第326話 悪党の繋がり

 領主が発行する魔物使役許可証を門兵に見せ、街中の決まったルートを辿っていく。


 魔物とは言え、オルトラン中部にベイブリザードが生息しているため、輓獣ばんじゅうとして利用する使役者はチラホラといる。


 それもあってわざわざ近づいてくることはないが、町民が街中でこの光景を目にしても騒ぎ立てるようなことはなかった。


 慣れた道、慣れた建物、慣れた風景。


 見慣れた全てが、上手くいけば今日か明日には終わる。


 そのためにも俺は、失った右腕を誤魔化し、今まで通り普通であらねば……


 キウスだけならば問題ない。


 俺が恐ろしいのは、人の言葉をしゃべるあの謎の存在だけ。


 どこかにいるのだろうが、視界に入りさえしなければきっと大丈夫だろう。



「ドミアからの搬入だ。バーシェが魔物で牽いてきたと、そう会長に伝えてくれ」


「はっ! しばしお待ちください」



 裏の搬入門を見張る見慣れた男が、同じく見慣れているであろう俺を確認し、高価で特殊な荷物だと勘違いしたまま会長を呼びに行く。


 そうすれば開くのは、馬車ごと中に入れる2番扉。


 馬車が全て中に入るとすぐに扉は閉められ、人気の無かった倉庫内に一人の男が顔を出した。



「相変わらず予定通りだな、バーシェ」


「眠ることのない魔物が牽いているのだから当たり前だ。もう、飲んでいるのか?」


「ふふ、祝い酒だよ。これほど酒が美味しく飲めるアテを知らないものでな。それはそうと、金になりそうなスキル持ちは混じっていたか?」


「いや、まったくだ。もうまともな人材など残っていない」


「それもそうか。ふふふ、他所で金でも借りたか、まさか5回目があるとは思わなんだ。わざわざ私のために積荷と馬車を用意してくれたのだから、これだけでも感謝せんとな」



 言いながらキウスは馬車の幌を一撫でし、各馬車の積荷を確認。


 その度にいやらしい笑みを浮かべながらグラスの酒を口に含んでいく。



「性懲りもなく米ばかり。獣人は頭が弱くて学習しないと聞くが、やつの脳みそはよほど小さいと見える」


「そのおかげで、あんたとオーラン男爵が儲かるんだろう?」


「ただ消すのではなく、賢く使い潰した結果だ。いつの時代も、バカを賢く利用する者が富を得るのは変わらない。魔物を使役するおまえなら分かるだろう?」


「……俺は、違う。アイツらは相棒だ。唯一の、信頼できる相棒、だった……」


「なんだ? 具合でも悪いのか?」



 くそっ……


 グリーヴァが両断され、ロトンとエトンの首が飛ばされ……地に落ちてゆく俺を空から眺める、あのガキの顔がチラつき鼓動が激しくなる。


 落ち着け、落ち着け、落ち着け……ここで万が一失敗すれば、俺はまともに死ねなくなる。


 自ら短剣を刺していた左手の傷も、黒い靄が覆えばそう時間も掛からず癒えていたのだ。


 となれば、あのガキの言っていることは、たしかに現実のものとなる。


 お、俺は……蟻の巣に放り込まれたまま体中を食われて、それでもずっと死ねず……


 蟻に貪られれば叫び過ぎて喉は枯れ、死を願わずにはいられないほどの筆舌しがたい痛みで気絶と覚醒を繰り返すという、まるで経験してきたかのような生生しい言葉が頭を過る。



(も、もっと情報だ。オーラン男爵の情報を……!)



 どこかで聞いているはずなのに、合図らしきモノは送られてこない。


 ということは、ということ。


 俺とキウスの繋がりは十分証明できているはずなのだから、あとはキウスとオーラン男爵の繋がりだ。


 何か、何か繋がるものを……



「そういえば、オーラン男爵から、何か情報を預かっていないか?」


「何に関してだ?」


「欲しい魔物の所在をいくつかオーラン男爵に依頼していたんだ。王都で男爵とは頻繁に会うんだろ?」


「あぁ、そんなことか。ならばその話は出ていない。だが、次の仕事の話は出ていたぞ?」


「……なんだと?」


「西の『モルフラン』でも、『米』を北のフレイビル王国に輸出する動きが持ち上がっているらしい。生産量で言えばドミアとは比較にもならんが、許せばバカはすぐに量を増やそうとする。本格的に動けば、また失踪の手引きで動いてもらうことになるはずだ」


「……」


「なぜ辛気臭い顔をしている。オーラン男爵に貢献すれば、貴族の伝手で魔物情報の一部が手に入るやもしれぬのだ。そうすれば新しいお友達だか、相棒とやらも増えるんだろう?」



 弛んだ腹と顎の肉を揺らし、クツクツと笑うキウスに今は同情心しか湧き上がらない。


 厭味ったらしく笑うこの男も、これからオーラン男爵への繋ぎに利用されるのだ。


 そして上手く使い潰されるかは本人次第。


 最悪は簡単に潰れることなど許されず、ましてや逃げられるわけもなく……俺のように自らの瞑目だけを願うことになる。



 ……あぁ、ホラ、やっと化け物が姿を現した。



 これで、もう―――。






「救いようのないクズですねぇ」

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