第330話 理解のできない世界
「………」
目を見開きながら俺を見つめ、言葉が出る様子のないオーラン男爵。
歳は40くらいか。
やや癖のある茶色い髪を後ろに撫でつけ、部屋着だろうにこれが貴族かと、すぐ判別できるくらいには見栄えのする格好をしている。
ただ派手なだけだったキウスとは違う、上品さも備わった姿だが、せっかくのチャンスを棒に振ったどころか、この上ないクズっぷりを披露したこの男はどうせ死ぬのだ。
そんなことはどうでもいいか。
「わざわざお二人が救済の道を作ったというのに……残念でしたね」
言いながら横の二人に視線を向ければ、やや気まずい顔をしながらもやり切ったような、そんな雰囲気を漂わせていた。
「……その身なり、貴族ではないな?」
「そうですが?」
そう答えるや否や、懐から取り出したのは装飾の施された鞘付きの短刀。
「ここでは貴様の下劣な血で汚れる。それを持って庭に向かい、自害しろ。貴様のせいで非常に気分が悪いのだ。私の見える範囲でやれ」
「………………は?」
「何をしている。早く、やれ」
言っている意味も、やっている行動もまったく理解できず、思わず変な声を出してしまった。
なぜ侵入者とも言える俺にわざわざ武器を渡すのか。
そして欠片も理解できない命令を、自信満々に言い放つことができるのか。
何より――
「これで、自分が刺される心配とか、しないんですか?」
「なぜ貴族である私が、下民如きに刺される心配をする必要がある?」
「???」
なんだ?
【心眼】で覗いても、これと言って特殊なスキルはない。
それなりの教育を受けているのか、能力的には決して弱いわけではなさそうだが……
それでもハンターで言えばDランクかCランク程度。
ギニエにいた領兵辺りと精々同程度といったところだろう。
(この自信はどこから来る……まだ俺の知らない特殊なルールがあって、貴族特有の防御膜でも張っているのか?)
気になって、しょうがない。
まるでゴミを払うように、俺の目の前で手をヒラヒラと振る男の腕を掴み。
「てい」
その手にナイフを突き立てれば、あれ?
あっさり貫通し、その下の机にまで深々と刺さる。
うーん、かなり良い短刀っぽいな。
「うごぉおぁあああああああああああああ……ッ!?」
「なんだ、普通に刺さるじゃないですか。ビックリさせないでくださいよもう……あと、凄く煩いです」
これだけ大袈裟に騒げば、当然屋敷の中に響くわけで。
「だ、旦那様ッ!? だ、誰か、医者を! それとすぐに門兵を呼ぶのです!」
すぐ近くにいたのだろう、燕尾服を纏ったじいさんを筆頭に、屋敷の中が慌ただしくなる。
(外に応援を呼びに行ったか……まぁ、しょうがない)
貴族を相手にするのだ。
ここから先は自分の今後を案じては何も進めないし、こちらは相応の覚悟を決めた上でここに来ている。
手にナイフが刺さって身動きの取れない領主が、軽い痙攣を起こしながら呻き続ける中――。
ゆっくり視線を上げれば、応接室の入り口付近には使用人の人だかりができ、その中には横で叫ぶ男と同じ。
身に纏う衣装の質が、明らかに他と違う者達も何人かいた。
「あ、あなたっ!?」
「ケーラ……詰所だ……ありったけの兵を呼べ……! この私に刃を突き立てた下賤な者を、絶対に生かして帰すな!」
「し、承知しております!」
「貴様ぁあああああ! 貴族に手を上げるとは何事かッ!!」
「だ、断罪だ! 誰でもいいから、早くこの者を処刑せよ!」
派手な衣装を纏った女がこの部屋を離れ、先頭に立って罵声を浴びせてくる男に、メイドの陰に隠れながら睨み付けるかなり若そうな男。
それにもう一人、背丈や雰囲気からすると次男だろうか?
ただ黙ってこの状況を見つめている男もいる。
――【探査】――
兵を呼びにいった者以外はほぼ全員この場に集まっているようだし、明らかに服から身分が違うと分かる者は領主以外に4名か……
理解できない世界を突き付けられたお陰で、少々予定が狂ってしまったのはしょうがない。
まずはこの状況を説明し、駆除すべき対象を判別する。
「お騒がせしてすみません。少々問題があってこのような状況になっていること、お許しください」
「ち、父上にこんなことをして、許せるわけないだろう!?」
「問題だと……?」
「えぇ。ここにいる皆さんがどこまで把握されているか分かりませんが、この地の領主は利益のために特定の商会と組み、名産であろう『米』の物流制限を加えてまして」
「……」
「まぁそれくらいであれば、まだ許容範囲内ではあるんですけどね。その価格維持のために、真っ当な方法で米を売ろうとする農家や商会を、裏で殺害していたんですよ」
「だから、なんだというのだ?」
「その件を奥にいるお二人が言及したら、この領主は言うに事欠いて、『家畜よりも簡単に増えるのだから、死んだところで何か思う方が難しく、逆に領主のために死ぬのだから本望』と、このようにほざいたわけです」
「だから、それが、なんだというのだ!?」
「そうだ! 貴様こそ何をほざいているんだこの下賤なウジ虫が!」
長男と思われる男と、陰に隠れて威勢だけはいい三男が騒ぐ中、やはりというか、使用人の面々は渋い表情を隠せないでいた。
それはそうだろう。
捉え方によっては、自分達など家畜以下ということになるのだから。
そして、その中に混ざる、次男と思しき男も眉間に皺を寄せ、呻き声を上げる領主を見つめていた。
「通してくれ」
そんな中、使用人の背後から聞こえてくる野太い声。
と同時に使用人の壁が割れ、やや質の良さそうな金属鎧を身に纏った2名の男が武器を握り部屋へ入ってくる。
真っ先に到着した、屋敷の門を警護していた2名の兵士。
その表情からすれば、先ほどの話は聞こえていたはずだ。
「遅いわ! 早くこの狼藉者を捕らえろ!」
ガンッ!
