第327話 クズはクズなりに

「救いようのないクズですねぇ」



 耳元で呟いた言葉に、目を見開きながら振り返る男。


 歳は50前後か。


 ずいぶんと張り出た腹は豪奢な服を持ち上げ、指にはいくつもの煌びやかな指輪を身に着けていた。


 見るからに気持ちの悪い金持ち――そんな男の弛んだ頬が大きく歪み、



「ブヘッ!?」



 グラスに入った酒を撒き散らしながら、後ろの木箱へ吹き飛んでいく。



「フ――……フ――……全部聞いてたっすよ! 全部っ!」



 勢い良く殴ったのはクアドさん。 


 扉が開いた瞬間に転移し、積み重なった木箱の裏で黙って聞いていた時、クアドさんは強く拳を握って震えながら耐えていた。


 その気持ちが分かるだけに、この程度なら止めるようなことはしない。


 とりあえずキウスとかいう男は、生きて言葉さえしゃべれればそれで良い。



「うぐっ……ク、クアドだと!? なぜ貴様がここに!!」 


「今回の襲撃が失敗したからに決まってるじゃないっすか!」


「は……? で、ではなぜ、バーシェが馬車を牽いてワシの所に……」


「ずいぶんと気持ち良く語ってくれましたね。クアドさんから強奪した品々は、眺めるだけでそんなにお酒が進むものでしたか?」


「う……ぐっ……な、何を言っているのか……」


「今更そんな戯言が通じるわけないでしょう。最初から最後まで、全部聞いてましたよ。次の標的が西の町『モルフラン』になりそうなことも、王都でオーラン男爵とこの手の相談をしていることも、全部ね」


「く、くそっ……だ、誰か! 曲者ぁが……ッ……」


「あなたがこうして一人ノコノコと現れた以上、従業員はこんな事実ろくに把握していないんでしょう? なら不必要に巻き込んじゃダメ、これから地獄を見るのはあなただけで十分なんです。まずは―――」



 場所は店舗裏手の倉庫で、周囲を見渡せば積み重なった木箱の山。


 さすが大通りに面した大型の店舗だけあり、中身が何かは知らないが在庫は豊富そうである。


 となれば、やることは一つ。



「僕のために、これだけの荷物を用意してくれて、本当にありがとうございます」



 そう言いながら、視界に入る木箱を次から次へと収納していく。



「なっ……? も、物が消えて……何を、何をやっている……?」


「この店の売り物を回収してるんですよ。人が苦労して、傷だらけになりながらかき集めた商品を、あなたは笑いながら奪い、そして自分の金に換えていたんです。ならば同じことをされても文句は言えないでしょう?」


「ま、待てぇええええーッ!! そんなことが許されてたまるか! ここにある品がいくらになるか分かってるのか!? 馬車の積荷なんて比較にならんのだぞ!?」


「そんなの知りませんし、あなただって積荷の価値を把握することなく奪ってたじゃないですか。あ、クアドさん。通用口は塞いでおいたから大丈夫なはずですけど、キウスが暴れないようにはしておいてくださいね」


「了解っす! ホラ、どうすっか? 自分の大事な商品が奪われていく気持ち、やっと分かったっすか?」


「やめろぉおおおおお!! き、貴様ら! ワシにこんなことをしてタダで済むと思ってるのか!? オーラン男爵が黙っとらんぞ!!」


「ん~? 頼みの綱のオーラン男爵は、いったいどんなことをしてくるんです?」



 手を止めずに話を聞いていると、キウスはお決まりのセリフを吐いてくる。


 本当にこの手の悪党は、なぜすぐに他人の名前を出したがるのか。



「貴様、こんなことに首を突っ込むとなると傭兵だろう? ならばすぐに仕事を無くさせてやる。今までの実績なんぞ無かったことにしてやるわ!」


「自信満々に言ってますけど、そんなことがやれたとしてもオーラン男爵でしょう? 自分の力みたいに言って、恥ずかしくないんです?」


「ぐっ……そ、そう伝えられることも力なのだ! それにすぐ品物を戻さねば、貴様を大陸中のお尋ね者にしてやる!」


「え?」



 ここで黙々と回収していた俺の手が、初めて止まった。


 今までは在り来たりで、俺にとってはかなりどうでもいい脅し文句だったが……『お尋ね者』とはなんだ?


