第586話 固有スキル

 スキルを得たという認識がないのに、リーさんはステータス画面を見ることができる。


 これはいったいどういうことなのか。


 踏み込んだ質問をすればするほど、俺はあの時フェルザ様に一杯食わされたことが分かってくる。



「つまり、ステータス画面を開けば自身のレベルと魔力を含めた計8種の能力値が表示されていて、スキルツリーも一通り確認できるわけですか」


「そうだな。ただ一部派生形か? 今の俺じゃ中身が分からないスキルもそれなりにあるようだが」


「でも百種以上の基礎スキルは表示されているわけですよね? おまけにその中からいくつか選んで、既に森の中で取得されたと」


「ああ。初めてモグラみたいなのが石を飛ばしてきた時、俺は間違いなくこのままじゃ死ぬって分かったし、実際【探査】がなかったらこの町に辿り着けていなかっただろうからな」


「なるほど……」



 当初はステータス画面を見られると言っても、例えば各能力値や取得スキルのみでスキルツリーは表示されていなかったり。


 もしくはスキルポイントを使用しての取得には制限が掛かっていたりと、何かしら俺のステータス画面とは違いがあるかもしれないと思っていた。


 だって俺はあの時、駄々を捏ねに捏ねてようやく捥ぎ取ったわけだし、フェルザ様だってお手製で凄いと言っていたのだから。


 しかし、実際はどう考えても中身が一緒。


 何も求めずとも備わっていた転移者の基本仕様にも拘わらず、俺は特別に与えてやった感たっぷりの演出をかまされていたわけである。


 あのどんぐり頭が……


 会って直接文句を言ってやりたいところだが、その手段がまったく見当たらないのが恨めしい。


 まあ、それはいいとして。


 やっぱりこの世界では強いな、MMO経験者というのは。


 リーさんの精神面がタフだったというのも当然あるだろうけど、慣れというか、一度スキルを取得しなければ詳細説明が表示されない意地悪仕様だというのに、遭難から始まる危機的な場面を切り抜けるため、適切に必要なスキルを取得していたように思える。


 となると、問題はここから。


 なんとも言えない緊張感を紛らわすよう、一度大きく呼吸を整えてから再び切り出す。



「【探査】を取得されて難を切り抜けたことは分かりました。でもそれ以外のスキルは使わなかったんですか?」


「【回復魔法】とか【水魔法】とか、欲しいスキルはいくつもあったさ。ただとにかく村でも集落でもいいから、まずは人が生活している場所を見つけないと俺はもたないって思ってな。魔物との戦いは極力避けていたから、それ以上はスキルポイントが足らなくて取得できなかった」


「……そうでしたか。ちなみにスキルツリーを一通りスクロースさせたあとの最下部に、<その他>枠があるのって知ってます?」


「ん? ちょっと待ってくれ……あー確かにあるけど、それがどうかしたか?」


「そこに何も表示されていませんか?」


「いや、何もないが。あ、若返ったって話だし、ロキはここに特殊なスキルでも表示されているのか?」


「ですね。って言っても、それはこの世界で生活しながら取得したモノで、最初に得られたであろうスキルは今も『空白』のまま、何かがあることくらいしか分からない状態なんですけど……」


「へ~聞いたこともない仕様だな。"隠しスキル"と言えば聞こえはいいが、本人にも分からないんじゃ意味がないだろ」



 リーさんの言葉にその通りと深く頷きながら、また1つ、曖昧だった疑問の答えが導き出せたなと一人納得する。


 俺に隠されたスキルは、転移者特有の共通スキルなのか、否か。


 その確証を得るためにも、先ほどまで<デボアの大穴>で軽くレベリングを手伝っていた。


 入り口まで釣った蟻を俺が【手加減】で瀕死にし、貸し出した武器でリーさんが止めを刺す。


 これで俺と能力が同じなら、たった1匹であろうと<その他>枠に魔物の専用スキルがいくつか並ぶはず――そう思っていたわけだが、あの時リーさんが反応を示していたのは自身のレベル上昇のみで、今もこうしてスキルが表示されていないというのだ。


 これで魔物なり人なり、殺すことでその生物からスキル経験値を奪えるというのは、俺だけの固有スキルであることが間違いなくなった。



(となると、問題は3つか……)



 下に続くスキルがなければあるのかないのか、存在自体が不明な『空白』スキルを、リーさんは果たして所持しているのか。


 これは魔物専用スキルでなくとも、【魔物使役】や【転換】、それに女神様から貰える特殊な職業加護系統のスキルも<その他>枠に入るので、さすがに【奴隷術】は取得条件の問題で回避したいが、確かめる術はあるわけだからさほど大きな問題ではない。