何事かと思えば、三男がメイドの陰から兵士を足蹴にしていた。
「こんな時くらいしか役に立たぬのだ! 命を投げ捨ててでも父上を救え!」
「ッ……余計な抵抗はするな。動けば捕らえるではなく、この場で殺すことになる」
「できると思いますか?」
「そういう、問題ではないのだ」
そうだろうな。
できるか、できないかじゃない。
どんな状況であれ、今はこの言葉を吐かなければならないのだろう。
だが……表情が物語っている。
少なくともこの二人の兵士は、まともな思考の持ち主のはず。
本気で俺を殺す気の相手ならば別だが、職務を全うするために、嫌々やらされているだけの人間を殺めるのは、さすがに違う。
ならば。
――【威圧】――
「はかっ……!?」
「んぐ……ッ」
強引に戦意を喪失させ、終わるまで寝ていてもらうのみ。
「んなっ!? 何をしているんだ貴様ら!」
「こ、こんな時に働かないで、いつ働くんだ! このっ! 立て! 立てよ役立たずども!」
そんな兵達に二人は罵声を浴びせ、三男に至ってはヘルムの上から足で何度も頭を踏みつけていたが、ここで終始様子を見ていた男が口を開いた。
「兄上、ユースも、まずは一度落ち着いてください」
「何を言うかアルス! この状況で落ち着いてなどいられるわけがなかろう!」
「そうですよ! 高貴な存在である父上が、こんなゴミのような存在に殺されるかもしれないのですよ!?」
「……父上はあちらの手の内にあるのです。ただ殺害することが目的であれば、とうに実行されているでしょう。なのにまだ生かされているということは、別に目的がある――違いますか?」
「正解です。3つ、目的があってここに来ました」
「では具体的に、何を目的にされているのですか?」
俺を観察し、試すような目。
やはり、アルスと呼ばれたこの青年が一番まともそうな――。
「ふん、ナムクリッド・オーランが命じる。今から首を刎ねるゆえ、その場を動くな」
「「え?」」
「使えぬ者共め……剣を寄越せ。父上を傷つけた虫ケラに対話など不要、首を落とせばそれで済む話よ」
言いながら領兵が所持していた剣を拾い、ツカツカと警戒心もなく歩み寄ってくる長男と思しき男。
完全に父親と同じだ。
何があっても、命じれば思いのままに。
反撃を受ける想定など一切することなく、相手が平民であれば、こんなバカげた言葉が通じると、本気でそう思ってしまっている。
いや、今まで例外なく実現してしまっていたんだろう。
だから、父親が手を張り付けにされたこの状況でも、こんな無謀な行動が取れてしまうのか。
いったいどんな環境で育てば、ここまで傲慢で不遜な考え方を……
原因と思われる、横で蹲ったままの父親に目を向ければ、敵意をむき出しに、それこそ俺を射殺さんばかりに睨み付けていた。
この状況にもかかわらず、未だ自身と息子の危機を理解できていないらしい。
ならば、これから起きることを――、現実を教えてあげよう。
「はぁ……あなたのその驕った態度や考え方が子供にまで受け継がれているから、そのせいであなたの息子さんは、今から、目の前で死ぬんです」
本当に、どんな生き方をすればここまでバカになれるのか。
この言葉ですら理解を示すまで数秒を要し――、ようやく覚醒したかのように、慌てながら息子を止めようする。
「ま、待て、ナムク! 一先ずは下がれ! この男に近寄ってはならん!」
「ご安心を、父上! 私が次期当主として『悪』を成敗し、この場をしっかり収めてみせましょう!」
……くそっ。
なぜ、こうも、心が乱れる?
この身なりだけは着飾った、人間のように見えるゴミが言い放った言葉――そのせいで、俺はここまで不快に……
ゴッ……!
「え?」
鳴り響いたのは、斬撃ではなく打撃音。
長男の剣は大振りに振られ、たしかに俺の首へ吸い込まれたが、しかしその刃が皮膚を切り裂くことはなかった。
大した力も能力もなく、武器だって門兵が所持する程度のモノなのに、【硬質化】までした俺を傷つけられるわけがない。
「僕の目的はね」
言いながら、長男の背後。
目を見開きこちらを見つめている、アルスと呼ばれた青年へ視線を向ける。
「存在するだけで周囲の人達を苦しめる、この世の害虫を駆除しに来たんですよ。だから――」
首に添えられたまま動かないでいた剣を握り、力任せに奪い取った。
そして。
ゴガッ――!!
「てめぇのような『悪』にだけは言われたくねーんだよ、ゴミがッ!!」
そう、言い終わる頃には脳天が割れ、目の前の男は左右へ真っ二つに分かれていった。
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