 文字通りの意味でいいのか?



「ふふ……バーシェがこの有様なのだ。貴様も相応に強いのだろうが、だからこそ上には上がいることも分かっているだろう? 特大の金がかかってでも、討伐依頼をオールランカー向けに出して、貴様に懸賞金を懸けてやる」


「へ~なるほど……そういう手もありましたか」


「ロ、ロキさん……?」



 考えてみれば、俺はその懸賞金を見て野盗連中やギニエに蔓延っていたバーナルド兄弟のような悪党を狩っていたのだ。


 となれば貴族に反感を持たれ、逆に懸賞金を懸けられることも当然あり得る。


 そしてその金額が大きくなれば、存在することだけは分かっているオールランカーという存在と、傭兵ギルドが抱えるクローズド情報によって、大陸中から本当の強者が俺を殺しにやってくるかもしれない。



 そう思えば――……



 ブルッ。



 思わず興奮で身体が震えるも、しかしこれは、さすがにまだ早い。


 予測でしかないが、国内ランクで1位や2位くらいの実力者がオールランカーの候補になっているはずなのだ。


 となればまだ勝てるかは怪しいし、何より拠点外で四六時中どこかの誰かに命を狙われるというのは、精神的にもあまりよろしくない。


 そんな環境では安心して魔物狩りに勤しめなくなってしまう。


 ならば。



「そ、そうだ……それでいい。まずは今すぐに品を戻せ。そしてワシのために、その特異な能力を活かせば―――」


「うん、やっぱりとことん潰した方が良さそうですね」


「…………は?」



 そう判断し、残った品物の回収を再開する。



「ま、待たんかぁあああ! 話を聞いとったのか!? 貴族を敵に回し、大陸中の猛者に命を狙われるのだぞ!?」


「もちろん聞いてましたけど……あのですね。その脅し文句って、あなた達を完全に潰しきれない相手だからこそ意味があるんですよ」


「なんだと……?」


「そんな脅しを受けたら中途半端に生かすより、徹底的に潰しちゃった方が僕は安全でしょう?」


「貴族を、本気で潰すつもりなのか……?」


「生かせば懸賞金を懸けられるというのなら、そのためのお金を奪い、現金化できそうな品も奪い、残された人間が何もできないくらい再起不能にしてしまえばいい。まぁその辺りはオーラン男爵に一度会ってから判断するつもりですけどね」


「本当にオーラン男爵とやり合うつもりだったんすね……」


「き、貴族を丸ごと潰すなど、正気の沙汰じゃない……狂ってる……」



 キウスは他人事のようにボヤいているが、まずはおまえ自身だ。


 救いようがないほどの悪党と判断した相手は、文字通り再起不能にする。



「さて、倉庫の品も片付きましたし、次は店内の売り物と現金、それに備品なんかも丸ごといっちゃいますかね」


「……ッ!? こ、ここだけじゃないのか!?」


「当たり前でしょう。あなたはクアドさんに、そんな余力を残そうとしました? 先ほどは借金までさせたと喜んでましたよね?」


「そ、それは……」


「ならば、あなたのモノは全て奪い尽くしますよ」



 本当に当たり前の話だ。


 正真正銘のクズと判明したならば、そんな男の経営する店など残しておいても被害者が増えるだけ。


 まったく無関係な従業員さんには申し訳ないので、店舗資金の一部から支度金のような形で纏まったお金を渡すが、それ以外は金に換えられるかどうかに関係なく全てを奪う。


 この男からは、本当にその全てを。



「クアドさん。キウス商会の店舗って全部把握してます?」


「もちろんっすよ。オルトランの国内のみで7店舗。『南西のドミア』『西のモルフラン』『北西のアンティモア』『中央の王都サバリエ』『南のシュライカ』『東のサヌール』『北東のブザラハット』っす」


「ふ、ふふっ……ま、まさか、全てを……ワシの店の全てを、奪うつもり、なのか……」


「…………何を生温いこと言ってるんです。一通りのお店を空にしたら、次は自宅、資産、身に着けているモノまで、あなたからは全てを根こそぎ奪いますから」

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