洞窟のような魚人の町がどこかに存在していると知られる程度。
正確な場所は俺と女神様しか知らないのだから、いくら当事者に聞いても場所の特定なんてできるわけがないし、ベザートに魚人がいると知れば、より一層マリーは魚人種に対してちょっかいを掛けづらくなるはずだ。
(あとは、魚人が住む環境だよなぁ……)
そんなことを考えながらベザートに帰還。
素材をクアド商会の地下に放出し、ヤーゴフさんに募集の開始を伝えたら、旧マラガ領とも呼ばれる、現アルバート王国中部のマッピングを再開した。
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