 まずは空白スキルの有無と、もしあった場合、いくつ空白スキルを所持しているのか。


 その数によっては――というより、俺だってあの場ではフェルザ様から何も知らされることなく、実際は隠しスキルを所持していたのだ。


 まず間違いなく、リーさんも俺と同様に何かしらの特殊な固有スキルを抱えている。


 いったい、それがなんなのか……



 気付けば腹も満たされたのか。


 リーさんの食事の手も止まり、それでも二人の会話は続いていく。


 と言っても、俺はほぼほぼ質問に答える側だ。


 話の流れからスキルや魔法、それに魔物だけでなく、この世界には長い歴史があって。


 悩みを抱える女神様が、俺達とは違う『転生者』をこの地に呼び寄せている事実を伝えると、リーさんは過去の俺と同じ。


 とてもじゃないが納得しきれないといったような表情を浮かべていた。


 でも――



「その代わりに、リーさんだけが持つ固有のスキルを抱えている可能性があります」


「それはつまり、若返ったことだけでなく、他にもロキは何か特殊なスキルを持っているってことか」


「ええ。詳細は伏せさせてもらいますけど、リターンは大きく、孕んでいるリスクも大きい……そんな普通じゃないスキルです」


「じゃあ俺も、普通じゃないスキルを……」



 想定していたよりも、薄い反応。


 それでも、リーさんの考えを確認するために言葉を続ける。



「なので、どうしますか? 先ほどは2匹だけだったので、ある程度のところまでレベリングを手伝ってもいいですし、何かしたいことがあるなら協力しますけど」


「……ちなみに、戻る手段は見つかっているのか?」


「いえ、残念ながら。というより、今まで望んで探そうと思ったこともありませんでしたね」


「そうか……まあ、そうだよな。王様になっているくらいだし、ロキの話を聞いていても、きっと楽しんでるんだろうなって、そんな気はしていた」


「ですね。僕はこの世界が好きですから」


「はぁ……なんの因果か、俺ももう、一生この世界の住人か……」



 大きな溜め息と共に椅子の背もたれに体重を乗せ、天を仰ぎ見るように呟くその言葉には、絶望とか悲嘆といった感情はあまり含まれているように思えなかった。


 まるで、納得しきれていない自分に言い聞かせているような、そんな雰囲気だ。



「なぜ僕はこの世界に選ばれたのか。その理由を知るためにも、ずっとリーさんとの共通点を探していて……もしかしたら"この世界を楽しめそうな人"が呼ばれていたのかなって、そんな可能性も考えていたんですけど、少し違ったみたいですね」


「そりゃあなぁ……確かにステータス画面がいきなり開いた時は、なんともいえない既視感と懐かしさから、年甲斐もなくワクワクしたってのは正直ある」


「……」


「でもよ、木の上とか穴倉見つけて無理やり寝ようとしても、俺の腕や指を食い千切ろうとするアイツらの姿が脳裏に浮かんで離れないんだ。さっきだって、ロキがいるって分かっていても、デカい蟻を目の前にして足がずっと震えていた。本気で殺そうとしてくるアイツらが、今も怖くてしょうがない……」



 思い返してもみても、自分にはそこまで縁のなかった感情だ。


 でも、自分を食い殺そうとしてくる相手に恐怖を覚えるなんて普通のことで、一度心に深く刻まれたその感情は、俺のように強くなることで解決というわけにはいかないのかもしれない。


 突然始まってしまったリーさんの新しい人生。


 俺がとやかく言う話ではないし、真っ当な道であれば好きなように生きたらいいと思うけど……



「それなら、とりあえずこの町でゆっくりしながらリハビリでもしてみますか? 幸いというか、町の警護は上位のAランク魔物が担当していますので、ここで暮らしていればいずれ見慣れるかもしれませんし」


「ああ、あの見るからに強そうなのか。正直、あれのせいで余計に魔物が怖くなったっていうのもあるが……」


「う゛」


「でもまあ、町の人達は何も気にせず横を歩いていたしな。そのAランクっていうのに慣れておけば、小さな魔物くらいはいずれ屁でもなくなるってか?」



 そう言って笑みを零すリーさんに、俺は安心からホッと息を吐きながら頷く。


 最初は誰だって戸惑いの連続だ。


 でもいずれ心に余裕が生まれれば視野も広がり、挑戦してみたいことだっていろいろと出てくるかもしれない。


 それまではのんびりと、今できることでもしながら心の傷を癒せばいい。


 そんなことを考えながらクアド商会に寄り、衣類や家具など生活物資を一通り調達してから、ニローさんやノアさんも住むアパートの一室へ案内した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る